襲撃 場面:グリオット 2
四方から先端に鉄の重りがついた投げ縄が飛んできた。
俺の両手足と首を狙ってきている。
首だけは絞められたら、いけないと避けたが、両足と左腕は縄に絡み取られてしまった。右腕は無事だが、代わりに剣に縄が巻き付いている。
「ぐっ!」
縄が引っ張られたので、両手両足に力を入れて堪える。
なんとか拮抗出来たが、一歩も動くことが出来ない状態になった。
わずかにでも力を抜けば、どこかの方向に引っ張られて体勢を崩し、地面に倒れ伏してしまう。
襲撃者達にとって一瞬であろうとも倒れて隙が出来れば十分だ。
その瞬間に俺は殺されてしまう。
絶対に倒れるわけにはいかないと力を込めて耐え続けるが、この状況もかなり危険だ。
攻撃された場合、身体を少し動かして即死は避けられるかもしれないが、重傷を負うことは間違いない。
どうすると打開策を考える間に前後からナイフが飛んできた。
――っ!
右掌に汗が滲んでいたせいで、握っていた剣が手の中で滑り、離してしまった。
剣の握り手がまだ馴染んでいない新品ゆえに革が滑りやすくなっていた。
普通なら手が滑って剣を手放すなんていうのはミスでしかない。
だが、今回だけは好機になった。
俺にとって予想しない出来事は襲撃者にも予想は出来ない出来事だった。
四方から引っ張ることで均衡が保たれていたバランスが崩れて、縄の拘束が一瞬緩んだ。
反応は剣を手放した本人である俺の方が速い。
緩んだ縄を引き寄せて、飛んできたナイフを避けると同時に縄を斬らせた。
左腕と右足が自由になると、残った左足に絡みついている縄の根本へ向かって走り出す。
向かう先、建物の間にいた襲撃者は縄から手を離して、ナイフで斬り掛かってくるが、シュティと比べれば遅い。
ナイフを躱して、右腕で襲撃者の頭部を鷲掴みすると走ったままの勢いで、地面に襲撃者の頭部を叩きつけた。
死んでいないにしても、しばらくは動けないだろう。
まずは一人だが、俺の両手両足を縛った者達とナイフを投げてきた者達で最低でも残り五人の襲撃者がいる。
劣勢は変わらない。
倒れている襲撃者からナイフといくつか道具を奪い取ると壁を背にして、先程までいた馬車が横倒しになっている路地の様子を探る。
馬は辛そうにもがいていて、御者は倒れているのは見えたが、動いている様子はない。単に気絶しているのか、それとも重傷を負っているのか。
どちらにせよ、医者に早く見せなくてはいけない。
今すぐにでも決着を付ける必要がある。
おそらくは襲撃者側も王都の街中でいつまでも人払いは出来ないだろうから、早く決着を付けたいはずだ。
ただでさえ、二度の爆発音と馬車が横倒しになった音が響いているのだ。
いつ、誰が騒ぎを聞きつけて、この場所に来るのか分からない。
先に動いたのは襲撃者の方だった。
黒いローブを身に纏った人影が一つ、上空から路地に降り立った。
ナイフを構えて、俺がいる建物の間を警戒しつつ、ジリジリとすり足で馬車の方へと近づいていく。
――そうするよな。
襲撃者はこのまま俺が身を潜め続けているなら、御者を攻撃するという意思を見せている。
攻撃されると分かっていても、助けるために出ていくしかないか。
覚悟を決めて路地に飛び出すと当然のごとく、ナイフと投げ縄が飛んでくる。
俺は防御も回避する動きも見せずに目線の先にいる襲撃者へと向かう。
ナイフと投げ縄が俺を捉える一瞬前、飛び出す前に投げていた爆弾が後方で爆発する。
倒した襲撃者の道具から拝借した一つだ。
爆風が俺の後方から吹き出したことでナイフと投げ縄の軌道が変わり、俺の脇を通り過ぎていく。
対する俺は爆風を背にして加速する形で襲撃者の懐に張り込み、手にしたナイフを顎下から頭部へと突き立てた。
続けて殺した襲撃者を押しのけ、地面に落ちていた俺の剣を拾う。
ここまでして、ようやく俺の体勢が整えられた。
「致し方ない」
悔しそうに呟く声と共に残りの襲撃者達が俺を取り囲む形で姿を表した。
現れたのは四人。
想定していた中での最低人数であることに少し気が楽になる。
四対一は楽観視出来る場面ではないが、相手の人数が分かっただけで余裕は出てくる。
「遠くからの攻撃では殺せないと分かったか?」
「すぐには殺せないと判断したまでだ」
「なら、早くかかってこい。さっきも爆発音がしたばかりだ。そろそろ憲兵が来るぞ」
返事は無く、襲撃者達が上下から飛びかかってくる。
一人を迎撃するだけでは他にやられる構図だ。
仲間が何人か倒されるとしても、確実に標的を殺すための連携になっている。
「お前達は姿を表した時点で負けてる」
最初から四人同時に襲いかかられていたら俺は殺されていた。
ビーネン一族として習得した暗殺の術で俺を殺そうと時間をかけたのが襲撃者達の敗因だ。
遠距離から慣れた手段で殺そうとしたために、俺に二人の仲間を倒されて道具を盗まれたのだから。
襲撃者達が襲ってくると同時――真上へ鋭い突起が付いた黒い球体を投げている。
襲撃者達は当然気付く。自分達が用意して皆に持たせていた爆弾だと。
最初に倒した襲撃者から盗んだのは普通の爆弾と鋭い突起が付いた爆弾の二つ。
普通の爆弾は先程、爆発させた。もう一つの突起が付いた爆弾は今、爆発する。
俺は地面に伏せるように身を屈めて、足元にあった馬車の扉を身を守るように真上に持ち上げる。
直後――爆発と衝撃が巻き起こった。
「ぐぅっ!!」
爆風の衝撃で地面に押し付けられる。
衝撃が収まり、爆発音で耳鳴りが残る中、俺はゆっくりと立ち上がる。
飛び散った金属片での怪我はないが、爆風で扉と地面に挟まれたことで体を強く打ち付けていた。
軽い打撲程度だとは思うが、回復したばかりでまた怪我かとため息が漏れ出た。
俺の周囲には誰も立っている者はいない。
地面には全身に金属片が突き刺さり、倒れている襲撃者達、四人の姿があった。
「これで終わり――」
背後で影が動いた。
「ではないよなっ」
首を狙って突き出されたナイフを剣で弾き、返す剣で攻撃してきた最後の襲撃者を縦に斬った。
俺の背後に現れ、仕留める機会を窺っていた襲撃者は反撃され、傷を負いながら後ろへと下がった。
一撃で仕留めることは出来なかったが、上半身から下半身に掛けて深く斬った。十分に重傷だ。
「なぜ……分かった」
開く口から血を吐き出しながら襲撃者が聞いてくる。
「分かっていたわけじゃない。最後まで用心していただけだ。お前たちが素直に全員姿を現すわけはない。一人くらいは奥の手として残しているかもしれないとな」
「……貴様はおかしい。その、用心深さは貴族の子供のものではない。それに爆弾を使うなどと、貴族としてのプライドはないのか」
「命が最優先だ。プライドは後で適当に見繕う。それに戦場では使える物は何でも使って生き抜いたからな。運もあったが、今回は経験が活きた」
「戦場? け、経験? 子供がなにを――」
そこまで疑問を口にして襲撃者は地面に倒れて動かなくなった。
「何を言ってるか分からなかっただろうな。俺も何が起こって、今こうなっているのか分かっていないんだ。あの世が有って、神様にでも会えたら代わりに聞いておいてくれ」
路地の向こうから大勢が走ってくる音が聞こえてきた。
鉄が擦り合う音がするので爆発を聞きつけて集まってきた憲兵だろう。
憲兵達に状況を説明するのが面倒だと思いながら、倒れている御者と馬達へ駆け寄った。




