第十七話 世界とのずれ。
「つかさっち、流石にその制服、パツパツすぎてヤバみよ。作り直しなさいな」
2年生の夏休みが終わる頃、バンシーに急かされて指定の制服店へ向かった。
(そうか、また太っちゃったか………体質なんだろうな)
阿倍さんが何らかの手回しをしていたらしく、年に一着は無料で新調できるようだ。
採寸の間も、僕は片時も惜しんで耳元の英語リスニングと手元の専門書に没頭していた。店員さんが何か話しかけてくるが、集中しすぎていて内容はほとんど頭に入らない。
「……すごいスタイルですね。モデルの方ですか?」
「……この筋肉、何の競技を? プロの方でもここまでの仕上がりは……」
かすかに聞こえる声も、別のお客さんのことを話しているようだった。
そして迎えた、二年生の二学期始業式。
新調した制服に身を包み、僕はいつものように重い足取りで教室のドアを開けた。またあの、ヘドロのような地獄が始まる。そう思うと胃がキリキリと痛む。
「……誰、あの人?」
「え、転校生? 芸能人、じゃないよね……?」
教室に入った瞬間、ひそひそ声が波のように広がった。
(……なんだよ、今度は『知らないふり』をして無視するつもりか?)
僕は悲しい気分になりながら、自分の席へと向かった。すると、クラス全員が弾かれたように立ち上がり、教室中が騒然となる。
「えっ?」「うそでしょ?」「マジで……!?」
何が起きたのか分からず、僕は不安になって隣の席の女子に声をかけた。
「……あの、どうかしたの?」
「ひっ……! やばい、話しかけられた……っ!」
彼女は顔を真っ赤にして、弾かれたように教室から飛び出していった。
(……そこまで避けなくてもいいじゃないか。僕がそんなに汚いかよ)
力なく席に着くと、遅れて三田村先生が入ってきた。教壇に立った彼は、僕を見るなり怪訝そうに眉を寄せた。
「……おい。お前、誰だ? 他校の生徒か?」
流石に担任がそれはひどすぎる。僕は俯いたまま答えた。
「……千葉です。千葉司です」
その瞬間、クラス中から「キャーッ!」という悲鳴が上がった。
一体何なんだ。黒丸君の方を盗み見ると、彼は苦虫を噛み潰したような顔で「チッ……」と舌打ちをしていた。
放課後、逃げるように帰ろうとする僕を、黒丸君が呼び止めた。
「おい……。お前、本当に、あの千葉なのか?」
「……そうだけど。何」
僕が振り返ると、一瞬、黒丸君が怯えたように肩を震わせた。
(……ん? 黒丸君って、こんなに背が低かったっけ?)
一年前、見上げるようだった彼の視線が、今は僕とさほど変わらないあたりにある。威圧感が消えていることに違和感を覚えながらも、僕は彼が怯んでいる隙に駆け出した。
校門には、いつものように二階堂君と花菱さんが、獲物を待つ獣のように立っていた。
僕は見つからないよう、身を屈めて全速力で横を通り過ぎる。
(……あれ? 気づかれない?)
二人は僕の姿を一瞬だけ視界に入れたが、「誰だあれ。目障りだな」とでも言いたげな顔で視線を逸らした。
僕はそのまま、一度も止まることなくアパートまで走り抜けた。
割れた眼鏡の奥で、わずかに世界が変わろうとしていることに、僕はまだ一ミリも見えていなかった。




