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襲撃 場面:ラクレーム 3


 (わたくし)は右手を男の方に向けると頭の中で念じる。


 ――凍れ。


 魔力が空間を走り、男を周囲の空間ごと凍結させる魔法が発動した。



「っ!?」



 寸前、何を感づいたのか男は大きく後ろに飛び退いた。


 男が先程まで居た場所には大きな氷の(ひつぎ)だけが出現する。



「避けられましたか。さすが、ビーネン一族ですわね」


「これは『フロスト・ゲージ』か!? 貴族の小娘程度が使える氷魔法ではないぞ!!」


「そうなのですか? 多少、魔法を学んでいれば使えるものだと思っていましたが?」



 平然と(あお)るような言葉を口にしながら、内心では頭を抱えていた。


 失敗しましたわ。


 初撃で仕留めるつもりでしたのに。



「貴様、今、詠唱をしていなかったな。どうやって魔法を発動させた!?」


「淑女の秘密なので教えられません」


 

 男の警戒度がさらに上がっていくのが分かる。

 

 こうなっては簡単に狙いをつけさせて貰えませんわね。



「一つだけ教えてさしあげるのなら、教えてくれる方が優秀なのですわ」


「貴様が師事している魔法の教師は優秀ではない。平凡な……いや、どちらかといえば魔法の教師としての実力は低いと記憶している」


「ずいぶんと酷い評価をされてますのね。あの方」



 確かに表向きに魔法を学んでいる教師は優秀ではないですわね。


 あの方が優秀なのは貴族に取り入ることであって魔法の腕は大したことはありません。


 貴族の子供相手に初級魔法を学ばせるのには十分なのでしょうけどね。


 私が本当に魔法の師事を受けているのは悪魔ダダル。


 人間の教師からでは学べないことを多く教えてもらっていますわ。


 今使った氷魔法の『フロスト・ゲージ』は順当に学んでいたとすれば、十年後くらいにようやく使える魔法でしょうね。


 声に出す必要がある詠唱も人間が使う魔法だから必要なのであって、悪魔が使う魔法には不要。


 悪い点があるとすれば、人間が使う魔法と色々と違いすぎて人前で、こちらの魔法は滅多に使うことが出来ない点ですわ。



「独学というわけではあるまい。メディシス家が魔法の大家だったのは遥か昔。今はその才は枯れ果てている」


「また一つ。言ってはいけないことを言いましたわよ」


「何?」


「三度目が無いように教えてあげます。私の家と家族を侮辱(ぶじょく)することは許しません」



 右腕を横にまっすぐ振るう。


 ――切り裂け。 


 念じると切断の風魔法『ストーム・リッパー』が放たれる。


 鉄の鎧でさえ簡単に切断する風の刃がビーネン一族の男に迫る。



「っ!」



 見えにくいはずの風の刃をビーネン一族の男は最低限の跳躍(ちょうやく)で避けた。



「これも避けますのね」


「あのように腕を動かせば、攻撃の線程度は分かるものだ。後はタイミングだが、向かってくる風の動き程度、我らビーネンの者ならば容易に見ることが出来る」


「そうですの。色々と教えてくださってありがとうございますわ」



 煽りのような言葉は全てまだ私を侮っているからでしょうね。


 警戒はしつつも、私程度ならどうにでもなると確信しているのでしょう。


 実際、投げナイフを一つでも投げてこられたら避けられる自信はありませんけど。


 ビーネン一族の男が油断している今の間にしか私の勝ち目はない。


 万が一にはダダルがいますけど、手を出すなと言った手前、助けられるのはプライドが傷つきますわ。



「気になることは多いが、これ以上は時間をかけるのは無意味だな。終わりにさせてもらうぞ。仲間のことが気になるのでな」



 油断してもらう時間はすぐに終わってしまった。


 

「命を奪う前に発言の謝罪をしておこう」


「謝罪?」


「貴様の家を侮辱したことだ。事実を口にしたことであったが、侮辱と受け取られたことには変わりはない。謝罪する」


「突然、どうしましたの? 心変わりしたわけでもありませんのに」


「我々は一族の誇りを背負うものだ。道は(たが)えて離れてしまったが、それは一族の誇りを保つため。それゆえに一族を侮辱される気持ちは理解出来る。すまなかったな」


「そうですか……。では、私の方も一族の誇りのために戦う姿には共感しましょう。素晴らしい心構えですわ」


「今更だが、殺すが惜しい娘だ。仕事を依頼されれば快く受けたであろうに」


「遠慮は結構。貴方達がグリオット様を狙っている以上、戦うしかありませんわ」



 最後の言葉を交わして口を閉ざす。



(ダダル)


(手助けはいつでも)


(レジェスを頼みますわ)


(ご主人、何を?)



 ダダルにレジェスを頼むと後の心配は自分の身だけとなる。


 ビーネン一族の男の姿が視界から消えた。


 私の目で追えない速度で動いている。


 正面から斬り掛かってこないので、背後や左右からナイフを突き立ててくるのだろう。


 私には、その攻撃を見切って防御することも躱すことも出来ない。


 なので、この攻撃手段しかない。


 ――凍れ、全て。


 放つのは空間を氷結させる氷魔法『フロスト・ゲージ』。


 本来は標的の周辺ごと凍らせて捕縛する魔法。


 それを私は私自身を中心とした広範囲を凍らせる規模で使った。


 広範囲といっても私の力ではこの屋敷の門から建物までの間の庭園が限界で、氷を保っていられるのも一瞬が限度ですわ。


 動かずにじっとしていた私は全身を超低温に晒されたことで指先や表情の感覚が鈍くなっている。おそらく肌を出している部分は凍傷になっていますわね。


 防御魔法で多少なり軽減した私で、この被害。


 高速で動き、魔法に対して無防備だったビーネン一族の男は――。


 庭園の木に激突して、その身体を凍った無数の枝に突き刺されていた。


 突然の空間ごとの凍結に体の関節が冷えて固まり、体勢を崩したのでしょう。

 


(ダダル、この者は死んでいますか)


(はい、心臓は止まっております)


(そう……)



 私は片膝を(わず)かに折って、ビーネン一族の男に礼をした。


 誇りを持って戦った人への礼儀だと思ったから。



(レジェスは無事ですわね)


(もちろんです。頼まれましたので)


(さてと、後はシュティさんですわね。ゆっくりと待つことにしましょうか)


(ご主人、治療をいたしますので。こちらへ)



 カラス姿のダダルが、いつのまにか半壊した馬車から引き出してきたソファの上に降り立って、私を招く。


 私は感謝をしながら、魔力を使い切って疲れた身体をソファに沈め、シュティさんが買ったばかりの服を傷つけずに戻ってくることを願った。


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