第127話 そして王都へ
第四章
リゼットは二週間の休暇を終え、王都へ向かう列車に乗っていた。膝にはバロンが入ったリュックを抱えている。
その向かいには、仏頂面をしたトビーが座っていた。将来のグレーンフィーン伯爵となるトビーは、九月から王都の寄宿学校へ入学することになった。
トビーは、将来は漁師ではなく、グレーンフィーン伯爵になると分かってから猛勉強し、領内の中等部を優秀な成績で卒業したらしい。
入学する寄宿学校でも、拡張脳機能の祝福を持たない貴族としては、成績はまずまずの部類に入るらしかった。
王都に着くと、ジャックとネリーに代わり、リゼットが保護者代理として入学手続きを行った。
「トビー、寄宿学校では、色々悔しい思いもするでしょうし、ケンカもするでしょうけど……。よく考えてから行動してね。たくさんの出会いの中で、良い友人に巡り会えることを祈っているわ……」
リゼットは、少し背伸びして、年長者らしい言葉をかけた。
トビーは不服そうだ。
「お前……、いや、リゼットはどうすんだよ?」
「私? 私は馬車馬のように働くわよ! だから学費のことは気にしないで……」
「そうじゃなく、アイツのことだよ!」
リゼットは、とたんに視線を泳がせ、「そんなのわからないわよ……」と言うと、話題をそらした。
「ほら、貴方も来年春には社交界に出るんでしょ? 素敵なご令嬢と出会えるといいわねぇ」
「……アイツ、お前とのこと、ちゃんとする気あんのかよ?」
「もう、私のことはいいから! じゃあね! また冬休みに!」
リゼットは逃げるようにトビーと別れて、乗合馬車乗り場に向かった。
王都の見慣れた石畳をポコポコと走る馬車に揺られながら、リゼットはアレクシスのことを考えた。
そう、アレクシスとのことは、リゼットにも、どうなるか分からない。
アレクシスにはプロポーズされて、王都で待ってると言われて、そして初めて〈愛してる〉と言われて、別れたきりだ。
これから自分たちの将来に、どんなことが待っているのか、リゼットには想像もつかなかった。
──アレクシス……じゃない、アレクシス様。または、アレクシス殿下。うーん、「殿下」だけでもいいのよね……?
リゼットは心の中で、彼に敬語を使う練習をした。
──でも急に敬語なんて使ったりしたら、アレクシス……殿下は怒るかも……。二人だけの時は敬語なしでも良いのかしら……? ああ、でもそれは王国国民として、許されるのかしら?
リゼットは王都の自宅へ戻る車中で、アレクシスにどんな態度で接すべきかばかり考えていた。
そして、移動の疲れもあって、それすらだんだん考えるのが面倒になってきた。
──とりあえず、アレクシスにはジェニファーとのシェアハウスの住所は教えてないし……。彼のことだから、いつかはバレてしまうんだろうけど、……それまでは大丈夫!
……と、今は悩んでも仕方のないことを考えるのを先送りして、うつらうつらと船を漕ぎ始めた。
……天然な彼女の思考回路からは、自分が再度プロポーズされたことや、その返事をどうするのかということは、すっかり抜け落ちてしまっていたのだった。
***
アレクシスは、王国に戻り、成年王族として爵位を賜り、正式には「アレクシス・セイレーン・ヴァイフォール公爵」となった。
ヴァイフォールとは、聖王位継承権第一位を示す儀礼称号だ。マグノリアが未成年のため空位とされていたが、聖王摂政として、それを正式に譲り受け、名実ともに次代の聖王となった。
だが、まだ未婚なことや、本人からの希望もあり、公爵邸となる居城は今の段階では受け取らず、かつてと同じように、ティタレーン神殿内の王族居住棟で暮らし始めた。
アレクシスは、神官長レーン・ジョゼフの頼みもあって、セイレーン・マグノリア王女に「神の石」の操作方法を教えることになった。
それはアレクシスもその必要性を感じていたし、マグノリア本人も希望してきたらしい。
マグノリアは、「星の制御者:セイレーン」の聖名を持ち、「神の石」ははっきり見えるようだが、操作ができない。
それは、彼女の拡張脳機能の幼少期からの訓練不足が原因だった。
王国貴族に遺伝的に受け継がれる「祝福」には、個人差がある。
ウィリバートは思念通話が全くできず、記憶力に全振りだ。
アレクシスは逆に、「レーン・アレクシス」と名乗っていた時代の祝福は、思念通話に全振りだった。
幼少期の記憶はぼやけているものの、母とだけ「声」を用いて帝国語を話していたことは、何となく覚えている。だから今でも相手が思念通話出来るなら、そちらを使う方が楽だった。
マグノリアの祝福は「神の石」を見る視覚野に全振りなのではないか? とアレクシスが疑うほど、彼女は物覚えが悪かった。
一応、セイレーンと言うからには、ジーラント人を暗示支配出来るのだろうが、今ここでは、その能力は必要ない。
そして、アレクシスがかつて帝国で、セルゲイ皇子を暗示支配して知識を叩き込んだ手法も、マグノリアには試せなかった。
……神官長のジョゼフがずっと同席しているからだ。
もちろん、お互い高位の祝福者で王族、そして妙齢の男女を二人きりにしてはいけない、と言うこともあろう。
だがアレクシスには、ジョゼフが自分のことを監視しているように思えた。
アレクシスは王国に戻ってきて、アーエリオスを操作し終えた後、念のため、衛星画像で「星の嵐」の状況を確認したが、「神の石」に映るその画面を、マグノリアが見ており、神官達に話した。
神官達は、アーエリオスの緊急保護プログラムが働いて、「星の嵐」がグレーンフィーン領外へ追いやられたと勘違いしているが、自動的に発動した保護プログラムならば、そんな確認画面など必要ないとジョゼフだけが怪しんだ。
ハイラーレーンが「神の指先」を使い、アーエリオスを外部コントロールしたのではないかと疑い、その考えを口にしようとしたところを、アレクシスが止めさせた。
それもあって、ジョゼフは、タイミングよく王国に戻ってきた自分のことを、実はハイラーレーンではないかと疑っている……と、アレクシスは感じていた。
セイレーンとハイラーレーンの一番大きな違い、それはその身に「神の指先」を宿しているか、ということだ。
成人を迎えた次代のセイレーンの中から選ばれた一人が、儀式で「神の指先」を継承し、ハイラーレーンとなる。
「神の石」などの古代エアデーン人の遺物を操作するとき、セイレーンは遺物に直接触れなければ操作出来ないが、ハイラーレーンは遠隔操作が出来る。
また、セイレーンは、被支配民として作られたジーラント人を特殊な力を込めて目を見たり、意識下に思念を送って、暗示支配することが出来る。
ハイラーレーンはそれに加えて、同族のエアデーン人も暗示支配することが出来る。
それは、ハイラーレーンが、その「神の指先」を複雑に動かすことで、「星の塔」に蓄えられた魔力を引き出すことが出来るからだ。
ハイラーレーンは、「星の塔」から引き出した魔力を用いて、神々の遺物に接続して遠隔操作し、魔力をのせた思念を送って、エアデーン人を暗示支配する……。
ジョゼフは、アレクシスがハイラーレーンではないかと疑い、その最大の特徴である、操作端末が宿る「神の指先」が、独特の動きをしていないか、常に注意深く見ていた。
……アレクシスは、手元に感じるそんな彼の視線を、鬱陶しく思っていたが、やめさせることは出来なかった。
アレクシスは、自分が特別視している相手には、暗示支配が効かない、もしくは効きにくいことを経験上知っていた。
伯母婿でもあるジョゼフを「オッサン」呼ばわりするほど、アレクシスは彼を気安く感じていた。残念ながらジョゼフは、暗示支配しにくい相手と予想された。
ジョゼフを暗示支配出来なければ、マグノリアを暗示支配出来ても、意味がなかった。
……まだ自身が「星の支配者:ハイラーレーン」だと公表されたくないアレクシスは、ジョゼフの前でこれ以上の墓穴を掘りたくはなかった。
***
今日もアレクシスは、マグノリアに「それはさっきも言った」と言うのを我慢していた。
マグノリアは、「神の石」を操作出来るようになりたいと、自分から希望していたくせに、およそ「ヤル気」というものがなかった。
「もう無理~! ねぇ、アレクシス様。明日、お母様のお誕生を祝う夜会があるのをご存知かしら? アレクシス様がわたくしのパートナーになってエスコートして下さるなら、ちょっとはヤル気が出るんですけどぉ……」
そう言って、上目使いで下から見上げてくるのを、視線を反らして無視した。
アレクシスにも夜会の案内状は届いているが、色々と理由をつけて後回しにしていた。
……だが、王国に人脈もない、味方も少ない自分が、それらを築く為に、夜会への参加が有効な手段であることは分かっている。
──これを機に、社交界に顔を出すか……。
「分かった。俺のエスコート代は高いぞ。明日、マニュアルのこの部分まで覚えていたら、お前をエスコートしよう」
「やったぁ! わたくし頑張りますわ!」
そう言うと、マグノリアは初めてヤル気を見せた。
***
アレクシスがその日のマグノリアへの指導を終えて、神殿内の執務室に戻ると、神官のレーン・マシューが入口で待っていた。
マシューの思念通話に全振りの祝福は、平民ながら神殿でもトップクラスで、拡張脳機能には恵まれていないが、神殿の業務に必要な事柄や、古代エアデーン文字なども努力して覚え、その評価も高い。
だが、性格は非常に内向的で、アレクシスの幼少期と同じく、発話は苦手のようだった。
そんなマシューが、アレクシスがグレーンフィーン領から戻った時に、モジモジとしながら、リゼットの様子を尋ねてきた。
聞けば、彼の妹がリゼットの友人らしく、聞いてきて欲しいと頼まれたのだそうだ。どうりで、「星の嵐」が来たときに、リゼットが帰省中だと知っていたわけだ。
リゼットとの関係をまだ公に出来ないアレクシスは、あの時彼が、自分だけに思念通話を送ってくれて助かったと礼を言いつつ、領民のために炊き出しを頑張っていたリゼットのことを、伝えておいた。
今日もマシューは、明らかにアレクシスを待っていた様子であるのに、物怖じして何も伝えてこない。
妹からのリゼット情報を伝えに来たのだろうと、アレクシスが辛抱強く待っていると、マシューはぼそぼそと伝えてきた。
〈ご存知かもしれませんが……。リゼット様が義弟のトビー様と共に、王都へお戻りになられたようです〉
〈トビーと?〉
〈はい。妹からの情報では、トビー様はこの秋から、王都の寄宿学校へ入学されるとか……〉
新グレーンフィーン伯爵ジャックの長男トビーは、リゼットの義弟だ。
アレクシスのプロポーズの邪魔をし、アレクシスを「亡命王子」と呼んだトビーは、リゼットの騎士のようでもあった。
領内では、リゼットとトビーの縁組みを望む声もあり、アレクシスも彼の存在を前に、のんびりとはしていられないと思う、そんな相手だった。
〈分かった。ありがとう。妹にもよろしく伝えてくれ〉
〈分かりました〉
アレクシスはそう言って、執務室に入ろうとして、大事なことを思い出した。
〈そうだ。彼女の家の住所、妹に聞いといてくれないか?〉
〈……承知致しました〉
マシューは、リゼット嬢の家の住所なら、もちろん覚えていた。
だが、アレクシス王子に自分の終わった恋心を気取られないように、翌日になってから、王子の執務室の机の上に、彼女の住所のメモを置いた。
……そうしてリゼットの幸せだけを願う内気なマシューは、一仕事を終え、安堵のため息を漏らした……。
こうやって、リゼットの想定より早く、アレクシスは彼女の居場所を知ることが出来たのだった。




