第125話 海辺にて 1
角翼竜ヴェータは、アレクシスが「星の支配者:ハイラーレーン」だと教えてくれた。
原住生物と思念通話が出来るのは、グレーンフィーンとハイラーレーンだけだと……。
アレクシスは思念通話を、タルール人の特定の相手だけに送ったり、遠距離で送ったり出来る。
タルール人の侍女のンケイラは、そんな彼のことを、〈アレクシスさまは、おうさまレベル!〉と言って、誉めていた。
当時のリゼットは、それを聞いても「アレクシスは、本当は王子様だからね!」と、深く考えていなかったが、アレクシスはタルールに来た十四才の時には、未成年ながら、すでにハイラーレーンとなっていた、ということだ。
リゼットは、そんな彼の「元婚約者」だ。
ずっと放っておかれて、このままなら本当に諦めなきゃいけないと思っていたのに、帰って来た彼に苦しい程の愛を込めて抱き締められ、再びプロポーズされた……。
別れ際、アレクシスがハイラーレーンであると知った直後に、彼に〈愛してる〉と伝えられても、ショックで何も考えられなくて、彼の言葉が自分の心に届く前に、かき消されてしまうような、虚ろな感覚で、泣くしか出来なかった。
***
リゼットは、「アレクシスはタルールに社会勉強しに来た」と説明され、それをずっと信じていた。
だが、アレクシスがタルールに来た本当の理由は、まだ未成年なのに「星の支配者:ハイラーレーン」になってしまったから……と考えると、リゼットにもいろんな事情がストンと理解できた。
伯父のサミュエルは、アレクシスが国外にいる理由を、ジーラント人の血を引くのに、セイレーンとして目覚めてしまったアレクシスが、オリヴァール国王陛下に警戒されないようにするため、……つまり、成人を迎えても、ハイラーレーンとならないようにするため……と推測していた。
しかし実際は、彼はすでにハイラーレーンとなっていた。
ハイラーレーン・エレオノーラが国王に不適格と言って、新王室典範が施行され、セイレーン・オリヴァール国王陛下が即位するのに、すでに「次代のハイラーレーン」、しかも継承対象外の「未成年」がいたら……?
──王国が混乱するのを防ぐために、エドウィン殿下はアレクシスをタルールに「逃がした」のね……。
そして今でも、アレクシスは、本当はハイラーレーンであることを隠し続けている……。
リゼットは、アレクシスのそんな事情を何も知らず、知らされず、過ごしてきたことを思った。
アレクシスは以前、自身の過去を話してくれたとき、婚約者なのに、彼の過去を知らなかったというリゼットに対して、
〈何にも知らないまま、俺を見てほしかったから〉
と言っていた。
その時に「本当はセイレーンではなく、ハイラーレーンだ」と訂正することだって出来たはずなのに、どうして言ってくれなかったのだろう……。
──たぶん今みたいに、私が悩むことを、知っていたんだわ……。
リゼットは、アレクシスの秘密を打ち明ける相手として、役不足と思われていて……。実際、その通りだった。
リゼットは今、誰にも言えない秘密を抱えさせられて、とても……、とても戸惑っている……。
でも、リゼットの知っているアレクシスは、ずっとハイラーレーンのアレクシスだった。……彼の持つ祝福の名前を知らなかっただけ……と思うことにして、リゼットは何とか気持ちに折り合いをつけようとした。
アレクシスが王都に戻り、グレーンフィーン領が「星の嵐」の爪痕から、徐々に立ち直っていく中で、リゼットはようやくその事実を、受け入れられるようになってきていた。
***
リゼットの休暇も残り数日となった。
リゼットは、カントリーハウスから程近い海岸の砂浜に、日傘を差して座っていた。
目の前の砂浜では、十三才のボビー、十二才のアニー、七歳のミニーが波打ち際で裸足になって遊んでいる……。
この海岸は数十ミール行くと急に深くなっているため、「遊泳禁止」とされている。
それを知ってか知らずか、海で泳いで遊んだ子どもが流され、それを助けようとした大人も合わせて亡くなる海難事故が、数十年周期で起こるらしい。
その為、この海岸では、子どもだけで遊ぶことは許されておらず、必ず大人が付き従う。
そして、涼を求めて泳ぎたい子どもを諦めさせるため、数十年前の死亡事故を、脅しのように親達は子ども達に語り継いできた。
夕暮れ間近の、まだ暑さの残る砂浜で、今日のリゼットは、そんな義弟妹たちを海で泳がせないための監視役だった。
***
リゼットは、渚で遊ぶ義妹達を眺めながら、新聞に掲載されていたセイレーン・アレクシス王子の特集記事のことを、思い出していた。
アレクシスは議会で、自分がタルールやジーラント帝国にいた理由を、「魔鉱石供給量の回復」というアンドリュー前国王陛下の密命だった、と説明したようだった。
リゼットには、その説明は「方便」だと、すぐに分かった。
何故なら、彼は中等部卒業後こそ、研究所を作って、タルールの毒「ギフト」の研究を熱心にしていたけれど、タルールにやって来た当初の彼がしていたことは、基本的に「神の石」をいじることと、放課後のペールだけだったからだ。
「亡命王子アレクシス」と、王国内で蔑んで呼ばれていたことを払拭したくて、亡命していたのではなく、密命を受けて国外にいたことにしたかったのだろう。
でも、それってつまり……
──トビーに「亡命王子」って言われたのが、よっぽど嫌だったのね……。
アレクシスは、求婚の邪魔をしたトビーに、「俺が『亡命王子』なんてモノじゃなければいいんだな?」と言って、宣言通りのことをしてみせたのだ。
アレクシスはタルール時代も、リゼットに近付く男子を祝福を使って、追い払ってしまうような人だった。
トビーへの対抗心を燃やすアレクシスのそういうところは、変わってないな……と、リゼットは一人思い出して、苦笑いをした。
そして記事では、アレクシスは「聖王陛下の摂政として、今後は王族の務めを果たしていく」と宣言した、とあった。
リゼットはそれを読んで、胸を突かれたような衝撃を受けた。
──アレクシスは本当に王族で、王子様で、この王国で特別な存在になってしまうんだ……。
リゼットは、彼がそうなる可能性があることを知っていたのに、改めてショックを受けていた。
……新王室典範では、国王の継承順位は長子優先、聖王は祝福の強さで継承順位が決まる。
アレクシスは国外にいたためか、どちらの継承順位も、公式には発表されていなかった。
だが、神官のウィリバートは、聖王継承順第一位のセイレーン・マグノリア王女より、アレクシスの方が、セイレーンとしての力が強いと言っていた。
だから、アレクシスが王都に戻ったら、長期静養中の聖王ハイラーレーン・エレオノーラ陛下に代わって、聖王の仕事を代理で行う可能性があることは、リゼットも何となく分かっていた……はずだった。
──アレクシスは、聖王摂政殿下になる。……ということは、ゆくゆくはこの国の聖王陛下になる方で……。
……本来ならば、こんな名ばかり伯爵の養女が近付いて良い存在ではない……と、リゼットもようやく気が付いた。
リゼットは今まで、アレクシスのことを「恐れ多い」と思ったことはなかった。
だが、今になってようやく、そんな聖王摂政殿下と婚約することは、「大変恐れ多い」ことだと……神官のウィリバートや、伯父サミュエルの言っていたことが……身に染みて理解できた。
──どうしよう、どうしよう、どうしよう!
今度アレクシスに会ったら、何て言えば良い? やっぱり敬語でお話ししなきゃ、不敬になってしまうかしら?
……と、リゼットは日傘の下で、苦笑いをしたり、青くなったりしながら、悶々と色々考えていたのだが、義妹たちには、「退屈そうに、ぼおーっと座っている」ようにしか見えなかった。




