第十八話 眼鏡と裸眼。
二学期が始まって数日。異様な視線にさらされ続ける日常に、ついに「彼ら」が動いた。
校門の裏、逃げ場のない路地。行く手を阻んだのは、肉体的イジメの主導者・二階堂君と、権力で周囲を黙らせる花菱さんだった。
「……おい。お前、本当に、あの千葉司なのかよ」
二階堂君が、獲物を値踏みするような下卑た目を向けてくる。けれど、その声には以前のような絶対的な余裕がない。
「? そうだけど。……何か用?」
「チッ、あの噂は本当だったのかよ……」
「……そ、そうね」
花菱さんが、どこか落ち着かない様子で髪を弄った。
「おい、花菱! 赤くなってんじゃねぇぞ!」
「な、なるわけないじゃん! こんなゴミ相手に!」
赤くなっている……?何が赤いのだろうか?
僕は目を細めた。最近、どうも視界がおかしい。二人の顔が妙にぼやけて、よく見えない。
「チッ……面が変わったところで、ゴミはゴミだ。一発殴らねぇとおさまんねぇな」
二階堂君が大きく拳を振りかぶった。
ドゴォッ! と、鈍い衝撃音が路地に響く。
僕は、真横から凄まじい力で叩かれた……ような気がした。
「……あ」
衝撃でひび割れた眼鏡が地面に転がる。
けれど、おかしい。痛みがない。
以前なら、彼のパンチ一発で意識が飛び、鼻血が止まらなくなっていたはずなのに。今の衝撃は、まるで羽虫が頬に当たった程度の感触しかなかった。
僕はひょいと眼鏡を拾い上げ、再び顔にかけた。
「…………?」
眼鏡をかけては、外す。それを何度も繰り返す。
(……変だ。眼鏡をかけている方が、景色が歪んで見える)
裸眼で見た二階堂君の顔は、毛穴の一つ一つまで鮮明に見えるのに、眼鏡をかけると霧がかかったように白む。
「……眼鏡、合わなくなっちゃったのかな。……困ったな、買うお金がないや」
僕は二階堂君たちの存在を忘れ、度数の合わなくなったレンズのことだけを考えていた。
「…………ッ痛ぇッ!!」
その時、二階堂君の悲鳴に似たうめき声が聞こえた。
彼は、僕を殴った右手をもう片方の手で抑え、脂汗を流して蹲っている。まるで、コンクリートの壁を全力で殴りつけたかのように、彼の拳は赤紫色に腫れ上がっていた。
僕は、その隙を逃すまいと、彼らの横をすり抜けダッシュした。
「……ねぇ、二階堂」
その背後で花菱さんが、熱に浮かされたような声でポツリと漏らした。
「あいつ……眼鏡外した顔、めちゃくちゃ……ありかもしれない」
誰のことを言っているのだろうか、一瞬そう思ったが、僕はすぐに夜のランニングメニューを頭の中で組み立て始めていた。




