ゴブリンの王
「ちっ、また使い物にならなくなったじゃねぇか」
その魔物は苛立っていた。
顔面は醜くけれども体躯は引き締まった筋肉が付いた大男。手に持っているのは人間の女だったモノ、既に生き絶えていた。
「くそっ! お前らさっさとメスを用意しろクズ共が!」
怒鳴る魔物に反応したのは目の前にいるそれよりも大きな体躯を持つ魔物、オーガではなくホブゴブリンだった。
ホブゴブリンはその魔物よりも大きな筋肉が付いている印象をうける。見た目で言えばその魔物より強そうであった。
だが実際にこの場を支配するのはその魔物。
ゴブリンキング。
それも人の言葉を理解し話す、変異種であった。
その危険度は1段階、いや2段階上がっているかも知れない。それ程までの力をこの魔物は持ち合わせていた。ならばSランク。Sランクの冒険者パーティー以上で無ければ討伐不可能な化け物である。
そしてSランク冒険者など王国には王都に1組だけしかいないのだ。必然、リュードの街では対処の仕方がなかった。
「あー苛々するぜ」
そう言ってゴブリンキングは目の前のオーガを見る。
自分に楯突いて来て返り討ちに遭い、食うのではなく部下にしたオーガ達。
知能が回るようになったゴブリンキングは餌にするよりも自分の手として使った方が価値がある事を理解していた。自分には及ばない迄もかなりの強さを持つオーガを使い村に仕掛けてゴブリン共がメスを捕らえて来る。作戦は完璧だった。
結果見事に人間の集落に住んでいるメス達を苗床に出来たのだ。だが問題が起きた。
ゴブリンキングが扱うのに人間のメスでは柔過ぎたのだ。これでは一度の使い切りだった。ならまた集めればいい。直ぐにその思考に入りホブゴブリンに指示を出した。
だがゴブリンキングは知っていた。
世界には魔人族や獣人族と呼ばれる生き物がいる事に。
沢山の人間を喰らい犯し、進化と同時に喰らった生物の知識の少しを得た。言葉が喋れるのもその影響の一つであった。
魔物が人間の知性を得る。それの何と恐ろしい事か。
「そうだ、暴れてやる。付いて来いウスノロ共。お前達にも肉を食わせてやる」
「「「ヴォォ!」」」
魔物は散々犯した人間の女だったモノを口にしながらオーガ達を連れて洞穴を出て行く。
かつてない脅威がリュード領の街周辺に迫っていた。
クーリカ達はゴブリンを狩りながら進んでいた。ココの収納袋の中にはドロップしたの小さな魔石が大量に入っている。
そんなココが突然立ち止まる。
「ゴブリンの匂いが強くなった。強いのがいるにゃん」
それを聞いたクーリカも直ぐに指示を出す。
「規模は」
「数十規模? ザコが沢山にゃん!」
「・・・けど強いのも・・・ホブゴブリン?」
ココとリズの報告から難易度を想定、ホブゴブリン程度なら問題無い。Cランククラスなら不覚は取らない。流石にリョウ達には各自で自衛して貰う事になるが。
「なら奇襲を仕掛ける。あんた達の手は借りない、こんな事は冒険者ならよくある事だからね。ただ守るのは難しいだろうから自衛は任せるよ」
「いいだろう。フィア、わかったな」
「はい、旦那様」
フィアに合わせてメイド娘全員がお辞儀する。どれ程危険な場所に居ようとメイドは清楚、優雅さ、上品さを忘れないのだ。
「それじゃあ行くよ。ゴブリン程度が何十来ようが相手じゃない、やってやろうじゃないかさ」
「任せろクーリカ」
「ええ、刈り取ってあげましょう」
「狩るにゃん狩るにゃん!」
「(こくこく)」
ふぁさふぁさと尻尾を揺らしてやる気を見せる獣娘達がゴブリンの集団に突っ込んで行った。
「にゃんっ!」
「(・・・てい)」
「! ギャアギャアッ!」
一番最初に切り込んだのはココとリズだ。
気配遮断スキルにより接近し一撃でゴブリンを倒していく。瞬く間に瞬殺して数を減らして行くがそれでも多い。想定以上の数のゴブリンが居たようだ。
「おらあ! ぶっ飛べ!」
「死なさない!」
フィオナはバスターソードを両手で持ち軽く振った。それだけでゴブリン3匹の上下が別れる事になった。全力で振るには脆弱過ぎる。フィオナの膂力なら片手剣としても運用可能で動きを制限せずに全力で扱っても壊れない耐久性は特注なだけはある。
フローラはロングソードでゴブリンの首や心臓等の急所を狙い一撃で流れるように倒していく。
その姿はどちらも一流と呼べる実力者だった。
見ればココとリズは短剣使い、クーリカは片手剣でゴブリンを圧倒していた。
なかなかいい動きだな。チームワークも良い。個人の能力が良く分かっている。
それをリョウは偉そうに評価をつけながら観察していた。
メイド娘は突出したブルーフォレストの後方でひと塊りになり目立たないようにしていた。当然スキルは使わない。
そもそもメイド娘が戦えば全てが瞬殺で終わってしまう。スキルなど使おうものならそのレベルの高さにブルーフォレストの面々にも警戒させてしまうだろう故の配慮からだ。
「ギャアー!」
一際大きな声が上がった。
何十匹とゴブリンを狩り続けると集団のボスであるホブゴブリンが前に出てきたのだ。
「来たぞ目当ての奴が」
「オーガじゃなかったかしら」
「二人共油断しないようにね」
「にゃん!」
「(こくこく)」
言葉を交わしてゴブリンの波を切り抜けて行く。目標はホブゴブリン。奴を倒せば後は殲滅戦だ。ゴブリン程度が何体居ようと相手ではない。
「おらあ!」
「はあ!」
「ギャー!」
正面からフィオナとフローラが斬りかかる。その二刀をホブゴブリンは手に持つゴブリンソードの一刀で押し返した。
「っ! なに!」
「!」
「ギャッギャッ!」
二人は驚く。舐めてかかった訳ではない。彼女達も一流の冒険者、常に全力で事に当たっている。それは必要な相手に必要な力で当たるという意味だ。だがこのホブゴブリンはこちらの想定以上の力を持っているみたいだった。
「なら本気で叩き斬ってやろうじゃねぇか!」
「行くわよフィオナ!」
「おう!」
再び斬りかかろうとしたフィオナ達だがその時予期せぬ異変が起こった。
いや、こいつらを探しに来たんだが。
それは。
「「「ヴォォォォォーーー!!!」」」
ビリビリビリッ!!!
雄叫びによって吹き飛ばされたフィオナ達が直ぐに一箇所に集まる。そこで見たのは。
「ハハハッ!ハーハッハッハっ!!!」
オーガの前に達笑い声をあげる大男。人間のように見える。
だがそれの醜い顔を見れば何なのかは一目瞭然だった。何よりその威圧感が他の魔物との違いを明確にしている。
「なんだなんだ、そっちからやって来たじゃねぇか。そうだよ、俺が欲しいと思えば向こうから勝手にやって来るんだよ! そう出来てるんだ! ハーハッハッハッ!!」
ゴブリンキング。ゴブリン達の王がそこに居た。
「喋ってる?」
オーガから放たれた雄叫びによる衝撃波から回復したフローラが疑問を抱く。
魔物が人の言葉を話すなど聞いた事がない。
「落ち着いて。上位の魔物なら人の言葉が分かる種族もいる。ドラゴンのようにね」
「ゴブリンとドラゴンじゃ天と地の差があるってクーリカ。だけどあれが本当にゴブリンかよ」
クーリカの言葉を即座に否定するフィオナ。確かに比べる対象としては天と地の開きがある。だがクーリカがそう感じたように、フィオナが目の前の魔物をゴブリンと思えないのは事実。
何故なら、目の前の魔物はゴブリンとは明らかに一線を画す存在感を放っていたからだ。
これがゴブリンキング!?
あれと戦えば助からない。瞬時にそう悟るがこの状況で逃げ出す事など不可能だろう。少なくとも誰かが囮にならなければ全滅は確定だ。
なら最善を尽くすだけ。クーリカはリーダーとして即座に判断した。
「あたしが奴の注意を引く。悪いけどフローラとフィオナは付き合って。ココ、リズ。あんた達はメイド達を連れて街まで送ってやんな」
「「了解!」」
「「!!!」」
クーリカの指示に両極端な反応を示す。だが悩む時間など既に残されていない。
「ギャハハ、さぁ俺のメス共、楽しませて貰おうか!」
醜い顔からは涎を垂らしながら長い舌で舌舐めずりをしていて嫌悪感が凄い。
獣娘達の尻尾も直立して危機察知信号が全力で流れている。
それでも、動くしか無い!
「行くよ!」
「おう!」
「はい!」
「にゃん!」
「(こくこく!)」
やるしかない!
クーリカが全力でゴブリンキングに突撃、脇目も振らずオーガも気にしない。
当然無視されたオーガやホブゴブリンは黙っていない。振り下ろされるオーガの拳とホブゴブリンの剣はフィオナとフローラが止める!
「おらぁ! 邪魔すんな!」
「消え去りなさい!」
殺った!
今度は遠慮無しの全力の一撃。殺った筈だった。
だが。
「ギャアーー!!!」
「ヴォォーー!!!」
その一撃は倒すまでに至らない。
オーガは片腕を犠牲にしてホブゴブリンは剣と片腕を、ダメージは与えたが反撃の余力を残してしまった。
「くっそ!」
「強い!」
普段ならば倒せる相手に手間取りフィオナは舌打ちしながらも追撃を加える。
片腕となったホブゴブリンだが周りにはまだゴブリンキングが引き連れて来たオーガがいる。フィオナがホブゴブリンの首を断ち切る頃にはオーガに囲まれていた。
これではクーリカの援護も出来ない。
「ちっ!」
フローラは、と見渡すとそこにはフィオナ同様オーガに囲われて防戦一方の姿があった。
このままでは不味い!
ホブゴブリンに続きオーガを1体倒した所でそれは聞こえて来た。
「くっ! 殺せ!」
「ハハハハハッ。喜べ!これでお前は俺のメスだ!」
そこには武器を失い片手でクーリカの両腕を持ち上げたゴブリンキングの姿があった。
「なっ!? クーリカぁっ!」
ダイールの森にフィオナの悲鳴が鳴り響いた。




