第119話 セイレーン・マグノリア
第三章
エアデーン王国国王オリヴァールの長女、セイレーン・マグノリア王女は、明るく美しく、生命力に溢れた活発な少女だ。
セイレーンとしての高い能力を持って生まれたが、父オリヴァールが、叔母エレオノーラと折り合いが悪かったこともあり、幼い頃からエレオノーラのいる「星の塔」には、あまり寄り付かなかった。
それもあってか、彼女が幼く、まだ分別がついていない頃、叔母に向かってはっきりと、
「エレオノーラ叔母様は『狂ったハイラーレーン』なの?」
と、大人たちが囁いていた言葉を、直接本人にぶつけたことがあったらしい。
それは、エレオノーラも薄々自覚していたことだったが、面と向かって言われたのは初めてだった。それ以来、エレオノーラは、この正直な、恐れを知らない姪のことを苦手としていた。
マグノリアも知識の吸収に貪欲なエレオノーラのことを、異質な存在として、気味悪く思うようになった。
それでもエレオノーラは、このたまにしかやってこない姪だけが、次代の唯一のセイレーンであった当時、ゆくゆくはハイラーレーンとなるよう育てようと、彼女なりに努力はしていた。
だが、マグノリアの性格は、「星の塔」に籠って、じっと「神の石」を触ることに向いていなかった。
マグノリアが八才になった頃、思念通話の祝福しか持っていなかった従兄のアレクシスが、セイレーンとして目覚めた。
エレオノーラの関心がそちらに向いてしまったことを幸いに、マグノリアは一切、「星の塔」に近づかなくなっていた。
***
前国王ハイラーレーン・アンドリューが崩御した後、政務を司る国王には、議会での評価も高く人望も厚い、セイレーン・オリヴァールが即位した。
聖務を司る聖王には、ハイラーレーン・エレオノーラが即位した。
聖務とは、神々とも呼ばれる古代エアデーン人の遺物を維持管理・運用することである。
王都のほぼ中心にある王国最大の神殿、ティタレーン神殿。
その敷地内に建つ「星の塔」の最上階に安置されているのが、神々の遺物の中でも最も重要な聖遺物、「神の石」だ。
「神の石」は、古代エアデーン人の知識の結晶であり媒体、そして、体の弱いエアデーン人がこの星で生きるための「環境保護システム:アーエリオス」の調整機関でもある。
聖務は、その難解さ、複雑さゆえに、「神の祝福者:レーン」と呼ばれる拡張脳機能を持つ者しか、携わることが出来ない。
聖務を行う者は「神官」と呼ばれ、王国貴族は、聖名に「レーン」を持つ者が多く、優秀な神官を輩出することが多い。
神官達は、「星の塔」に魔鉱石を投じて魔力を注ぎ、莫大な魔力を消費するアーエリオスを維持しているが、その調整は出来ない。
……「神の石」は、その資格の無い者には、ただの石にしか見えないからだ。
アーエリオスを調整する聖務を行えるのは、「神の石」を見ることが出来る「星の制御者:セイレーン」、そして「星の支配者:ハイラーレーン」と呼ばれる特別な祝福の聖名を持つ、王族でも一握りの者に限られる。
聖王ハイラーレーン・エレオノーラは、王国の南端のエクレタ島にある離宮で静養生活を続けており、その戴冠式すら行われないまま、現在に至っている。
エアデーン人を守る「アーエリオス」は、聖王の不在により、調整されることのないまま、六年の歳月が流れていた。
***
十六才になったマグノリア王女は、この春、社交界にデビューした。
その気質は、父王に似ていると言われ、豪胆で物怖じせず、王女の風格を持ちつつも、気さくな人柄で、国民からの人気も高い。
城下で過ごすことを息抜きとしている、いわゆる「お転婆王女」で、彼女の崇拝者と呼ばれる青年貴族達に、護衛騎士の制服を着せて、本物の護衛騎士達を撒いて、城下で過ごしたこともあった。
従兄にあたるセイレーン・アレクシス王子は、一時はエレオノーラの後継者と目されていたが、アンドリュー前国王の崩御前に王国を離れた。
その後、長らく行方不明とされていたが、現在は、母親の国であるジーラント帝国で、魔鉱脈開発に携わっているらしく、その華々しい活躍により、大公位を賜ったらしい。
王国人女性との婚約は破棄されており、王国に戻ってくる気配はない。
その不在を理由に、王国での継承権も公式には認められておらず、近く正式に放棄するであろうという噂もあった。
マグノリア王女こそが、次代のハイラーレーンとなるであろうし、継承順位通り、彼女が次代の聖王となるはず……。
明るく美しく聡明、交遊関係も広いマグノリア王女は、王室メンバーの中でも、注目の的だった。
***
……時はアレクシス王子の帰国日に遡る……
マグノリアに来客の名が告げられた。
珍しいことに、彼女の崇拝者や女友達ではなく、マシュー・レーン・エドガートンという名の神官だった。
マグノリアは、たまたま夜会まで少し時間があったこともあり、気まぐれに会うことにした。
現れた大人しそうな神官マシューは、彼女に謁見を申し込んでおきながら、モジモジとしていて、なかなか用件を切り出そうとしなかった。
イライラとしたマグノリアは
「話せないなら、お帰りなさい!」
と言い放ち、帰らせようとした。すると、その青年神官は思念通話で叫んだ。
〈セイレーン・マグノリア様! 『星の塔』の『神の石』を見て下さい! アーエリオスに魔力を送るのが私の仕事ですが、送っても送っても魔力不足の警告が出ます。何か……、何か重大なことが起きているはずなんです!〉
マシューの祝福は、思念通話に全振りだった。そのタイプの祝福を持つ者にありがちな、口下手な神官だった。
マグノリアは、そんなマシューの訴えを聞き入れ、渋々夜会の出席予定をキャンセルし、神殿に向かった。
マグノリアにとって八年ぶりのティタレーン神殿は、幼い日の記憶の中にあったものとは、だいぶ雰囲気が違っていた。
祝福を持つ優秀な神官達は、聖王陛下の不在により、どんどん他部署に引き抜かれていると聞いたことがある。人手不足の状態らしく、神官達がバタバタと動き回っていた。
「星の塔」の最上階に到着し、魔電梯の扉が開くなり、マグノリアの目に飛び込んできた古代文字があった。
「何か……『神の石』に書いてるわ! 赤い文字で、点滅している……」
マシューは蒼白になり、
〈何と、何と書いてあるのですか?!〉
「分からないわ! わたくし、古代エアデーン文字なんて知らないもの!」
居合わせた神官達は、驚き、頭を抱えた。
このマグノリア王女は、セイレーンなのに……。「神の石」を見ることが出来るのに……。古代エアデーン文字もご存知ないとは!
だが、マシューは失望を顔には出さず、根気強く尋ねた。
〈王女殿下、それではその文字の形を、この紙に写し取って頂けますか?〉
「分かったわ!」
神官達を失望させたことに気付いたマグノリアは、一生懸命、自分に見える文字の形を、紙に写し取った。
幼い頃より古代エアデーン文字と愚直に向き合ってきたマシューは、マグノリアが絵として写し出すその文字を、思念通話で読み上げていく……。
ーーー
警告 :「星の嵐」接近中
現在座標 :307275
中心気圧 :905
上陸予想座標:302478
上陸予想時刻:8月19日 22時54分
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ーーー
そのマシューが読み上げる情報に被せるように、
「中心気圧九〇五、猛烈な『星の嵐』です!」
「上陸予想座標、出ました! ヴォリアーシャ地方、グレーンフィーン領です!」
「到達予想時、満潮時刻と重なります! 高潮の発生が予想されます!」
「国王陛下へ報告の魔電報を!」
神官達から次々と上がる緊迫した報告に、マグノリアはただならぬ雰囲気を感じた。
──何なの! 「星の嵐」って何? 王国は守られているんじゃないの?




