襲撃 場面:ラクレーム 2
ビーネン一族の者であることは間違いない。
シュティさんが全員の相手をしていると思っていたけれども、その考えは楽観的すぎましたわ。
「淑女の会話を盗み聞きとは失礼ではなくて」
「盗み聞くのが我らの仕事であった」
「それはまあ……そうでしたでしょうね」
暗殺や諜報を生業にしている相手に言う言葉ではなかった。
「何故、馬車の外に出ようとした。中で待っていれば安全だったものを」
「怯えてじっとしているなんて、メディシス家の人間がすることではありませんわ」
「無謀だというのだ。怯えていようが、生き残る選択をすべきだったな」
「あら、その言い方だと生き残らせる気はないようですわね」
「馬車の中でじっとしていれば、命までは取らなかった。だが、馬車から出たということは我らと敵対したということだ。生かす理由はなくなった」
「判断が遅いですわね。私達は最初からあなた達とは敵対していましたわ。生かすかどうかは状況次第ですが」
「貴族の小娘に何が出来るというのだ」
「その貴族の小娘を本当なら先程の爆弾で始末していたはずではなくて? 少なくとも重傷を負わせていなくてはおかしいですわよね」
ビーネン一族の男がすぐに私に襲いかかってこないのは、爆発を受けて私が無傷だからだ。
男には何をしたのか分からないので、警戒して近づいてこない。
(ダダル、目の前の人物の他に周囲に敵はいる?)
(おりません。目の前のヤツだけです。すぐに始末しますか?)
(いいえ、良い機会ですから、少し話をしますわ。何か使えそうな情報を話してくれるかもしれませんし)
周囲を見渡して座れそうな場所はないかと探してみるが、ベンチの一つも置いていなかった。
立ち話は疲れますけど、すぐに済むでしょうから我慢するしかないですわね。
「あなた、お名前は?」
「名など聞いてどうする?」
「話し相手の名前を知っておきたいというだけですわ」
「話す? 何をだ?」
男は半壊した馬車の上から静かに飛び降りて、私と一定の距離を取りながら周囲を歩き出す。
私の隙を伺おうというのかしら。
おそらく元々、私は隙だらけに見えるでしょうけど。
「話はそうですわね……貴族の隠し事がいいですわ。他家への牽制や揺すりに使えそうなのがあれば話してくださりません?」
「そのような話をこれから殺す者にしてどうなるというのだ?」
「これから殺すなら別にいいのではありません。話して損することはありませんわよ」
「……」
男が押し黙ってしまった。
やや尊大な態度を取りすぎた。少しは怯えた様子を見せた方が話を引き出せたかもしれないですわね。
相手は間違いなく私への警戒心を高めている。
今更、怯えたふりを見せても逆効果ですわよね。
なら、このままの態度を取り続けて、危機感が薄い貴族娘を演じた方がよさそうですわ。
「話をしてくださいませんの? 私としてはコーウィン子爵家やモートン男爵家辺りの話があれば嬉しいのですけど」
この二つの家は私の家を敵視している筆頭の家。
貴族の中では表面上はそれなりに付き合っていても、嫉妬心から敵意を持たれることが多い。
嫉妬心を持たれるだけならいいですけど、具体的な行動にまで発展してしまうと厄介。
出来るなら具体的な行動を抑止する手段を得ておきたい。
他家に知られたくない秘密の話などは家の品格を損なってしまうモノですから、抑止力として手に入れておきたいですわ。
「まさか、貴様……」
何かに気付いたのかしら。
ダダルの存在に気付くとは思えませんし、万が一に気付いたとしても、どうにかなるモノではありませんわよ。
「時間稼ぎか?」
「?」
見当違いな回答に首を傾げる。
「一緒に居たビーネン一族の娘が助けに来るまでの時間稼ぎをしているなら無駄だ」
「シュティさんのことですの?」
「あの娘は確かに天才ではあるが、多勢に無勢。こちらも一人二人は殺されるだろうが、それくらいの損失で済む。娘は殺される。助けに戻ってくることはない。万に一、殺されなくても戦えないほどの怪我をしたのなら娘は逃げるだろう。娘の主人は貴様ではないのだから。命がけで戻ってくる理由は一つもない」
「まあ、そうですわね。逃げるのが普通ですし、そうしてもらっても構いませんわ。シュティさんはグリオット様の使用人ですから」
危険ならば逃げてもらっても構わないというのは本心。
でも、今日短い時間ながら親交を深めた間柄からすれば、彼女は戻ってきてくれるという確信がある。
もちろん、無傷で。
戦って髪型が乱れるのは仕方ありませんけど、せっかく買った服が傷ついたら勿体なさすぎですものね。
それについてはシュティさんの活躍を祈るしかありませんわ。
「貴様の落ち着きようはなんだ? 調査では魔法について多少学んではいる程度の娘のはず。知恵と口は同年代にしては回るようだが、それだけだ」
「私のことを調べていたのですね」
「フォレノワール公爵家に近しいからな」
口ぶりからダダルを召喚した儀式の本までは調べられていないようですわね。
儀式の本については私とグリオット様、後はレジェスしか知らないので当然ですけど。
家族は誰も私が悪魔を従えているなんて知らないし、知らせるつもりはない。
余計な心配をかけるだけですもの。
「運が悪い家よ。フォレノワール公爵家と婚姻を結んでいなければ娘が死ぬことはなかっただろうに」
「運が悪い? そんなことはありませんわよ。婚姻はメディシス家にとっても、フォレノワール家にとっても良いことですわ」
「良いこと? 本当か? 調べはついている。フォレノワール公爵家との婚姻は嫡子が病弱なのが原因だと」
「病弱――キュロスのことですの?」
「貴様の弟だ。病弱であるために家全体が苦労しているのは分かっている」
「調べ方が足りませんわね。家族のためにすることを苦労だなんて、私達家族は誰も思っていませんわ」
「口ではなんとでも言える。息子のために両親が資金集めや薬探しに駆け回っているだろう。フォレノワール伯爵家との婚約も資産を狙ってだ」
「貴族同士の婚約が権力や財産目当てなのは珍しくない、いえ、普通ですわね」
そのことは別に恥じることではない。婚約相手への多少の好意があれば十分ですわ。
もっともグリオット様については色々と気に入っていますけど。
「あんな弟、居なければ思うこともあっただろう」
「――」
不謹慎ながら襲われるという珍しい状況に少し高揚していた気分が一気に冷えた。
さっきから男が話しているのは全て挑発。
私から手を出させて、爆発を受けても無傷だった原因を探ろうという作戦。
それは分かっています。分かっていますが――。
(ダダル)
(始末しますか?)
(手を出すことを禁じます)
(は?)
「私のことを調べたようですが、私に言ってはいけない言葉は調べていなかったようですわね」
「何? 言葉?」
「まずは、その不躾な口を二度と開かないようにしてさしあげますわ」




