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越えるべき壁

 

 担当を任された防衛線よりも更に奥にまで踏み込んだパーティー達がいた。


 彼等はランクが示す実力以上の戦果を既に挙げており、今尚リュードに迫る魔物を駆逐する勢いで狩り続けていた。


 以前魔力は十分、レベルアップによるステータスの強化により魔物を倒すペースは衰えるどころかより余裕があるようですらある。


 だがそれでもレベルアップでは体力迄は回復しない。そして戦闘でダメージを負うのは体だけではないのだ。



「ハァッ! これで20体目だ」


 ラインが3メートルを超える巨体を持つレッドオーガを正面から斬り伏せる。ラインが剣を振るう度にレッドオーガの分厚い腕が、筋肉の鎧が呆気なく斬り裂かれて行くのだ。


「シィッ! こっちは23体目ですよ、ライン」


 ミスマルの戦闘はスピードと切れ味が特徴でこのクラスになると正面からでは無く死角を突いた接近により一撃で息の根を立つ暗殺紛いの戦闘方式になっていた。


 2人共にステータスの恩身により爆発的に魔物を狩る事が出来、レベルもまた急激に成長していた。だがそれ故に不測の事態にも陥っていた。


「不味いな、俺の武器はもう限界だ。これ以上は危険だ。一旦防衛線まで後退するぞ」


「ええ、私のナイフも限界のようです。まさかダンジョンで見るのとは比較にならない位の魔物の群れがこれ程出るとは。準備はしていましたが全て使い物になりませんね。今よりも上等な物を見つけなくてはいけないようですね」



 ラインもミスマルも膨大な数の魔物達を斬り伏せた事で武器の耐久性が限界まで消耗していたのだ。確かに能力面では以前とは比べ物にならない位強くなったが技術そのものが格段に向上した訳ではなく、武器の消耗を抑える高い技術がある訳では無かったのだ。



 結果、これ以上の戦闘は危険だと判断して魔物の波が落ち着いたこの状況で防衛線まで後退する事になった。



「良し、一旦引くぞ。おい! あんた達はどうする!」



 ラインは自分達の後ろを付いて来た冒険者達に声を掛けた。ナーガやウルフの上位種を危なげなく仕留めていた所を見ると彼等も自分達とそう変わらない実力の持ち主なのだろう。だが自分達が戦線を引けば彼等でも危険だ。


「わかった、こっちも一緒に後退する。これ以上の連戦は流石にきついからな」


「ナイス判断だリーダー。正直死にそうだったぜ」


「ですねー。ドロップを拾う間もないですもん」


 彼等も連戦の疲れが出ているようだ。引く事に賛成のようだった。



「では最終防衛線まで後退するぞ!」


「「「了解!」」」



「お、おいっ! あれは!?」


「ライン!」




 ラインが声を張り上げ後退を指示した時それは現れた。


 それは長身痩躯の紫色の肌をした男性だった。


 それは見るからに激怒していた。


 一体何を怒っているのか。その手に握られているのはオーガの首。それを感情のままに握り潰す。


「フハ、ハハ、ハハハーハッハ!」


 それは嗤った。


 怒りと喜びを内包した叫びのように、やっと待ち焦がれた恋人に出逢えた様に。


 その声はそんな怒りと喜びに満ちていたのだ。



「な、なんだこいつは!?」


「落ち着け! こいつが例の魔人族だ!」


 ラインの目の前に立つのは異様な雰囲気を持つ魔人族だった。


 ロックス。


 それが魔人族の名だ。



 そして、復讐者の名だ。



「さあ、殺してやる!!」












「これは、逃げるのは無理、ですかね」


 この戦場で初めて苦い顔をしたミスマルがラインに問う。


「無理だな」


 一言、ラインは呟く。


 ラインの言葉は的確だった。ロックスには人族を逃す気は更々無く、そしてそれが出来る実力があった。


「化物みてぇに強いあんたらでも駄目か?」


 巨大なバスターソードを担いだリーダーと呼ばれていた大柄の男がラインに問いかける。


「ああ、あれは明らかに俺達より格上だ。逃げる事も出来そうにないようだな。なら殺るしかないだろう」


「私達が束になればあるいは、と言った所でしょうか。ふふ、これは覚悟を決めるしかありませんね」



 相手は格上の魔人族。人間サイズでありながらオーガの頭を豆腐の様に容易く握り潰す程の怪力はその驚異的な身体能力(ステータス)の現れだ。



 絶対的な窮地にも関わらずミスマルは愉しげに笑いラインも知らずの内に口元がつり上がっていた。



 そう、ラインとミスマルは待っていたのだ。強敵との出会いを。


 体力は連戦に次ぐ連戦で削がれ、武器も既にいつ壊れてもおかしくない位に限界が近い。正しく絶体絶命の状況。



 だからこそこれを乗り越えられたら、強くなれる!



 彼等には目の前に立つ魔人族の事情など知った事ではない。


 ましてや大虐殺の計画を企てる様な輩だ、ここで取り逃せば更なる災厄を招くのは目に見えている。


 ならばやる事は決まっていた。



「俺はラインだ、こっちはミスマル。あんたの名前は?」


「俺はギガントソードのリーダー、モレガンだ」


「フルティカのリーダー、カスタードです。見たところあれに対抗出来そうになのは俺達だけの様ですね」


 ラインは頷く。


 絶対的な強者相手に有象無象が群がった所で相手にならないだろう。



「正面は俺とモレガンが行く。ミスマルとカスタードは隙を見逃すな。行くぞ!」


「わかりました」


「おう!」


「わかった!」



 ロックスに正面から突撃を仕掛けるラインとモレガン。


 特にラインと違いモレガンは完全なパワータイプで敵を正面から討ち取るスタンスな為正面からの突撃でしか役に立たないのだ。


 しかし今回はそれが生きた。


「オラァッ、くらえやッ!」


「フンッ、ゴミがッ!」


 力強いモレガンの一撃を容易く迎撃して切り捨てようとするロックス。


 だがそれはラインによって阻まれる。


「させん!」


 ガキィン!


 ロックスの攻撃を何とか受け流しラインとモレガンが正面から斬り結ぶ。状況は互角に見えた。だが格上との息をもつかぬ緊張感の中2人の体力は見る見る削れていく。


 その流れを変え勝機を引き込むべくミスマルとカスタードは互いに目配せし回り込み背後から避けられぬ攻撃を加える。


 ミスマルは極限の緊張状態にありながらも仲間であるライン。モレガン、カスタード、そして魔人族ロックスを冷静に分析していた。


 ラインとモレガンは剣技に掛けて秀でた物を持っている。ラインは流麗、モレガンは豪快といったスタイルはあるがどちらも並ではない。カスタードも剣士でありながらも俊敏な動きで魔人族の背後を取った。彼も一流と言って良い実力者だ。



 そして魔人族であるロックス。



 紛う事なき化物。



「このムシケラがぁッ!」


 背後からのカスタードの一撃を予測していたのか見事に躱し反撃に出た。


 魔人族の高い身体能力は凄まじく彼等と斬り結びながらも未だ余裕を感じさせる。



 だが、雑だ!



 まるで子供が癇癪を起こしたかの様に一見乱暴に振り回されるそれは確かな技術、修練の末に身に付けた物だろう。だがそれは余りにも感情的で読み易い物だった。


 少なくとも彼等が一対一の状況ならば為すすべなく敗れていただろう実力もチームを組む事で僅かな時間拮抗するに至った。


 だがいくら格上とは言え、冷静さを失っている相手ならばそれはミスマルにとってこの上ない狩りやすい獲物であった。


「気配遮断」のスキルによって隠密能力は跳ね上がる。ミスマルはひたすらにこのスキルを使い続けていたのだ、並みの暗殺者程度では気づくこともなく暗殺されるだろう。


 そして「ピンポイント」のスキルによって急所を狙い打つ!



 キィーンッ!



「・・・ッ!」



 気配を遮断し極力音も立てずに瞬速での不意打ち。それをロックスはミスマルを見もせずに、まるで条件反射の様に剣で弾いたのだ。


 堪らず距離を取るミスマル。



「ふん。流石ゴミ共の群れだ。不意打ちはお手の物とみえる。だが幾ら狡賢く小細工を練ろうとこの私には効かない」


 どうやらロックスは少し興奮から冷めて冷静になってきた様子だった。



 そんなロックスをライン達が距離を置いて取り囲む。だが此方は魔物の大群と渡り合った上での格上との戦闘で僅かな時間でありながら既に疲労困憊状態だった。幾らレベルが上がろうと体力自体は回復しない為限界が近かった。状況は絶望的と言えるだろう。



「確かにお前は強い。俺達が束になってようやく対等だ。だがそれでこそ戦い甲斐があるってものだ」


 だからこそラインは吠えた。自分を鼓舞する為だけじゃない。ラインはかつて敵わないと感じた格上の相手と戦い何も出来ずに敗れた。格上相手に勝利する事の難しさなら身を持って知っている。そして今回の相手は強いが()()()程じゃない。正直()と比べれば遥かに格下だと断言出来る。


 ならばそれを越えようとする自分が敗れるなど有ってはならない!



 自然とラインの口に笑みが溢れる。


 そんなラインにつられてかミスマル達も口の端がつり上がっていた。


 彼等もまた、今尚限界を超えて成長しているのだ。魔物達の様な野性溢れる戦闘は闘争という本能を呼び覚ましていたが何処か単調であった。だが魔人族、ロックスとの戦闘は本能だけでなく今迄鍛え上げてきた技の技量と不屈の闘志が研ぎ澄まされ、強く滾ってくるのだ。


 誰もが感じている。一瞬の内に全滅する可能性だってある強者。


 だが。



 勝てない敵じゃない!!




「フン。吠えるなよぉ、ゴミ共がぁ!」



 ロックスは自らの魔剣オルクスを地面に突き刺しその力を解放した。



 魔剣オルクスが青く光る。



 魔剣オルクスの特性は地形操作。使用者の能力によって範囲は変わるが彼我30メートル圏内はロックスの支配空間であった。



「なにっ!」



 地面の土を使い人の手が生えてライン達を拘束しようと次から次へと生えてくる。ライン達はそれを迎撃しながらロックスとの距離を取るしかない。


「どうした? 逃げるだけか。まぁゴミ共にしては良くやった方か。ならそろそろ始末させて貰おうか。余り時間を掛けては遊んでは姫様に煩く言われてしまうからな」



 土の手が。



 その土の指が鋭い刃に変わる。



 縦横無尽にかける刃の波を受け切る事は不可能。躱す事さえ今のライン達では無理だろう。


 故に、決断する。



 彼等は瞬時にラインの元に集まった。


 正面に見据えるのはロックス唯一人。



「行くぞぉォォォォオォォォッ!!!」


「「「オォォォォオォォォッ!!!」」」


 正面にモレガン。左右にミスマルとカスタード。中央にライン。


 自決覚悟の特攻だった。



 諦めたのではない。それしか方法が無かっただけだ。



 迫り来る刃をモレガンが押し通る。


 ミスマルが捌き、カスタードが流す。


 だが怒涛の突撃はロックスとを隔てる土の壁によって阻まれた。


 勢いの止まったライン達に壁が変形し一瞬にして指の刃が形成される。


「ぐあっ」


「がぁっ」


 隙をついた攻撃。避けるのは無理だと判断したモレガンとカスタードがラインとミスマルを庇いその身で受け止める。



「ガァッ!!!」



 瀕死のモレガンが最後の気力を振り絞り土の刃の手首、根元に当たる部分を切り飛ばした。


 地面からの接触を絶たれた土の刃は見事に土に還っていく。



 そしてラインは眼前にロックスを捉えた。



「なっ!無駄な事を!」



「否ッ! 無駄では!」


 ラインが上段に構えた剣を振り下ろす!


「無い!」


 ミスマルが二刀のナイフを突き穿つ!



 ロックスの失敗は一時的とはいえ壁を作り出した事。それによって目を離してしまった。土の刃が、死力を尽くしたモレガンが壁になり死角を突かれた。



「ぐおぉっ!」



 ラインの一撃は魔剣オルクスによって防がれた。



 だが、ミスマルの心臓への一撃は防げなかった。



「ぐぅぅ、馬鹿な。こんなゴミ共に私が! 私が! ここで死ぬのか!? まだ何も始まっていないと言うのにっ!」



 血反吐を吐きロックスは貫かれた心臓を押さえながら喚き散らす。



「に、人間共っ! 忘れるな! お前たちが虐殺してきた報いを! あの方が! あの方が貴様らに絶望を持って教えて下さるだろうっ!」




 怨嗟の声を上げながらロックスの復讐は幕を閉じた。





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