襲撃 場面:ラクレーム 1
おそらく違和感に気付いたのは私が先。
ちらりとシュティさんを見ると、目をゆっくりと細めて壁の向こうにいる馬車の御者を睨んでいた。
「お嬢様……」
レジェスが小声で話しかけてくる。
「どうやら罠のようです」
「そのようですわね。どこへ連れていかれるのかしら」
馬車の窓から見える景色から目的地であるはずの劇場から遠ざかっているのが分かる。
最初の違和感は劇場への道は大通りが一番近道のはずなのに脇道を入った時。そこからは注意深く外の様子を窺っていると劇場から離れていき、遠回りをして王都の外へ向かっているのが分かった。
「ラクレーム様、申し訳ありません。馬車の手配先を間違えてしまいました」
「いいのですわ。おそらくですが、王都のどの馬車を呼んでも結果は一緒でしたでしょうし」
私の横ではシュティさんがいつの間にか袖からナイフを取り出していた。
「シュティさん、そうではありませんか?」
「その辺りの仕組はよく分かっていません。ただ王都にはビーネン一族の手の者が多く潜んでいます。このような細工をするのは難しくないかと」
自分の推察とシュティさんの意見が一致していて、少し嬉しくなる。
「先程、店員が情報を渡しにきたのも罠だったのでしょうか」
レジェスの疑問に首を横に振る。
「違いますわね。知らせるだけ警戒されて損ですもの。先程、シュティさんが言っていましたが、失敗しても成功してもよいのでしょう。なので、私達には必要以上の情報は与えなかった。御者がビーネン一族の手の者か、依頼されただけの者かは知ってはいたのでしょうけどね」
「馬車を止めさせますか?」
「言って止まるものではないでしょう。それに力付くで止めたとしても、その影響で馬車が横転などしては大変ですわ。ここは止まるまで座って待っていましょ――止まりましたわね」
どこに止まったのか。
馬車の外を覗いて確認したいけれども、覗いた瞬間にナイフが飛んでくるかもしれない。
ここは専門家を頼りましょう。
「シュティさん、周辺の様子は分かります?」
「こちらを探っている人数が……おそらく八人。御者は既にどこかへ行ったようです。馬車の近くにはいません」
「襲ってきます?」
「分かりません。奴らの狙いが主様であるなら、この場は私達の足止めが目的になります。馬車の中でいる分には襲ってこないと思います」
「そこはきちんとしていますのね。標的以外は狙わないというビーネン一族の掟ですの?」
「はい。一族を離反したとしても心根は染み付いているのだと思います」
「離反した理由が一族の名誉のためというのですから、当然ではありますわね。ただ――」
私は馬車の中で立ち上がって、軽く身体を伸ばす。
「座って待っているわけにはいきません。私達はグリオット様を助けに行こうとしていたのですからね。それに私はメディシス伯爵家の長女。脅せば静かにしているだろうと思われるのは我慢なりません」
「承知いたしました。ラクレーム様はこのレジェスがお守りいたします」
「いつも通り、お願いしますわ」
レジェスと目線を合わせて意思の確認をする。
「シュティさんもそれでよろしいですわね」
「ラクレーム様の準備が整いましたなら、いつでも」
「では、話はここまで――行動ですわ」
私の言葉を合図にシュティさんが動く。
左側の馬車の扉を蹴って開けたかと思うと、反対側の馬車の窓から飛び出していった。
目にも止まらないというのはこういうことかっと感心するほど、私の目には白い残像しか残っていない。
――絶対、今の動きで髪型が崩れましたわ。
この場にそぐわない考えを一瞬思い浮かべつつ、残った私達がすべきことを考える。
シュティさんが全員を倒してくれるなら、それでも構わない。
脅しに負けるつもりはないが、別に自分の手で戦って倒すことには拘らない。
大事なのは意志を示すことですわ。
シュティさんが飛び出していって、すぐ金属がぶつかる音や争う声が聞こえてきましたけど、今はもう聞こえませんわね。
全員倒してしまったのか、それとも戦いの場所を移しただけなのか。
とにかく多少安全にはなったでしょうから、馬車の外に出ましょう。
「レジェス」
「はい、確認いたします」
レジェスがショートソードを手に馬車から降りて、周囲を警戒しながら見渡して安全を確認している。
「大丈夫です。近くには誰もおりません」
「分かったわ」
安全だと分かり、馬車を降りようと差し出されたレジェスの手を取る。
――っ!
何が起こったのか。
意識が一瞬、飛んだ。
気が付いた私は地面に倒れていた。
(ご主人! ご無事か!)
突然、ダダルの念話が頭に響いて、軽く頭痛がした。
痛む視界に見えるのは半壊して燃えている馬車の姿だった。
さらに今、レジェスに抱きしめるようにして倒れているのに気付く。
「うぅ、レジェス……い、いったい何が」
レジェスに話しかけるが返事はない。
顔を上げて、レジェスの表情を見ると気を失っているのか瞳が重く閉じられていた。
「レジェス? レジェス!?」
(ご主人、あまり動かさない方がいい。身体を強く打っている)
レジェスの身体を揺すって起こそうとしたのをダダルに止められる。
「ダダル、何があったのですか!?」
(馬車が爆発したのです。おそらく馬車の下部に爆弾が仕掛けてあったのでしょう。レジェス殿はいち早く気付き、ご主人を抱き抱えました。私もすぐに動き、防御魔法でお二人を保護したのですが、爆発で吹き飛ばされた際の衝撃でレジェス殿が気を失ってしまいました)
「馬車が……爆発? 最初から私達も殺す予定だったというのですか」
ビーネン一族であれば標的以外は殺さないはずという思い込みが甘かったのか。
想定外ですわ。
レジェスの腕の中から抜け出して立ち上がり、周囲を確認する。
「ここは……どなたかの屋敷?」
私が居るのは長らく放置されているらしい貴族の屋敷の敷地内だった。
正確には門からの建物までの途中、庭園と呼ぶ場所にいる。
庭園の草木は伸び放題であり、雑草が石畳を覆い尽くしている。
屋敷の建物自体にもツタや苔が生い茂っていて、少なくとも数年は人の手が入っていないことは間違いなかった。
王都にこれほど放置された貴族の屋敷があったとは知らなかったですわ。
何か事情があるのかもしれませんが、それを詮索するのは後ですわね。
「ダダル。レジェスの容態は分かります? 怪我をしているようなら治療を」
(既に調べています。身体を打って衝撃で気絶しているだけです。外傷は特にありません。気絶は脳が揺れたのが原因でしょう。しばらく安静にしていれば目が覚めると思います)
「それは良かったですわ」
レジェスが大丈夫だと分かり、ほっとする。
彼女は私を守るという言葉通り守ってくれたのだから、お礼を言うためにも無事でいてもらわないといけませんわ。
「誰と話をしている?」
「っ!?」
聞き慣れない男性の声に振り向くと半壊した馬車の上に黒い装束の人物が立っていた。




