第二十四話 阿倍さん。
僕は、後見人である阿倍さんに電話をかけた。
数回のコールの後、ブツリと無機質な音を立てて通信が切れる。……拒絶だ。
けれど、今の僕は以前の僕じゃない。ドリルとランニングで鍛え上げられた僕の心臓は、この程度の拒絶ではびくともしなかった。
二回、五回、十回……。
スマホの画面に表示された発信履歴が「一〇一回目」を刻んだその時、ついに怒号混じりの声がスピーカーから飛び出してきた。
「てめぇ! 何回かけてくんだよ! いい加減諦めろ、このストーカー野郎がッ!」
やっぱり、わざと切っていたらしい。こんな後見人でいいのだろうか。
「……すみません、阿倍さん。夜分に何度も。実は……家が火事になりまして。全部、燃えたんです」
「はぁ? 火事ィ? 間抜けだな、このタコが。寝タバコでもしたか」
被災者に向かって「タコ」はないだろう。そう思いつつも、僕は食い下がった。
「……どこか、今夜だけでも泊まれる場所を知りませんか。行く当ても、お金もなくて」
「……ちっ、だりぃな。おい、ガキ」
阿倍が吐き捨てるように言った。
「俺の事務所に住めよ。あそこなら寝るスペースくらいはある。……そうすれば、家賃分が浮くだろ? その浮いた金を競馬に入れ込める。最高じゃねぇか、なぁ?」
「えっ……」
「俺も事務所なんて滅多に行かねぇからな。好きに使え。鍵の場所と住所を今から送る。二度とかけてくんなよ」
それだけ言うと、電話はぶつりと切れた。
スマホに届いた住所を確認し、僕は隣で浮いているバンシーに顔を向けた。
「……なんとか、泊まる場所は見つかったよ。阿倍さんの事務所だって」
「まあ、それはよかったわね。粘り勝ちでギャンブルに勝てたってとこかしら」
バンシーがクスクスと笑う。
僕は重い足を動かし、とぼとぼと、新しい「居場所」へと歩き出した。
家を焼かれ、思い出を失い、それでも僕は生きている。
阿倍さんの事務所という、得体の知れない「謎」に満ちた場所が、これからの僕の戦場になるのかもしれない。
火事の煙の匂いを全身に纏ったまま、僕は夜の街を静かに進んでいった。




