-125-
西行は前を向いたまま、堀河の老いた肩を抱き寄せた。
堀河はそっと西行の方へ身を寄せて呟いた。
「人は死んだら、どこへ行くのであろうか。わたくしも、まもなくこの世を去るだろうけれど、そうしたらあの男の魂と同じようにこの世のどこかに留まるのだろうか。それとも、あの男と二人して、どこか遠い彼岸の彼方にでも旅をしていくのだろうか。極楽というところは、蓮の花が咲き乱れ、大勢の御仏が優しく迎えてくださる、それは美しいところじゃそうな」
「地獄、というところも、あるそうですよ」
西行は悪戯っぽく笑って囁いた。
堀河もつられて笑いながら西行の胸を小突く真似をすると、西行は今度は真顔になって言った。
「堀河様を地獄へなどと、私がおさせしませぬよ。私はこれでも、真言密教の根本道場たる高野山で長年厳しい修行を積んだ、高徳の僧侶ですからな。私の加持祈祷の験力で、きっとお望み通りの美しい極楽浄土へお導きいたしましょう」
変に胸を張って真面目な顔でそういう西行に、堀河は半ば噴き出しながら、ふと歌を思いついて口ずさんだ。
この世にてかたらひおかむほととぎす死出の山路のしるべともなれ
(わたくしが生きているうちに頼んでおこう。わたくしが死んであの世へ行く時、死出の山路にかかったら、死人を導く「死出の田長」という別名を持つほととぎすのように、わたくしの道案内をしておくれ)
西行はにっこりと笑って歌を返した。
ほととぎすなくなくこそは語らはめ死出の山路に君しかからば
(ほととぎすは泣きながら御約束いたしましょう。あなたが死出の山路にかかったならば、きっと道案内をすることを)
<了>
(和歌出典、及び参考)
*『女人和歌大系』第一巻(長澤美津編、風間書房、一九七三年)
秋は霧霧すぎぬれば雪降りてはるるまもなき深山辺の里/前斎院六条(待賢門院堀河)
長からむ心もしらず黒髪の乱れてけさはものをこそ思へ/前斎院六条(待賢門院堀河)
忘れにし人は名残もみえねども面影のみぞ立ちも離れぬ/前斎院六条(待賢門院堀河)
露繁きのべに傚ひてきりぎりす我が手枕の下になくなり/前斎院六条(待賢門院堀河)
*『千載和歌集』巻第十五(久保田淳校注、岩波書店、一九八六年)
今はただおさふる袖も朽ちはてて心のままに落つる涙か/藤原季通
*『西行山家集全注解』(渡部保著、風間書房、一九八四年)
尋ぬとも風のつてにもきかじかし花と散りにし君が行方を/西行
吹く風の行方しらするものならば花とちるにもおくれざらまし/待賢門院堀河
この世にてかたらひおかむほととぎす死出の山路のしるべともなれ/待賢門院堀河
ほととぎすなくなくこそは語らはめ死出の山路に君しかからば/西行
*『撰集抄』第十五「西行於高野奥造人事」(西尾光一校注、岩波書店、一九七八年)




