第114話 被災地
エアデーン王国は、古代エアデーン人の古代技術により守られていたはずだった。
だが、王国の南の外れにあるグレーンフィーン伯爵領は、「星の嵐」に襲われた。
朝を迎え、その被害の全容が徐々に明らかになっていった。
昨晩は満月、潮位が最も高くなる大潮とも重なり、岸壁が十数ミールに渡って崩壊し、海岸部の領民たちの家は高潮の被害にあった。
幸い殆どの領民が高台のカントリーハウスや親戚の家に避難していた為、無事ではあったが、海水に浸かった家の中の掃除に朝から追われていた。
カントリーハウスでは、ネリーの呼びかけで炊き出しを行うことになった。
避難してきた領民に、朝食に備蓄していた乾燥パンだけ配ったが、それだけでは味気なかったからだ。
男性陣が庭に急ごしらえで竈を作った。
被害の少なかった家々から野菜や魚介を持ちより、煮込んだだけの具だくさんなスープを作った。
炊き出しを求める領民は、昨夜ハウスに泊まった領民だけではなかった。
「カントリーハウスで無料で炊き出しをやっている」という噂が広がり、魔電気と水道が止まった領民たちが一斉に、列をなして押し掛けた。
最初はネリーの子育て仲間の主婦たちを中心とした炊き出し班だったが、その夫たちも加わり、食べ終わった者達も手伝いに回って、竈を増設して追加のスープを作り続けた。
ネリーはリゼットに、カウンターで給仕係を担当してもらった。
リゼットは、グレーンフィーンの由緒正しいお嬢様だ。領民達は、彼女が小さな頃からその成長を見守ってきた。彼女はいわば領民たちのアイドルだった。
彼女目当ての領民も少なからずいることを、ネリーは察しており、長く領地を離れていたリゼットにも、これを機会に交流を図ってもらおうとした。
そんな領民達は隙を見てリゼットに話しかけ、当の本人は、こぼしてはいけないと手元に集中しつつ、笑顔を見せるので精一杯だった。
リゼットは起きてこないアレクシスの分が無くならないか、そわそわしながら、
「熱いので気を付けてくださいね~」
と空になった鍋と交換したての熱々のスープを、カップに注いで、列に並んだ男性のトレイに載せた。
〈ああ〉
と思念通話で返されて、あやうくレードルを熱いスープの中に落としそうになった。
アレクシスが、しれっと他の領民と同じように、炊き出しの列に並んでいたのだ。
リゼットは手元に集中していて、全く気が付かなかった。
リゼットが驚いたのを見て、アレクシスはニヤっと笑うと、そのまま行ってしまった。……リゼットが昨晩、ちょっと怖いと思った髭は、すでに剃ってあった。
昨晩現れた時と同じく、夏なのに、体には踵までのコートを纏っていて、異様な雰囲気だ。
だがあれは、断熱コートで、冬の寒さにも夏の暑さにも耐えられる古代技術の産物だ。
それをジンシャーンで纏うことがなかったアレクシスが着ているということは、それが必要な程の低温地帯から、ここグレーンフィーン領まで来たということ……。
「お嬢様、まだ?」
「あ、す、すみません!」
アレクシスに見惚れていて、手元が疎かになっていたリゼットは、待っていた領民に詫びて、仕事に戻った。
手元に集中して作業を続け、次にリゼットが顔を上げて見回したときは、アレクシスの姿はもうなかった。
***
アレクシスは炊き出しの順番待ちの列に並び、給仕するリゼットの笑顔を見て、その元気そうな様子に安心した。
彼女とゆっくり話をしたいが、今は忙しそうだし、アレクシスにもやることがあった。
アレクシスは目ではリゼットを見て、脳内では衛星画像を写し出し、魔電気を領内に送り出す「中継局」が、どこにあるか探った。
エアデーン王国の各家庭の魔電気は、効率よく使えるよう、中継局で小分けに減衰させてから、目に見えない力で飛ばされる。そのため、グレーンフィーン領内の停魔電の原因は、中継局で発生した何らかの障害と見ていた。
一般領民に混じって食事を受け取ることで、リゼットを驚かすことに取り敢えず成功したアレクシスは、食事を終えると中継局に向かった。
中継局には、送魔電異常に気付いた保守作業員が、すでに数名到着しており、ジャックは領主として、その作業員達に詰め寄っていた。
「あんたらが原因って言ったから、俺たちは、ここらの倒木を取り除いたんだ。なのに、何で復旧しねぇんだ?」
「原因は他にないか調査中でして、安全を確認してからの送魔電になります。ですので、これには時間が……」
「え~! 何だよそれ!」
「原因が特定出来たとしても、その部品の取り寄せには時間がかかる場合もあって……」
そんな領民達と作業員達のやり取りを無視して、中継設備にスッと近づく青年がいた。
「あっ、勝手に触っては危険です!」
「おぅ、アレクシス殿下! もう体の方は大丈夫なんすか?」
ジャックが、作業員の制止を無視する青年に、そう声をかけると、作業員達は「アレクシス……殿下!?」と一斉に驚いた。
アレクシスは振り返らずに答えた。
「ああ、充分寝た。おい、安全装置が焼き切れてるが、交換部品は持っているか?」
「あっ、ハイ!」
アレクシスの左の指先は扉を開けた魔電気中継設備を外側から触れ、右の指先は空中でクラヴィアを弾いているかのように動かしている。
「こいつの中は防水で無事だったようだが、外側の絶縁体やアンテナ部分には、海からの塩の粒子が付着したはずだ。通魔電させる前によく洗浄して……。あと、この部分、中で断線してるな。一応、こことここにテスターを当てて導通確認してみてくれ」
「ハ、ハイッ! あの……このユニットの交換部品は今用意がなくて……」
「いや、しばらくなら魔電線の交換でいけるはずだ。この魔電線のスペックは……、ちょっと待て、今仕様書を見ている……」
アレクシスは作業員に矢継ぎ早に指示を出しながら、目は何処にも焦点が合っていない。そしてジャックには分からない用語が飛び交う。
アレクシスは王国内に戻ってきてからは、「星の塔」にある「神の石」に接続出来るハイラーレーンの力を使っていた。
ポケットの中にあるタルールで手に入れた「神の石」を使うより、見やすく簡単で、情報量も膨大だった。
遅れて作業の様子を見に来たトビーも、アレクシスと作業員のやり取りをしばらく見ていたが、
「父さん、ここはアイツに任せて、俺らは別なことをしようぜ……」
と父親の腕を取り、去ろうとした。
その後ろ姿にアレクシスは、焦点を合わさない目で声をかけた。
「ジャック、被害状況を夜までにまとめておいてくれ」
「えっ! 夜までに?」
ジャックが口を尖らしながらそう言うと、アレクシスは少し俯いて、二人に思念通話で伝えてきた。
〈『星の嵐』が来た原因は王家にある。国王オリヴァールにも、……俺にもある。責任は取る。この後、被災支援金を出すよう交渉する〉
王国の保護から外れ、「星の嵐」が来た原因は王家にあると、他の領民に伝わらないよう思念で告げられて、ジャックとトビーは、そろって息を呑んだ。
親子の戸惑いを他所に、アレクシスは魔電気の復旧作業に戻っていた。
それから間もなく、ジャックとトビーが手分けして被害状況を確認している最中に、魔電気は復旧した。
アレクシス殿下がいなければ、原因究明から復旧まで二、三日はかかっていたはずだと作業員たちは驚き、感謝していた。
***
炊き出し班は昼食の配布が終わると、自分達も遅い昼食をとった。そして、夕方に再び押し寄せるであろう配給の列に備えて、夕食の仕度に取りかかろうとした時、
「魔電気が復旧したぞ!」
と、屋敷内にいたジョンが、大声で叫ぶ声が聞こえた。皆、この報に、抱き合って喜んだ。
水道も最初は濁った水が出たが、無事に復旧した。これで夕食の支度がかなり捗り、楽になるはずだ。
リゼットは直感で、アレクシスが魔電気の復旧を手伝って、直してくれたような気がしていた。




