第十五話 ハイエナの訪問。
失恋の痛みがようやく「戒めの実」の不味さで麻痺し始めた数日後。
ボロアパートの、今にも壊れそうなドアを乱暴に叩く音が響いた。
「おい、千葉司。いるんだろ。開けろ」
ドスの利いた、ひどく耳障りな声。
おそるおそるドアを開けると、ヤクザを連想させる風貌のサングラスをかけた男が立っていた。
身体は細く、背が高い。仕立ての良さそうなスーツをだらしなく着崩し、その隙間からのぞく鎖骨は浮き出るほどに痩せている。痩せこけた頬に無精髭。ひどく気怠そうだ。けれど、サングラスの奥に光る瞳は、獲物を狙う猛禽類か、あるいは反社のそれだった。
「……誰、ですか?」
「阿倍だ。弁護士の。お前の死んだ母親との縁があってな、未成年の貴様の『後見人』になってやった」
男――阿倍さんは、勝手に部屋に上がり込むと、目を細めて室内を見渡した。
「なんだこの狭さは。ゴミ溜めか? ……まぁいい。本題だ。お前の母親が遺した端金と、今後の受け取れる金、その他諸々の資産管理はすべて俺がやる。いいな?」
「弁護士さんが?資産管理……? 」
「ああ、そういうこった。まぁ、弁護士っつても俺は今、投資と不動産、それから競馬に忙しいんだ。弁護士バッジなんてのは、馬鹿なガキを黙らせるための飾りに過ぎねぇ」
阿倍さんは懐から無造作に書類を取り出すと、僕の前に放り投げた。
「ここにサインしろ。月々の小遣いは俺が適当に決める。文句があるなら自分で稼ぐことだ」
「あ、あの、病院に取られた一千万のことなんですけど……」
「あぁ? ……あんなもん、今更騒いでも戻ってこねぇよ。無知なガキが騙された、ただそれだけのことだ。いいか、この世はわかってる奴が勝つんだよ。お前も、その小せぇ脳みそでせいぜい考ろ」
阿倍さんは僕のサインをひったくるように回収すると、ポケットから取り出したタブレットをいじり始めた。画面には複雑なチャートと、どこかのカジノのような映像が映っている。
「ちっ、また逆目かよ……」
それだけ言い残すと、阿倍さんは風のように去っていった。
「……何、あの人?とりあえず、お金をくれるのかな?」
呆然とする僕の隣で、バンシーが珍しく興味深そうに窓の外を眺めていた。
「あらあら。あの男、魂の半分がギャンブル色に染まってるわね」
「ギャンブル色……?僕のお金、大丈夫かなあ?」
「さあね??使い込まれるんじゃない??」
僕のなけなしのお金は、あのヤクザみたいな弁護士に握られてしまった。
お母さんの遺したお金が、競馬や投資に消えてしまうんだろうか。
絶望にまた一つ、新しい不安が加わったけれど、今の僕はそれを追いかける余裕すらなかった。
「はい、つかさっち! 凹んでる暇があったらドリル! 今日から問題の難易度、一段階上げるわよ!」
不条理な大人と、不条理な妖精。
挟み撃ちにあった僕は、再びペンを握るしかなかった。




