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堀河は文の束をめくっていた手を止めて、その顔を思い浮かべるように目を閉じた。
西行はそんな堀河を見つめながら、ふと首を傾げて言った。
「それにしても、あの時鴨院へ押し入って来た者たちは、結局誰だったのでしょうな。もちろん、私は平氏の仕業だと思っておりますが」
西行がこう言うのも、鴨院襲撃の後その咎で罰せられたのは、正盛本人でも息子の忠盛でもなく、源光信という人物だったからだ。
忠実は無論、襲撃後すぐに、平氏の仕業ではないかと鳥羽院へ訴え出た。
鳥羽院も当然そう思っていたらしい。
ところが、尋問された忠盛ははっきりと事件との関わりを否定し、疑うなら自分が犯人を捕らえて見せましょうとまで言ったのである。
鮮やかに鴨院から引いていった武者たちは、その身元を示すような証拠を何も残していなかった。
それに、忠盛自身もその夜は六波羅の館にいたと、郎党の者が証言している。
もっとも、身内の者の証言など当てにはならないが。
とにかく、忠実の怒りに反して平氏を犯人とする証拠は挙がらず、今度は思わぬところに嫌疑がかかるようになった。
それが、源光信だったのである。
確かに、光信の美濃源氏は領地を巡って河内源氏と以前から激しく対立している。
その上、二人の義親が互いに合戦に及んで大混乱に陥った四条大宮は、何とこの光信の屋敷の門前だった。
自分の目の前で合戦などおこされ、それをおさめることすらできなかった光信は、武士としての面目を失っている。
だが、摂関家の邸宅に押し入るなどという常識はずれの狼藉を、光信が強行するだけの理由となるだろうか。
当然光信は必死になって否定したが、結局彼は捕らえられ土佐に流罪となってしまったのである。
堀河は昔の記憶を辿るように首を振りながら、ようやく答えた。
「誰が鴨院を襲ったのかは、わたくしにもわからぬ。わたくしはあの夜、武者たちを率いていた者の顔を見た。だが、兜に半ば隠されておっての。誰だとまでは、しかとわからなかった」
そして、傍らの厨子の中に安置されている小さな仏像を見やりながら言った。
「それに、誰がやったかなどということは、もうわたくしにはどうでもよかった。あの夜、あの男がこの世から消え失せて以来、わたくしにはもうこの世のことへの執着などなくなってしまったような気がする。それからのわたくしにあるのは、ただ、思い出だけ」
そう言うと、堀河は厨子に向って手を合わせ、小さな声で念仏を唱え始めた。
堀河は獅子王を失った後、一人で局に篭り、よくこうして回向するようになった。
ただ一つ残された形見である獅子王の鬼切部の太刀は、法金剛院に納めて供養してもらっている。
西行は堀河の老いてすっかり小さくなった背を見つめていたが、やがてぽつりと呟いた。
「死んだ人を甦らせたいと思ったことはございませぬか。あの、秘術を使って……」




