第115話 慰労会
魔電気を復旧させたアレクシスは、領内の様子を自身でも確認するために、海辺に向かった。
崩壊した岸壁や、領民の家々を襲った高潮による浸水の跡を、自身の「神の指先」を端末として、「神の石」に直接画像で記録していった。
高潮による床下の浸水は、朝方には引いていたが、午前中は水道が止まっていたため、片付け作業は思うように進まなかった。
昼過ぎに、魔電気が復旧し、水道が使えるようになると、領民同士の協力で、一気に作業が進んだ。
漁船にも被害が出ていた。強い風浪により漁船を係留していたロープが切れたり、緩んだりして船体が岸壁に衝突し、破損したり、一部浸水した被害が数件報告された。
領民には、新領主ジャック・グレーンフィーンとその息子トビーの機転により、怪我人こそ数名あったものの、死者はいなかった。
この新領主一家はこれを機に、領民の支持を集める存在となった。
この時点ではまだ確認されなかった被害もあった。
沖合に避泊していた大型漁船が、強風により錨の爪が海底から外れ走錨、風に煽られ漂流し、グレーンフィーン領の西の外れの岸壁に乗揚げ後、沈没しているのが翌日発見された。
後に船名から、ポートダリヤームの漁業組合に属する、消息不明になっていた漁船と判明した。
このグレーンフィーン領を襲った「星の嵐」による犠牲者は、最終的にこの漁船に乗っていた五名と発表された。
***
ネリーを中心とした主婦たちは、片付け作業に追われた領民達のために、夕食の炊き出しも行った。
魔電気と水道が使えるようになったので、昼食を準備した時より、かなり楽に行うことができた。
近隣の領主からの支援物資も、カントリーハウスに続々と届いていた。
昼食の配給を知らなかった領民たちも、支援物資を受け取るついでに夕食を食べて帰っていった。
リゼットは相変わらずカウンターで、給仕係を担当させられた。
カントリーハウスに炊き出しを食べに来る領民も増えたが、手伝いを申し出る者も増えたので、食事を皿に注ぐのは裏方で手分けして行った。
なので、リゼットの仕事はそれを相手のトレイに載せるだけで楽になった。そうしないと、さすがに捌けない状態だった。
***
リゼット含め、女性炊き出し班は休む間もなく働いていたが、ジャックの周辺には主だった領民たちが集まり、庭の一角では酒盛りが始まっていた。
アレクシスも領主のジャックに引っ張られ、その輪の中で炊き出しの郷土料理を食べながら、酒を勧められていた。
「いやぁ~、殿下が来てくれて助かったよ~! 殿下がいなけりゃ、まだ魔電気のない夜だったはずだって、ヴォリアーシャタウンから来た作業員が言ってたぜ!」
そうジャックが大声で誉めると、魔電気復旧作業を見ていなかった領民達も驚いて、口々にアレクシスに感謝の言葉を告げる。
アレクシスは小さく頷いただけで、ほぼ顔色を変えずに注がれた酒を飲んでいた。
すると、すでにほろ酔いの年配の領民の一人が、
「魔電気を直してくれた兄ちゃんにも感謝だが、俺はジャックにも感謝してるぜ!」
と言いながら、ジャックの杯に酒を注ぎに近寄ってきた。
他の者も、「そうだそうだ」とうなずきながら、
「あれだけの大嵐が来たのに、怪我人だけで、領内に死人が出なかったのも、早めに避難したり、係船指示を出したり、ジャックとトビーのおかげだよな!」
そして、酒の入ったコップを掲げながら、
「酒も旨いし、炊き出し料理も旨い! 新領主様、万歳!」
元漁師仲間から、「万歳!」と冷やかしのように誉められて、照れ臭くなったジャックは頭を掻きながら、
「いやぁ、トビーの野郎が必死に、皆に伝えて回れって言うから……」
と、トビーに手柄を譲った。そのトビーは
「俺はリゼットに言われたことを、伝えただけだ」
とボソッと言った。
黙って食事をしていたアレクシスは、その言葉にトビーの方を向いた。
小さな声でトビーが続ける。
「リゼットはタルールで『星の嵐』を経験してるんだ。だから、どう備えたらいいか、知ってることを聞いたんだ。……アイツが帰って来ていて助かった」
その言葉を聞いた者たちは、前領主の亡きロナルドを思い出した。
「ロナルドの忘れ形見だもんな。いい嬢ちゃんだよ。皆のために、ありがてぇ話だな」
と誰かが言い、まだ食事の配給場所で、甲斐甲斐しく働いているリゼットの方をみんなが眺めた。
「……美人だしな。新しい男もすぐ見つかるだろうよ」
「もういたりして……」
「トビーが嫁に貰えば、ちょうどいいんじゃないか?」
ニヒヒと下卑た笑いが起き、トビーは真っ赤な顔で「バカ! やめろ!」と言うが、その席から立ち上がった人物がいた。
……アレクシスだ。
「どういうことだ?」
威圧するような怒りのオーラを纏い、最初の発言者を睨んでいる。その場にいた者たちは、ハッと気が付いた。
──この美貌の青年のことを、ジャックは「殿下」と呼んでいなかったか? ひょっとして、彼は……。
彼の周辺だけ温度が下がっているようで、その場にいた者たちは震え上がった。もちろん、睨まれた者は、声を出すことが出来ない。
そのまま掴みかかりそうな勢いに、ジャックが割って入った。
「おい、やめろ! そいつが悪いんじゃない、リゼットは……」
アレクシスは、自分を止めたジャックを見た。
「……俺たち一家がグレーンフィーンを継ぐ前の話だ。グレーンフィーンを継がなきゃならないってんで、婿を取るために、殿下との婚約を破棄したんだ。お、おい! ちょっと待てよ!」
アレクシスは、ジャックの制止を聞かずに、配給のカウンターにいて仕事を続ける、リゼットのところに向かった。




