第128話 社交界での噂
マグノリアは、アレクシスともう一度会いたいと願った。
彼に会う機会を増やすため、神官長レーン・ジョゼフに、「神の石」を操作できるようになりたい、セイレーン・アレクシスに教えてもらいたいと頼み、その願いは早々に叶った。
聞けば、アレクシスも、マグノリアに「神の石」の操作を教えたい、と思っていたらしい……。
マグノリアは、週に三日ほど神殿の「星の塔」に通い始めた。
***
マグノリアは、アレクシスにこんなに会えるなんて、夢のように感じていた。
──アレクシス様の指が好き。
大きく、骨ばっていて、それでいて、正確に高速に動く指……。
──アレクシス様のお声も好き。
内容は面白くもない「神の石」の操作方法だけど、低くて、いつまでも聞いていたい、耳に心地よく響く、良い声……。
アレクシス様のお顔は……
──好みすぎて、直視できない!
整った鼻梁、翡翠色の「神の石」を見つめる真剣な眼差し……。
お髭を貯えたお顔も野性的で好きだけど、今のお髭を剃ったお顔は、文句なしに、今までに出会ったどんな男性よりもハンサムで、格好良い!
豪胆な性格として知られたマグノリアだったが、恋は彼女を姑息で、あざとい少女に変えた。
マグノリアは「神の石」の操作方法が覚えられないフリをすることにした。
──そうしたら、いつまでもこの授業は終わらないし、いつまでもアレクシス様と一緒にいられる……。
アレクシスがなかなか覚えない自分に苛立っているのを、マグノリアはちゃんと分かっていた。それでも、彼はグッと我慢しながら教えてくれる。
──アレクシス様は優しくて、紳士だわ。
神官長がいつも同席していて、あからさまに誘惑できないのは残念だった。
それでも、胸の大きく開いた服を着てきたり、大人びたメイクをしてきたりして頑張ってみた。
そんなマグノリアのいじらしい努力は、アレクシスには全く通じておらず、彼の態度が変わらないのには、少しがっかりしてしまう……。
──でも、アレクシス様が紳士だからこそだわ。
マグノリアには、アレクシスは完璧で、欠点など無いように思えた。
そして、だんだん彼の授業を受けているだけでは、物足りなくなってきていた。
マグノリアの日常に、アレクシスとの授業が加わってから、彼女は夜会での態度を一変させた。
マグノリアはそれまで、「王女の崇拝者」と名乗って彼女に近づいてきた男性貴族達と、夜会ごとに恋愛ごっこをしたり、城下へのお忍びに付き合わせたりして遊んでいた。
だが、アレクシスと出会ってから、そんな男性達が皆、見た目も大したことなく、薄っぺらで、退屈な人間に思え、彼らを冷たくあしらうようになった。
──アレクシス様を自分のパートナーにしたい! パートナーとしてエスコートしてもらいたい!
とマグノリアは思うようになった。
明日の夜会は母イザベラ王妃の誕生祝いだ。主だった貴族は出席するはずだ。
マグノリアはアレクシスに、パートナーになって欲しいと、思いきってお願いしてみた。アレクシスは、課題を覚えるという条件付きだが、エスコートしてくれることになった。
マグノリアはヤル気になった。
……正確には、覚えていないフリをするのを、少しやめただけだった。
マグノリアの作戦は成功した。
***
マグノリアを伴って社交界に現れたアレクシスは、注目の的だった。
明るい金の髪を撫で付け、正装したアレクシスの姿は、たちまち女性貴族の心を奪っていった。
アレクシスはまず、イザベラ王妃に誕生のお祝いを伝えた。
その後は、近づいてくる有力貴族達と次々に挨拶を交わしていった。
夫人同伴の貴族はアレクシスに妻を紹介し、夫人は手を差し出す。
アレクシスがその手を取り、貴族のマナー通り、恭しく唇を近付けると、夫人たちはたちまちポーっとなった。彼女達の夫は、いつもと様子が違う妻を見て、アレクシスに嫉妬したり、苦笑いしたりした。
今日のマグノリアは、光沢のあるモスグリーンの華やかなチュールドレスを着ていた。グリーンを選んだのは、彼の瞳の色だからだ。
胸の下で結んだ大きなリボンのピンクの差し色が、少女らしいアクセントになっている。
マグノリアはいつもならば、既婚者の年配の貴族達とは会話をせず、もっぱら未婚の貴族達の輪の中心にいるのだが、今日は王国の重鎮達と意見交換をしたいアレクシスの側にずっといた。
二人をよく観察していれば、アレクシスがマグノリアのことはそっちのけであり、彼女が不満に思っていることが分かる。
だが、二人の様子を遠目から見ている分には、マグノリア王女はアレクシス王子にベッタリで、離れようともしない。……もう彼女は崇拝者を必要としていないことが窺えた。
……新しいカップルの誕生だ! と出席した貴族たちは、口々に噂しあった。
***
アレクシスはマグノリアを伴って王妃イザベラの誕生を祝う夜会に出席したが、その夫である国王オリヴァールは出席していなかった。
国王オリヴァールは、色んな意味でアレクシスの最も会いたい相手だった。アレクシスとしては、国王には、まだまだ役に立ってもらわねばならなかった。
──国王夫妻は不仲なのだろうか? 残念だが仕方がない……。
アレクシスは国王に代わって、王妃を祝う本日の夜会の主催者に近付いた。
オリヴァール国王の長子であり、マグノリア王女の兄、王位継承権第一位を示すヴァイフォード公爵位を持つレーン・クローディス王太子だ。
一通りの挨拶を交わすと、話題はマグノリアのことになった。
「アレクシス、大変な人気だね。マギーの様子はどうだい? 君に迷惑をかけていなければ良いのだが……」
「まぁ失礼ね! お兄様!」
「ええ、実は王女殿下はやれば出来る方なんだと、認識を新たにしているところです」
アレクシスは、マグノリアが夜会のパートナーを賭けた課題を難なくクリアしたこと、そして、彼女がこの夜会で堂々と振る舞い、有力貴族の名を殆ど知っている風なのを見て驚いていた。
マグノリアは、アレクシスの鋭い指摘にドキリとしながらも、
「ヤル気の問題ですわ!」
と軽く頬を膨らませ、可愛く見えるように振る舞った。
だが、アレクシスはそんな彼女に一瞥をくれることもなく、クローディスに国王の不在について尋ねた。
「ところで、国王陛下にご挨拶申し上げたかったのですが、本日はお出ましになられないそうですね……」
「そうなんだ。これは、君が身内だから言うんだが……」
とクローディスは声を潜める。
「先日のあの議会以降、父上は気鬱になられてね……。酒量が増えて、公務もほぼキャンセルされているんだ。……なので、外せないときは、私が代行している……。よほど、『星の塔』の管理の甘さを指摘されたのが、堪えたご様子で……」
アレクシスは豪胆なオリヴァールが、そこまで落ち込んでいることが意外だった。
「……そうですか。陛下がお気に病むことではないのに……。私がもう少し早く帰って来れていれば、今回の事態は防げたはずです。……大変申し訳なく思います。早くお元気になってもらいたい……」
と、アレクシスは殊勝に謝ってみせた。オリヴァールには、もう少し頑張ってもらいたいと思っていることは本当だったので、その部分は心の底から言えた。
クローディスは、父オリヴァールがアレクシスのことを良く思わずにいて、彼の不在を内心喜んでいたことを知っていた。
──父上があの議場で、アレクシスのことを「帝国の手先」だの「裏切り者」だの罵っていたのを、彼も聞いていたはずだ。なのになぜ?
クローディスは、アレクシスの真摯な、オリヴァールに対する同情的な発言を、意外な思いで受け止めた。
それ以降、クローディスはアレクシスを信頼するようになり、難題が持ち上がると、何かしらアレクシスの意見を求め、頼るようになった。
アレクシスの的確な判断や助言は、不在のオリヴァール国王の代理として、国王の摂政的な役割をこなすようになった王太子クローディスの、大きな助けとなった。
アレクシスもまた、クローディスを味方に付けたことで、急速に王国貴族社会に受け入れられていった。
マグノリアはそれからも度々、アレクシスに夜会のパートナーとなるよう頼んだ。
アレクシスもマグノリアがヤル気を出すのであればと、彼女を自身のパートナーとして、夜会に出席するようになった。
素っ気ないアレクシス王子に対して、マグノリア王女の惚れ込みようは、誰の目にも明らかで、社交界では二人の話題で持ちきりとなっていった。




