ロックス
「彼女達らまた来るのかしら? それとも怯えて街から逃げ出してるのかしら?」
ふふふっ
笑みを浮かべるのは絶世の美女と呼ばれる程美しい女性だった。そしてその笑みは彼女を見事に足止めした少女を向いていた。
「それにしても見事だったわ。まさかあの程度の年齢であれ程強大な魔法が扱えるなんて。もし勇者まで揃っていたなら私が殺されてたかも知れないわね」
アシュタルツ・アシュタルツ。彼女は強大な魔力と身体能力を持つ魔人族に於いて更に高い能力を持って生まれた。その彼女が感じているのだ「あれは強い」、と。
アシュレイ以外の魔人族では恐らく防ぎ切れなかっただろう火の牢獄、あれは食らってはいけないと瞬時に判断し高速で後退し威力を殺しマジックシールドを張る事でなんとか防げた。とんでもない威力ではあったが連続して撃てるなら撤退はしないだろう。一発限りの奥の手であれば警戒はしても脅威と迄は見なさない。それにこちらもまだまだ手はあるのだから。
「グルルルゥッ」
「ふふふ、待ちなさい。あなたの出番も直ぐに来ますから」
カツンッ カツンッ!
アシュレイの前に1人の魔人族が姿を見せた。
「アシュレイ様、そろそろ魔物を放った方がよろしいかと。リュードの街の人族共は守りを固めて明日にはこちらに攻め入って来るでしょう」
魔人族の男がアシュレイの前に跪き進言する。年は30手前のころだろうか、長身痩躯の男だが魔人族は魔力も身体能力も高く万能だ。この男も例にもれず見た目に反した力を持っているようだ。
そしてこの男はリュードの街を監視していた様だった。その目は冷静そうな表情に似合わずイラつきが混じっていた。それが人族に向けられているのはアシュレイもわかっている。だからそれについては何も言わないのだ。
「そうね、分かったわ。やりなさい、アースドラゴン」
「グルルルッ、ガアァァァァァァァッ!!!」
アシュレイの側に佇む魔物、アースドラゴンが咆哮を上げる。
魔物達は恐慌状態となり慌てて逃げ出した。
それは3階層から順に2階層、1階層と数を増やして地上に吐き出される。
人為的なスタンピードだった。
それも魔物の頂点に君臨するドラゴン族がいての事。潜在的な恐怖が魔物達を逃走に駆り立てたのだ。
「ふふ、あの街はこれでお終いね」
「はい、アシュレイ様」
魔人族の男が笑う。それは狂気を含んだ笑みだった。
「シャラント王国は例えこれが我等魔人族の手によって起こった事だとしてもグレンダ帝国を責め立てる理由を手に出来ます。我等と戦争をしている以上グレンダ帝国もそう簡単にシャラント王国との戦端を開く真似はしないでしょうが疲弊させる事は間違いありません」
「そうね、小国を吸収し続けて力を付けているグレンダ帝国からすれば力を持つシャラント王国は邪魔者でしかないわ。シャラント王国からしてもグレンダ帝国は邪魔でしょうしね」
「ええ、グレンダ帝国がシャラント王国を狙うようにシャラント王国もまたグレンダ帝国を狙っております。隙が出来れば直様噛み付く事は自明の理。大国同士が潰しあってくれれば我等もまた攻めやすくなります故」
「マリス聖王国はどうかしら。聖女を有するカトリア教会の勢力は無視出来ないでしょう?」
「はい、ですがあの国のトップである教皇は愚物ゆえ確実な勝算が無ければ保身に廻るでしょう。聖女も教皇は無視出来ない為直ぐに衝突する事はない筈です」
「それはつまり帝国と王国が手を組んだ場合はマリス聖王国も一緒になって攻めてくるって訳ね。いいんじゃない?」
「よくはありません。とは言え、例え奴等が連合を組もうとも勇者なき人族では魔王は倒せません。魔王領の魔物は魔王の意のまま、無限に湧き続ける魔物の群れを相手にするなど我ら魔人族でも不可能なのですから」
「ふふ、それは残念だけどそれでも人族の疲弊は免れないわ。予定通りに人族。帝国が攻め込むならその隙を突かせて貰うだけよ」
アシュレイの目的はリュードの街の破壊では無い。短絡的に見れば今回の騒動によってリュードの街は滅びるだろうがそれによって起こるグレンダ帝国とシャラント王国の衝突こそが狙いなのだ。
今回の首謀者は魔人族だと知れ渡っている。当然アシュレイはわざと彼女達を逃した。シャラント王国の街を滅ぼしたのが魔人族だと分かるように。
グレンダ帝国と戦争をしている魔人族がシャラント王国に手を出す。それも自分達からは絶対に仕掛けない筈の魔人族が、だ。
シャラント王国はこう思う筈だ。「帝国が余計な事をするからこちらに飛び火したのだ」と。
まず間違い無くシャラント王国が怒りを向ける矛先は単純にグレンダ帝国になる。だがシャラント王国が煮え繰り返った腹わたを治めても魔人族憎しでグレンダ帝国と共闘して魔人族を攻める可能性もある。
アシュレイは「それでもいい」。いやどちらでも構わないのだ。彼女の中に魔人族の国に未練などない。あるのは人族を恨む気持ちのみ。只々奴等を滅ぼしたくて仕方ないのだ。どちらにしろ荒れるのは間違いない。
そうなればより隙は出来る。国が揺れれば崩し易くもなる。
「ロックス、貴方は街の人間共を殺りなさい。皆殺しは駄目よ、ちゃんとこの狂気を伝える者は残しておきなさい」
「畏まりました、アシュレイ様」
「それと冒険者にも注意は必要よ。大抵は雑魚でしょうけど厄介なのがいるわ。単純な強さなら貴方が負ける筈も無いのだけど」
「存じております。ですがお任せを。私が全てを葬って見せましょう、我が友の為にも」
「そうね、愚問だったわ。行きなさいロックス」
「ハッ!」
魔人族のロックスは恨んでいる。その憎しみ魔人族の中でもなお強い。何故なら彼の友である戦友は彼の目の前で殺されたのだから。魔人族より弱い人族。そんな矮小な存在が魔人族を殺し遂には魔王まで殺して見せた。
無様にも彼は友どころか魔王すら守る事が出来ずに先の戦争で生き残った。その後魔王は代替わりし勇者は忽然と姿を消した。
それはこの世界ではいつもの事、日常でしかないのかも知れない。
だがロックスは憎しみを忘れない。あの日ロックスから全てを奪った濁った目をした人族の姿を。




