第120話 アーエリオス
「マシュー、マシュー! ねぇ、ちょっと! マシュー?」
マグノリアは、次に何をすればいいのか尋ねようと、マシューを呼んでいるのに、彼の心は此処にあらず、といった感じで、ボーッとしているように見えた。
マグノリアは、マシューの腕を持って揺らし、
「マシュー! ちょっと、何度呼ばせるつもり?」
と怒りながらもう一度名を呼ぶと、マシューは、ハッと我に返り、マグノリアが呼んでいたことに気が付いた。
〈あ、すみません、殿下……〉
「もう! で、わたくしは何をしたら良いの?」
〈そうですね……、『神の石』を操作して……、アーエリオスの魔光幕の向こう側に『星の嵐』を追い出せれば……〉
マシューが額に汗を浮かべながら、すべきことを絞り出したが、マグノリアは叫んだ。
「どうやって? どうやって『神の石』を操作するの? 以前、ウィリなんとかっていう、陰気そうな神官にも聞かれたけど、『神の石』でアーエリオスを操作する方法なんて知らないわ! そうだ、お父様ならご存知なんじゃ?」
その問いに答えたのは、ずっと後ろでマグノリア達を見守っていた年配の神官だった。
「以前、国王陛下にもお願いしたことがございますが、陛下も操作方法はご存知ないと……。陛下は昔からエレオノーラ様を避けておられましたので、『星の塔』にも、ほとんどお越し頂いたことがございませんでしたから……」
マグノリアは彼の顔には見覚えがあった。ハイラーレーン・エレオノーラの王配……つまり夫で、神官長であるフォーデンハイム公爵レーン・ジョゼフだ。
マグノリアは、パニックになって喚いた。
「ええっ! じゃあどうしたら良いの? このまま『星の嵐』がやって来るのを……」
と、マグノリアが突然叫ぶのを止めたので、神官達は訝り、マグノリアを見た。
王女の視線は「神の石」に釘付けになっていた。神官達は黙ってその様子を見守り、マグノリアの言葉を待った。
「……『神の石』が勝手に動いてるわ」
ようやく口を開いたマグノリアに、
「まさか!」
ジョゼフは、信じられないという顔をしたが、マシューは冷静にマグノリアに尋ねた。
〈マグノリア様、『神の石』には何と表示されているのです?〉
マシューに促され、マグノリアは慌ててペンを取った。
「この部分は、ゆっくりだけど、どんどん変化していってるの。だから×で書くけど……」
ーーー
アーエリオス出力:××××××
目標座標 :303000
到達予想時刻:8月19日 23時26分
ーーー
再びマシューが古代エアデーン文字を現代語に訳し、他の神官達はその結果を分析し始めた。
神官達の興奮した声が、「星の塔」内に響く。
「座標出ました! ヴォリアーシャ地方グレーンフィーン領沖、十五クローム南です!」
「それはひょっとして、『星の嵐』を魔光幕の外側に追い出すための座標じゃないか?」
「そんな『保護プログラム』が存在していたのか! 助かった!」
神の石の前に集結していた神官達は、一様に安堵し、手を取り合って喜んだ。
上陸は防げないが、上陸後の滞在時間は三十分ほどなら、被害はだいぶましになるはずだ。何だかよく分からないが、とにかく助かったらしい……。
マグノリアは喜び合う神官達を、呆然と眺めていた。
マグノリアは、その後しばらく「神の石」を眺めていたが、危機らしきものが去ったらしく、神官達も通常作業に戻る者もいて、だんだん退屈になってきた。
「……今からなら、王宮に戻っても夜会に間に合うし、わたくし帰るわ」
と、マグノリアは帰ろうとした。
そんな王女を引き留めようと、神官達は頑張った。……これを逃したら、次にこの気まぐれなセイレーンの王女が、いつ「神の石」を見に来てくれるかわからない。
神官達は、慌ててお茶を出したり、古代文字について説明したりして、マグノリアの興味を引こうとしたが、マグノリアはやはり「帰る」と言い、腰を上げた。
〈ま、待って下さい! 最後にもう一度『神の石』を見て下さい!〉
そうマシューに言われ、「神の石」を見ると、先程までは変化し続けていた出力値がある値で止まっていた。
マグノリアがそれを写して伝えると、マシューら神官達は唸った。
……その数値は、現状でアーエリオスが保持する全魔力残数に相当するのではないか……、と話し合っている。
その話し合いを面倒くさそうに聞いていたマグノリアが、「画面が変わったわ」と呟いた。
先程までの無機質な古代文字ばかりを映し出す画面と違い、動きのある、不思議な映像だった。
「白黒の映像が映ってるの……。殆ど黒なんだけど、ゆっくり回りながら移動する白い大きな塊があって……」
マグノリアはこの映像なら、ずっと見ていても退屈じゃないと思えるような、不思議な映像だった。
ジョゼフが顎髭を触りながら説明した。
「それは『星の嵐』の衛星画像ですな。古代エアデーン人の遺産は、この星の外にも存在する。この星を周回する衛星『神の船』から見たこの星の映像です。それが『神の石』に自動で表示されているとは……。先程の保護プログラムの動作結果を、我々に確認せよと伝えているのか、それとも……」
ジョゼフは、先ほどから、もう一つの可能性を考えていた。
──ハイラーレーンが「神の指先」で、外から『神の石』に干渉し、アーエリオスを操作して全出力を「星の嵐」にぶつけ、その結果を確認しているのではないか……?
その仮説を口にすべきか迷っているところで、魔電梯の扉が開いた。
〈オッサン、それ以上は言うな〉
踵まである断熱コートを着た背の高い青年が現れ、そんなジョゼフを、深く被ったフードの中から、翡翠色の瞳で睨んだ。
ジョゼフは驚きのあまり、腰を抜かしそうになった。
自分のことを「オッサン」と呼ぶ、この青年は……。
「ア、アレクシス様! よ、よくぞお戻りに!」
そう声を震わせる、ジョゼフの言葉を聞いた全員が叫んだ。
「「アレクシス様!?」」
アレクシスは一同の驚きの叫びを聞き流し、急いで「神の石」に近づくと、全神経を「神の石」の操作に集中させた。
その高速で変化する画面を、マグノリア一人が見ることが出来た。
マグノリアは画面から、それを操作する青年に視線を移した。
今は頭からフードを外しており、画面に集中する整った精悍な顔には、男らしい髭が生え、汗が浮かんでいる。帝国にいるという噂の彼が、いかに急いで戻ってきたかが分かる。
彼は周囲の神官に何かを命じたようで、差し出された何かを受けとると、それを「神の石」に、しばらくじっと近付けた。
口を真一文字に結び、真剣な表情で、超絶技法の曲を奏でるが如く指を動かしていたが、やがてポケットにしまった。
マグノリアには彼が何をしているのか、さっぱり分からない。ぼぉっとその横顔にみとれていると、彼は唐突に立ち上がった。
「あっ、あの!」
引き留めようと、慌ててマグノリアは話しかけたが、アレクシスが見たのはマシューの方だったから、先に思念通話で声をかけたのはマシューだったようだ。
アレクシスにだけ送られた思念通話の内容は、彼を驚かせるには十分だったようで、彼の血相が変わった。
マグノリアが再び声をかけようとした時には、アレクシスはもう塔にはいなかった。彼は「神の石」で何をしていたのか、何も言わずに出ていってしまった。
マグノリアは恨みがましくマシューを睨んだが、マシューは悲痛な顔をして項垂れていたから、罵るのはやめておいた。




