無表情の少女と初めての街 【9】
「状況は分かりましたわ。これまで通り、以前と変わらずのお付き合いがお望みですのね」
「はい。聡明なラクレームお嬢様で助かります」
少し嫌味に聞こえますわ。
実質、こちらに選択肢がなく、受け入れるしかない話だ。
とはいえ付き合いが変わらないのであれば、不利益はありませんし、ビーネン一族が王都の各所に居ると知れたことは情報として利益ではありますわね。
「この場に来たのは念のための確認ですわね」
「ええ、シュティが気付かなければ、こちらから声をかけていました」
「私たちが他の店に入っていた場合は……いえ、これは無駄な確認ですわね。他の店でも同じことですもの」
ビーネン一族が情報の網を張っているのは、この店だけなはずがない。
王都内の同じような店にも同じ状況になっていると考えるのが妥当だ。
「いいでしょう。グリオット様以外に今回のことを話すことはしません。家の名に誓いますわ」
「ありがとうございます。どうか、これからも末永いお付き合いをお願いいたします」
お抱えの商人の返事の後、少しの間の沈黙が続く。
「……もう近くには居ません」
シュティさんの言葉で、ほっと息を吐いて緊張を解いた。
「楽しい王都散策だったはずですのに、とんでもない情報を手に入れてしまいましたわね」
「お嬢様、この後はどうなさいますか? 一度、屋敷に戻り、情報を整理と裏付けをする選択もあるかと思いますが」
レジェスの提案を首を横に振って断る。
「この程度の想定外で予定を変えては負けですわ。先程のことは気にせず予定通りに行動します。王都散策を続けますわよ」
ここですぐさま屋敷に戻るようでは弱気を見せることになる。
この程度か、と。
油断してもらうのはよいですが、侮られるのはいけませんからね。
「気を取り直して、少し休んだ後、予定通り髪結いに行きましょう。レジェス、今の内にお店の方へ連絡をして、私の担当をしている方の予定を開けておくようにと」
「承知いたしました」
レジェスが席を立ち、個室内に残った私は冷えてしまったハーブティーを口に含む。
普段飲んでいるハイビスカスのハーブティーを頼んだのだが、冷えたせいで味が変わってしまい、普段飲んでいるモノよりも酸味が強く舌に感じた。
私の動きを真似るように目の前のシュティさんもハーブティーを口にしたが、酸っぱかったのか眉をひそめていた。
きっと私も同じように眉を動かしていたでしょうね。
冷たくなったハーブティーを半分以上残してカフェを出て、目的である髪結いの店へと到着した。
連絡を入れていたので、スムーズに席まで案内された。
「ラクレームお嬢様、本日はご友人の髪結いと聞いておりますが、よろしかったでしょうか?」
いつも髪を整えてもらっている顔なじみの髪結い師、エリーヌが確認してくる。
私はエリーヌに答える前にシュティさんの耳に口を近づける。
「この方はビーネンの人ではありませんわよね」
「違います。少なくとも私は見たことはありませんので」
シュティさんが知らないということで、まずは安心ですわ。
「この子の髪を整えてほしいんですの。商店で簪を買いまして。簪に似合うような髪型にしていただけません?」
「簪? ええっと……確か棒状の物ですよね」
「そうですわ。シュティさん、見せてさしあげて」
シュティさんはどこに隠し持っていたのか。手のひらに簪を出現させた。
「いったいどこから?」
突然現れた簪に私もエリーヌも驚いてしまった。
「驚かせてしまったようで申し訳ありません。この手の武器は隠し持つのが癖になっていまして」
「武器?」
簪を武器とシュティさんが言ったのを聞いて、エリーヌが首を傾げる。
「ええっと、この子は少々やんちゃですの。血気盛んと言うか。女の子では珍しいですけど、男の子は木の棒を武器として剣術ごっこをしてますでしょ。それですわ」
「はぁ……」
弁解しようとしましたけど、苦しい言い訳でしたわ。
エリーヌも半信半疑の表情をしてますわね。
「ともかくですわ。こちらの簪に合うように髪型を整えてほしいのです」
「……承知しました。力を尽くさせていただきます」
疑問は残ったままでしょうけど、割り切って仕事を始めてくれるみたいですわね。
エリーヌに誘導されてシュティさんは鏡の前の席に座る。
エリーヌはシュティさんから預かった簪を手にして、少しの間どのような髪型にするか悩んだ後で私に顔を向けてきた。
「ラクレームお嬢様。買われたのは簪だけでしょうか。似合うように服も買われたのでは?」
「よく分かりましたわね。正確には服を買った後に、服に似合う簪を買いましたわ」
「どのような服でしょうか。服のデザインによって髪型も変わってきますので、教えていただけると助かります」
「純白のフレアショートコートに黒い脚衣です。服は今、仕立ててもらっている最中ですわ」
「なるほど。では、派手な髪型はいけませんね。控えめにしつつ……そうですね、ハーフアップがいいでしょうか」
「ハーフアップ? どのような髪型ですの?」
聞いたことがない髪型ですわ。
「最近、そのように呼ぶようになったのですが、後頭部の上部に一部の髪をまとめて編み込み、他の部分は下部へ流している髪型です。貴族の方々がよくなさっています。お嬢様結びとも言われてたりしますね」
「後頭部の上で髪を編み込んでいる……なるほど、あのような髪型ですのね」
エリーヌに言われて、知り合いの貴族女子たちの髪型を思い浮かべると確かに同じような髪型をしている子が多い。
私は編み込みが好きでないので、髪はストレートに下ろしていますが、流行っているのは間違いないですわね。
「シュティさん、髪型はそれでよろしいかしら?」
「はい、お任せします」
本日何度も聞いたシュティさんの返事を受けたので、エリーヌに後を任せた。
エリーヌが慣れた手つきでシュティさんの髪をまとめ始めた。
「艶のある綺麗な髪ですね。手入れがしっかりとなされています。普段は何を使われていますか?」
「……私に聞いておりますか?」
エリーヌの質問が自分に向けられたものだと気付かずにシュティさんの確認に間があった。
髪の手入れについてなんて、聞かれたことはないでしょうね。
「はい、サラサラとしておりますし、枝毛もありません。普段から気を使っておられるのかと」
「よく分かりません。同じ仕事をしている方々がいつも洗ってくださるので何を使われているのかは……オリーブオイルを使っていると聞いたことはありますが」
「なるほど。良い物をお使いのようですね」
エリーヌが髪質の話をし始めたので、私も自分の髪を触って確かめる。
サラサラ具合や艶は負けてはいない。
いえ、ほぼ毎日オリーブオイルを始め、様々な化粧品を使って手入れをしているのだから、負けているはずがありませんし、勝っていなくてはいけませんわ。
「お嬢様の髪の方がお綺麗ですよ」
「ありがとう、レジェス」
私の心情を読んだレジェスが声をかけてきた。
気を使わせてしまいましたわ。
レジェスとそんなやりとりをしていると、エリーヌが仕事を終わらせていた。
「完成いたしました」
「――これは思ったよりも、ですわね」
鏡の中のシュティさんを見て、私は思わず息を飲んだ。




