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亡命王子は星を導く~運命の婚約者と祝福された結婚~  作者: 和田 モエコ
第三部 エアデーン【再婚約編】

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第118話 角翼竜の記憶

 夜も更け、グレーンフィーン伯爵邸で互いを(ねぎら)いあった領民たちの殆どは、それぞれの家に帰っていった。


 魔光幕の内側に入ったとはいえ、日中は夏の日差しが照りつけて暑かったが、どこかで降った夕立のおかげか、夜もこの時間になると、涼しい風が吹いている。

 

 リゼットは自分に宛てがわれた客用寝室のベランダにいた。

 そこから見上げる屋根の上には、角翼竜(ルクリーフォス)のヴェータがアレクシスを迎えに来ており、昨日の約束通り、リゼットはヴェータと話し込んでいた。 


  

「……そう言えば、王国と帝国の協定で、翼竜は王国領内には入れないんじゃなかったっけ?」

 

 ふと、そんな協定があったことを思い出したリゼットは、ヴェータに尋ねた。

 

〈ええ。協定の存在もそうですが、王国領は『対翼竜防壁』で守られていまして……。翼竜にとって不快で、痛みを伴う魔力波を発しているので、野生の翼竜も、王国領内には入って来ないのですわ〉


「えっ、ヴェータは今、大丈夫なの?」 


〈ええ、ご安心下さい。今は、アレクシス様が『星屑』と呼んでいらっしゃるカケラを埋め込んで下さいましたから……。ここに少し色が違う鱗がありますでしょ?〉

 

 そうしてヴェータは翼を軽く広げた。

 言われてみると、白い鱗を持つヴェータの翼の下に、ひとつだけ青く見える鱗がある。

 鱗をめくりながら、その下に「星屑」とやらを埋め込んだのだろう。……痛かったに違いない。

 

「どうしてそこまで……」

〈わたくし、つがい様に自由にお会いしたかったのですわ。副作用が出るほどに、グレーンフィーンの力を強く受け継がれた貴女をお支えするのが、御主人様の願いであり、わたくしの役目なのですわ〉

「私のために、ごめんね……」

 

 リゼットは、ヴェータを見上げながら詫びた。

 

〈どうかお気になさらず。『対翼竜防壁』は、現在は、翼竜に乗ったジーラント人から、エアデーン人を守るために機能していますが、元々は、わたくし達翼竜から、グレーンフィーン人を守るために作られたものなのです〉

「グレーンフィーン人?」

 

 ──「グレーンフィーン:星の理解者」というのは、祝福者(レーン)という意味を含んだ特別な聖名で、一族の家名……ではないの? 

 リゼットは首を(かし)げた。

 

〈星に入植した古代エアデーン人たちは皆、いわゆる拡張脳機能を持つ祝福者(レーン)でした。彼らが、ジーラント人や、王族のハイラーレーン、セイレーンより先に作ったのが、グレーンフィーン人です〉

 

 ……グレーンフィーン人は、星の原住生物との交信を可能にするよう、角翼竜の遺伝子情報を組み入れて作られたらしい。

 話した言葉で星の原住生物に向け発信し、受信は古代エアデーン人が持っていた拡張脳機能の外部通信手段、つまり思念通話を利用するという特殊な種族は、そうして誕生したのだという……。

 

 リゼットは、「グレーンフィーン」が本当の意味で特別だったことを知った。

 

 

 ヴェータは説明を続けた。


〈彼らはそうして意思疎通可能なグレーンフィーン人でこの星を満たして、星の原住生物と上手くやって行こうと考えたのですが、申し訳ないことに、わたくし達翼竜が、グレーンフィーン人を大量に殺してしまったのですわ〉 

 

「どうして?」

 

〈かつて、翼竜の中には、小さなグレーンフィーン人が発する言葉に含まれる思念を、我が子のものと勘違いしてしまう個体が多くいたのです。そして、グレーンフィーン人を無理やり(さら)って連れ回し……。何とも痛ましい事故が繰り返されました……。そこで、古代エアデーン人たちはグレーンフィーン人を守るために、王国の『星の塔』に、翼竜が入れないような機能、『対翼竜防壁』を付けたのですわ〉


 リゼットは、この話を聞いて、疑問に思った。

 

「私、今までにヴェータ以外の翼竜に乗せてもらったり、帝国では何頭もの翼竜を見かけたけど、その時に翼竜から我が子扱いされたりはしなかったけど?」

〈それは恐らく、つがい様の力が強いとはいえ、グレーンフィーン人の血が薄まり、変化して、翼竜の子が発する思念のような性質を失ったからでしょう〉

 

 リゼットはそれを聞いてホッとしたが、それにしてもヴェータはリゼットに優しく、過保護なような気がする。やっぱり、我が子みたいに思われているのかも? と思っていたら、その考えを読んだかのように、ヴェータは言った。

 

〈わたくしの中には、代々の角翼竜の記憶が受け継がれている話は、いつか致しましたよね? その記憶が、滅多に現れない、副作用を持つほどのグレーンフィーン人の助けになるよう、ささやいているのです。つがい様……リゼット様をお守りして、同族の罪滅ぼしをするようにと……〉

「……そうだったの。ヴェータの記憶の中のご先祖様に、ありがとうって、よろしく伝えておいてね」

 

 リゼットが、少しトンチンカンなことを言ったので、ヴェータは〈ふふっ〉と笑って、〈話を元に戻しますね〉と言った。

  

〈タルールの森は、燃やすと毒を発生させ、魔鉱開発には不向きな土地と判明しました。古代エアデーン人は、グレーンフィーン人とタルール人を協力させて魔鉱開発することを断念し、星の入植方法の方針を転換しました〉

「古代エアデーン人は、タルールでも魔鉱開発をしようとしてたの!? 昔のグレーンフィーン人は、暑さには強かったの?」

 

 リゼットの中で、タルールと言えば、うだるような暑さのイメージが真っ先にきてしまう。


〈いいえ。それもグレーンフィーン人では、魔鉱開発が出来ないと諦めた理由でした。次に、古代エアデーン人達は翼竜を研究し、遺伝子操作をして飼い慣らした翼竜や、野生の翼竜でも相性が良ければ、ある程度のコミュニケーションが取れると気付きました〉


 リゼットは、オリガやミランダ様と乗った翼竜が、本当に言葉が通じているかのような賢さだったことを思い出した。


〈そこで、古代エアデーン人達は、星の気候に適応した頑健なジーラント人を作りました。現在、翼竜がジーラント人をその背に乗せるのは、主人として認めた彼らを、やはり、我が子のように守るべき存在と認識しているからですけれどもね……〉

 

 大きな翼竜からすれば、リゼットから見て大柄だと思う帝国人も、小さな守るべき存在、ということには変わりないらしい。

 

 

〈その操作の過程で失われた脳機能を補完するため、ジーラント人を導くセイレーンを作ったのですわ。グレーンフィーン人が獲得した原住生物との思念通話機能は、セイレーンのうち、儀式でハイラーレーンとなった者のみに現れるようになりました〉

 

「ちょっと待って、原住生物と意思疎通が出来るのって、グレーンフィーンと……、ハイラーレーン?」

 

〈そうですわ。ハイラーレーン・アレクシス様です〉

 

 ……リゼットは、驚きで息が止まりそうだった。

 

 

 ***

 

  

 角翼竜(ルクリーフォス)と語り終えたリゼットは、フラリと下の階へ降りてきた。

 

 エントランスでは、帰り支度をしたアレクシスが、ジャックからグレーンフィーン領の「星の嵐」の被害報告を受けていた。


 リゼットに気付いたジャックが、


「お、リゼット、もう話は済んだのか?」


 と言うと、リゼットは、


「……はい。お待たせしました」


 と力なく答えた。

 

 

 アレクシスはどこか様子がおかしいリゼットに気が付いた。

 

〈リゼ、どうした?〉

 

 リゼットには思念通話が聞こえたはずだった。その証拠に彼女はビクッと動いた。

 だが、リゼットはアレクシスの方を見ようともせず、その問いかけにも答えなかった。

 

 

 そうしているうちに、ヴェータが庭に降りてきて、まだ庭に残っている領民達もアレクシスを見送りに集まって来た。

 彼らは、恩人の王子に口々に礼と別れの言葉をかけた。

 

 アレクシスはその言葉を受けながら、リゼットを見ていた。彼女はネリーの影に隠れるように、俯いている。

 

〈リゼ、どうした? 何があった?〉


 アレクシスがもう一度優しく問いかけても、反応がない。

 ヴェータが〈御主人様……〉と、何か言いたげにしたが、無視してリゼットに近づき、最後に気持ちを込めて抱き締めた。

 

〈……王都で待ってる。愛してる〉

 

 そうして頬に触れるだけの口付けを落とした。

 

 冷やかしの声の中を前だけ見て戻り、ヴェータの背に乗り込んだ。

 


 アレクシスは角翼竜の上から、見送りに集まった者達を見渡し、最後に告げた。

 

「まだ完全復旧とは言えない。これからもしばらく大変だろうが、出来るだけ力になれるよう、王都で働きかけるつもりだ! 皆も頑張って欲しい!」

 

 その頼もしい言葉に、力を得た者達の感激の声に見送られ、アレクシスを乗せた白い角翼竜は、ブワリと強風を起こして浮き上がった。

 そのまま何度か上空を旋回して高度を上げると、王都エアデーリャの方向へ進路を取った。

 


 その間、アレクシスはずっとリゼットを上空から見ていた。


 アレクシスが口付けを贈った頬を押さえていた手で、涙を拭ったようだった。

 ネリーが寝ている三才の一番下の子、ビリーを抱っこしながら、空いた手でリゼットの背中を擦って慰めている。

 

 ……こうしてリゼットを何度も泣かせてきた。

 アレクシスも胸に沸き上がるやるせなさを、何度も深呼吸を繰り返し、グッと意志の力で圧し殺した。

 

 

 ……ヴェータは、アレクシスの手綱を握る手が、ギリギリと力が入りすぎて震えているのを感じていた。

 

 ──リゼットはアレクシスがハイラーレーンと知らなかった。だから泣いている……。

 

 ヴェータは、教えたのは自分だと、アレクシスに詫びる機会を逸してしまった。

 

 

 ……そしてアレクシスは見ていなかったが、トビーはリゼットを泣かせるアレクシスを、その姿が見えなくなるまで、ずっと睨んでいた。

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