第122話 帰還
グレーンフィーン領から王都エアデーリャまで飛んだ角翼竜ヴェータは、セントレナード公爵邸でアレクシスを降ろすと、帝国領に戻っていった。
翼竜は暑さに弱く、夏の王国では夜の気温が活動限界のため、夜の間に帝国に戻る必要があった。
ヴェータに埋め込んだ「星屑」には、対翼竜防壁無効化プログラムのほかに、遠距離通信機能も付けたので、用事があるときは呼び出せる。だが、将来的には、冷房設備を兼ね備えた竜舎を与える必要があるだろう。
ヴェータは最後まで何か言いたげだった。
アレクシスはどうせリゼットのことで、自分を責めるようなことを言うのを我慢しているだけだろうと思い、敢えて問わなかった。
アレクシスはセントレナード公爵邸の玄関扉の前に立った。
ここで過ごしたのは、今から八年前の十二才までだ。セイレーンとして目覚め、食事を与えられないまま部屋で過ごし、瀕死のところを救出されてから、一度も戻ってきていない。
セイレーンとして目覚めたときに、記憶野に欠損が生じたせいか、感慨も何も沸き起こらないまま扉をノックした。
夜中にも関わらず、起き出して迎え入れてくれた使用人は、アレクシスを見て驚き、涙ぐんだが、アレクシスの方は何も覚えていなかった。
案内された部屋は、最後に過ごした自分の部屋のようだった。
おそらく、アレクシスが「星の塔」に現れ、そのまま翼竜でグレーンフィーン領に向かったことが、伝わったのだろう。いずれアレクシスが公爵邸に戻ってくると思われていたらしく、ワードローブには、今の体型に合った衣装が揃っていた。
アレクシスは部屋に備え付けの風呂に入ると、バスローブのまま、泥のように眠った。
***
翌朝、エドウィンは執事から、アレクシスが屋敷に戻ってきていることを聞いた。
「朝食をご一緒になさいますか?」と聞かれて、寝かせておくように伝えたが、アレクシスは食事室に現れた。
〈お久しぶりです、父上。戻って参りました〉
「おお、アレクシス! 起きてきたのか! 深夜に帰ってきたんだろう? まだ寝ていてもいいのに……」
エドウィンは席を立ち、八年ぶりに帰宅した息子を抱き締めた。自分の背丈を越え、立派に成長した息子の姿がそこにはあった。だが、
〈父上は、リゼットが私との婚約を解消したことをご存知でしたね?〉
と、いきなり問い詰めてくるあたり、中身は変わっていないのかもしれない、とエドウィンは思った。
「ああ。だけど、帝国にいるお前に伝えてもどうしようも出来ないだろう? 今の彼女の父親代わりは、伯父のレイマーフォルス前子爵だ。王国貴族の娘の結婚は父親の意思が全てだからな。まぁ、先に食事にしよう」
朝食が並べられたところでエドウィンは会話を切った。二人はしばらく食事に集中する。
「……しかしまぁ、よく食べるな」
〈まともな食事は久しぶりですから〉
エドウィンが食後のコーヒーを飲み始めても、まだアレクシスは黙々と食べ続けていた。
被災地グレーンフィーンでの食事は遠慮して、他の被災した王国人と同じ量で我慢していた、と食べながら思念通話で伝えた。
アレクシスはコーヒーを一口飲み、カップに置いて切り出した。
〈リゼットと結婚する意志に変わりありません〉
「彼女は何と言っていた?」
〈……返事を聞く前に、彼女の義弟に『亡命王子』と言われて反対されました〉
「……それは辛辣だな」
エドウィンは、威勢のよかった新グレーンフィーン伯爵家の跡取り息子を思い出して笑った。
〈帝国へ負わせたタルール進出への借りは、魔鉱脈二つ見つけて返しました。後は『帝国の星の塔』を起動させてみるだけです。これからまずは『亡命王子』を返上しようと思います。無職では婚約者に戻れませんからね〉
「具体的には?」
〈六年間も放置されていた『環境保護システム:アーエリオス』を、あるべき姿に戻そうと思います。静養中のハイラーレーン・エレオノーラ聖王陛下の摂政? にでも任命して頂こうかと……〉
アレクシスはそう言って、不敵な笑みを浮かべた。
エドウィンはその笑みに、我が息子ながら、何かそら恐ろしいものを感じて、ゾクリとした。
だが、アレクシスが静養中の聖王陛下の摂政となることは、良いことだと賛成した。
「セイレーンのオリヴァール国王陛下とマグノリア王女には、『環境保護システム:アーエリオス』を操作出来ないと、今回知られてしまったからね。結局、アーエリオスに備わっていた『保護プログラム』が働いて、『星の嵐』の被害は最小限に抑えられ、助かったと神官達は言っていたが……」
〈へぇ、そんな解釈になってるんですね。まぁ、そう思わせておいた方が都合が良いか……〉
アレクシスは、デザートの林檎をシャリシャリ言わせながら、皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「……それはどういう意味だ? ……ひょっとして」
〈ええ。王国領内に入ってすぐ、『神の石』を遠隔で操作して、全出力でグレーンフィーン領十五クローム沖に魔光幕を張るようにしました〉
周囲には使用人たちも控えている。エドウィンは直通の思念通話に切り替えた。
〈……ハイラーレーンの『神の指先』でやったのか?〉
アレクシスはうなずいた。
その後、王国の「対翼竜防壁」に苦しむヴェータのために「星の塔」に寄り、無効化するプログラムを星屑に転記して、彼女に埋め込んだことも説明した。
エドウィンにも、やっとアレクシスが「星の塔」に現れた経緯が飲み込めた。
〈リゼットがグレーンフィーン領に里帰りしていると教えてくれた神官がいて、そのままリゼットに会いに行きました。……さすがにキツくて、再会するなり、ぶっ倒れましたけどね〉
〈そりゃ、そうだろう! 帝国の魔鉱発掘現場から、『星の塔』を経由して、グレーンフィーン領って! むちゃくちゃだな!〉
アレクシスも思い出して、苦笑いした。
〈取り敢えず、魔電気を復旧させるとこまで手伝って戻ってきました〉
〈で、被害状況はどうだった?〉
〈新グレーンフィーン伯が領民を避難させていて、報告では今のところ、怪我人が数名出た程度です。ですが、岸壁の一部崩壊や、漁船の破損、家屋の浸水など、領民が元の生活に戻るにはしばらく時間がかかりそうです〉
エドウィンは、死者がいないと聞いて、取り敢えずホッとした。
〈……そうか。ジャックも就任早々、大変だっただろうが、良くやったんだな〉
〈ええ。今回の『星の嵐』を招いた責任は、アーエリオスの管理を怠った王族にあります。まずは被害に遭ったグレーンフィーン領民に十分な補償をすべきだと思います〉
エドウィンはカップを置いて、アレクシスを見据えた。
〈今日の議会の議題だな。ジョゼフあたりが、陛下の失点を責め立てるだろうが、グレーンフィーン領への補償なんて、当の領主も不在だし、誰も言い出さないだろうな〉
〈私は陛下の失点を責める気はありません。エレオノーラ伯母上がエクレタ離宮から戻らない以上、陛下には国王として頑張って頂きたい。十分な補償をすれば、国民の不満は収まる〉
ようやく食事を終えたアレクシスが口をぬぐう。
〈……つまり、陛下ご自身のお言葉で、国民に詫び、補償を打ち出すことこそ肝要だ、ということです〉
〈アレクシス、まさか陛下を……〉
これ以上は、不敬な発言になりかねないと、エドウィンは言葉を濁したが、
〈そうすれば、陛下の人気も復活するでしょう? 陛下にはまだまだ頑張ってもらいたいんですよ〉
──アレクシスは国王オリヴァールを暗示支配して、謝罪させ、補償をさせる気だ!
エドウィンはアレクシスの企みに動揺を隠せず、ゴクリと唾をのみ、我が息子を見た。
〈あとは『星の塔』の管理体制の強化です。セイレーン・マグノリアは明らかに訓練不足でしょう。彼女にはアーエリオスを操作出来るようになるまで、頑張って脳機能に叩き込んでもらいます〉
〈ん? ハイラーレーンのお前が聖王の摂政になるんなら、ゆくゆくは聖王になって、『星の塔』を管理するんじゃないのか?〉
〈……王国にはハイラーレーンが必要なことは分かっています。……ですが、まだ待って下さい〉
自分がハイラーレーンとして聖王になった場合、リゼットを「聖王妃」として公の立場に迎え入れることになる。
「祝福の副作用」に悩まされるリゼットが、その状況に付いてこられるかどうか……。婚約が解消されている今、アレクシスにとって、リゼットの気持ちは考慮すべき最重要事項だった。
〈リゼは王族の……、私の妻になるには……あまりに弱い。彼女はグレーンフィーンの力が強く、その力を発散させておかないと、人の負の感情で傷付き、体調を崩す。彼女の、……彼女の脳機能では、『祝福の副作用』を制御できないんです〉
〈……ひょっとして、リゼがデビュタントの時に倒れたのはそれが原因か?〉
〈ええ。デビュタントの時に陛下に当てられたので、初めて分かったそうです。私は、彼女の副作用を押さえる方法を『神の石』で探りたい。ですがまずは、彼女を守り、迎え入れるための第一歩として、成年王族の一員として、国民に認めてもらえるよう努力するつもりです〉
そう伝えて、アレクシスは立ち上がり、礼をして食事室を後にした。
──「星の支配者:ハイラーレーン」が、最高権力者の国王ではないという矛盾……。そんなこの王国の歪みが、正されようとしているのか、それとも更なる歪みをもたらすのか……。
エドウィンは、リゼットを守りたいと語るアレクシスの悲壮なまでの決意と、その危うさを思い、深いため息をついた。




