第124話 議会 2
「アレクシス・セイレーン・セントレナード、タルール・シェグファ藩国よりジーラント帝国に渡り、アンドリュー前国王陛下に秘密裏に与えられた『魔鉱石供給量の回復』の任を果たして参りました」
アレクシスは、オリヴァールが国王に即位する前に、「亡命するように」国外に出ていたが、それは前国王陛下からの任務であり、「亡命していたのではない」と暗に議場に告げた。
もちろんアンドリュー前国王崩御時、十四才だったアレクシスに、そのような密命などなく、彼がでっち上げたものだったが、彼の今までの功績から、彼の発言をこの場で問い質す者は、誰もいなかった。
「帰国してすぐ『星の塔』に向かい、『星の嵐』がグレーンフィーン領に向かっていることを知りました。そのまま現地に飛んでおりましたので、帰国のご挨拶が遅れましたことをお詫び申し上げます」
そう言って頭を下げながら、少しも悪びれていないアレクシスの堂々とした様子に、オリヴァールは苛立ちを覚えた。
──この小賢しいことを吐かす甥は、自分がつい先程、「帝国の手先となった裏切り者」と罵っていたのを聞いていたはずなのに、気にも留めず、平然としている……。
さも今まさに現地から直行で戻ってきたかのように、場違いな断熱コートを着ているのも白々しい──。
オリヴァールは忌々しげに、アレクシスを睨み付けた。
アレクシスは涼しい顔で、王の視線を無視して立ち上がると、グレーンフィーン領の現状についての報告をしたいと、議長に申し出た。
許可されると礼を言い、議場に向かって訴えた。
「グレーンフィーン領ですが、領主グレーンフィーン伯爵の的確な判断により、多くの住民が『星の嵐』に備え、避難していたお陰で、領民には怪我人こそあれ、死者はおらず、人的被害は最小限に抑えられました。ですが、本日、ポートダリヤームの漁協に所属する船が転覆しているのが発見され、問い合わせたところ、五名の乗組員が行方不明となっているようです」
アレクシスは、自身も先程知った、今日の夕刊で報じられるであろう最新の情報を明らかにした。
「グレーンフィーン領においても、住民の生活の糧である漁船が数隻破損し、家屋も浸水被害を受けるなど、元の生活に戻るにはしばらく時間がかかると思われます。岸壁が一部崩壊するなど、港湾整備にも負担を強いることになります。まずは、行方不明者の捜索を支援し、被害を受けた者達に、エアデーン王国を守る王家として、補償して然るべきだと思いますが、如何でしょうか?」
と国王に訴えかけるアレクシスの瞳には、否とは言わせぬ力が籠っており、国王オリヴァールは眉根を寄せ、片手で口を覆い、深く熟考しているように見えた。
だがよく見ると、国王の目は細かく揺れて泳ぎ、歯は小刻みな音を立て、冷や汗をかいている……。
そんな玉体の変化に……それが拡張脳機能に潜入されている最中だとは……誰も気が付かなかった。
やがて、セイレーン・オリヴァール国王は、玉座から立ち上がり、フラリと前へ進み出ると、力無くも、はっきりと議場に向かって宣言した。
「……相分かった。まずは行方不明者の早急な捜索を、王家としても支援する。被災したグレーンフィーン伯爵及び領民には、原状回復への費用を補償し、王家より見舞金を贈らせよう。また、神殿の人事及び魔鉱使用配分を、適宜見直しさせることにする」
「ありがとうございます。国王陛下の慈悲深いお言葉に、国民も安堵することでしょう」
国王の裁可に対し、セイレーン・アレクシス王子は、深々と頭を下げて感謝を伝えると、力強く続けた。
「今後このような事態を招かないように策を練ることこそ、我ら国を動かす者の務めです。今後は私も微力ながら、『星の塔』にて、その務めを果たして参りたいと思います」
と、再び臣下の礼を執ったアレクシスは、懇願するように、オリヴァールを見詰めた。
高い玉座からアレクシスを見下ろした国王オリヴァールは、抑揚もなく告げた。
「セイレーン・アレクシス、父国王より賜った極秘任務、遂行ご苦労であった。今後は静養中のハイラーレーン・エレオノーラを支える摂政として、聖務に励むように」
「ははっ! 慎んでお受け致します」
アレクシス王子は再び深く頭を下げた。
これを受けて、本日の議会の召集を要求した議員達の代表者、ホーウッド議員は、王の裁可を称え、立ち上がり拍手した。
他の議員達も次々に立ち上がり、拍手で国王の英断を称えて追認した。
割れんばかりの拍手に合わせて、エドウィンは、周囲に合わせて乾いた拍手を贈っていた。
……エドウィンは息子アレクシスが、断熱コートに袖を通さず、羽織るように着ていたのを見逃さなかった。
アレクシスは恐らく、コートの中で「神の指先」を動かし、国王オリヴァールを暗示支配したのだろう。
エドウィンは、息子が宣言通りのことをやりおおせたことを、空恐ろしく感じていた。
***
王国議会の決定は、新聞各社の一面を大きく飾った。
オリヴァール国王は、グレーンフィーン伯爵及び領民に、原状回復への費用を補償するとした。
行方不明となっていた漁民は、王都からも捜索船が派遣され、グレーンフィーン領の漁師と協働で捜索が続けられたが、後日、最終的に死亡が認定され、その遺族も含め、被災者には王家より見舞金が贈られることになった。
また、セイレーン・アレクシスの帰国が報告された。
彼が今までタルール・シェグファ藩国やジーラント帝国にいたのは、亡きアンドリュー前国王陛下の密命のためであったと知らされた。
レーン・ジョゼフ神官長により、「星の嵐」が来た原因は、「神の石」を操作出来る者の不在とされたが、今後は、アレクシス王子が、聖王摂政として「星の塔」の管理に携わることも、国民にとっては、大きな安心へと繋がった。
「星の嵐」の到来で国民を不安に陥れ、責任を問われた王家だったが、これにより、国民からの信頼を取り戻すことに、ある程度は成功した。
人々は、当時未成年の王子が、その任務を見事果たして無事に帰国し、「聖王摂政」に就任したことを祝った。
大手新聞各社は、アレクシス王子の今までの業績を称える特集記事を組んだ。
アレクシスは、今や完全に「時の人」であった。
***
数日遅れの新聞記事で、グレーンフィーン領へもそのニュースが伝わった。
「あの魔電気中継局を直してくれた兄ちゃんが、セイレーン・アレクシス王子だったんだってよ!」
「本当に『星の嵐』に遭った俺たちへの補償を訴えてくれたんだ!」
「それって、リゼットお嬢様の元婚約者のアレクシス様?」
「私、アレクシス殿下がお嬢様を『お姫様抱っこ』してるところ見ちゃった!」
「私も見たわ!」
「殿下は絶対、お嬢様のこと、まだ好きよね?」
領民は口々に噂をし、今回の「星の嵐」の襲来で、領民を助けてくれた領主一家の住む高台を見上げた。
浸水した領民たちの家の片付けはほぼ終わり、カントリーハウスでの炊き出し料理の提供は終わった。
だが、領民たちの家から出た海水に浸かった不用品は、仮廃棄場に積まれたままだし、崩壊した岸壁も応急処置のままで、一部浸水したり、破損した船もそのままだ。
「星の嵐」の到来で大変な目に遭ったグレーンフィーン領だったが、王家からの補償や見舞金が出るということだし、希望の光が見えてきた。
これから新領主の下で、この困難を、力合わせて乗り越えていこうという、活力に満ちていた。
そんな領民の生活は、そのうち平穏を取り戻すだろうと思われた。




