第六話 セシリアの聖女の力
「あっ……ああっ……!」
もはや、声にならない声を漏らしながら、レオン様の元に行く。
こんなに血まみれで……私がもっと早く結界を張れていたら、こんな危険な目に遭わせずに済んだのに……!
「セシリア、触るな。汚れる」
「私の手なんてどうでもいいです! あなたの方が心配です!!」
「落ち着け。俺はかすり傷一つない」
「で、でも……そんなに血だらけで……!!」
「これは、魔物の返り血だ」
「……返り血……? それじゃあ、レオン様は……無事?」
「ああ」
「……そ、そっか……よかったぁ……」
レオン様は無事。その事実は、私の膝から一気に力を抜かせ、へなへなと座り込ませた。
「すまない。心配をかけたな」
「いいんです。私が勝手に盛り上がってただけですから。あの、そちらの人達は大丈夫なのですか?」
「心配ねーよ。ワシの薬を飲ませて、三日程度転がしときゃ、良くなってんだろ」
ユリウス様は、昨日と同じ様に、王族とは思えないような適当な感じだ。
でも、今は逆にそれが、余裕があるように感じられて、とても頼もしい。
「でも、どうして王都に魔物が?」
「それは――」
「失礼します! 現地より伝達! 王都に再び魔物の侵入が発生! 二時、五時、十時の方角! すでに鎮圧は完了してますが、負傷者が出ている模様!」
「わかった、報告ご苦労。引き続き、各自警戒を怠らないように。同時に、各地域の民の避難を最優先にするのを忘れるな」
「はっ!!」
兵士は、慌ただしく部屋を飛び出ていった。
「あの、どうしてこんなことが?」
「この地を守る聖女の結界が、弱まっているのが原因だ」
「えぇっ!? た、大変じゃないですか! なら、私が新しい結界を張ります!」
「おいおい、それは無茶ってもんだろ。まだ、嬢ちゃん用の儀式の準備は、済んでないんだろ?」
「それは……」
ユリウス様の言葉を聞いて、自然と顔を伏せてしまった。
儀式をするには、強力で広範囲の結界を発動するための、魔法陣を聖女が作る必要がある。
その魔法陣を作るには、とても時間がかかるし、調整もしないといけない。
この二つを、世間一般では儀式の準備という。
そして、一番厄介なのは、魔法陣を発動できるのは、魔法陣を作った聖女だけなの。
こんなことになるなら、呑気にしていないで、レオン様に無理を言ってでも、早く儀式の準備をしておくべきだった……。
「儀式自体も時間がかかる。正直、現実的とは思えねーな」
「叔父上の仰る通りです。まさか、このタイミングで魔物の侵攻が来るとは……セシリアに頼んで、無理にでも結界を張ってもらうべきだったか? しかし、彼女の体調が……」
「たらればを考えるのは、全部終わってから、ベッドの中でしやがれ。ケガ人はワシが見てやっから、お前はさっさと前線に戻れ」
「そのつもりです。セシリア、お前は部屋で大人しくしているんだ」
「この国の危機なのに、部屋で大人しくなんてしていられません! 今すぐに準備をして、結界を張ります!」
「お熱いのは結構だが……不調の嬢ちゃんに無理をさせて、失敗したら笑い話にもならねえぞ。おいレオン、お前の婚約者だろ。なんとか収めろ」
「……実は、ここに連れて来る時に、彼女は何の準備も無しに、一瞬で結界を発動させました」
「はぁ……? そんなのが出来る聖女なんて、聞いたこともねーぞ?」
「本当の話です。これ以上犠牲者を出さないために、彼女に賭けます。もし駄目だったとしても、俺が全責任を持って、魔物を退けます」
「大丈夫です! 私が、必ずなんとかしてみせますから!」
「ああ。聖女の間はこっちだ」
レオン様に手を引かれて走り出すと、私のいる客間よりも、さらに高い階にあった、唯一の部屋に着いた。
中に入ると、大きな女神像と光を失いかけている魔法陣。そして……苦しそうにうずくまる、おばあさんの姿があった。
「えぇっ!? こ、この人は!?」
「彼女は、この国の聖女だ。大丈夫か、ユリアーナ。しっかりするんだ」
「うぅ……ああ、レオン坊ちゃま……ごほっ!」
おばあさんは、とても苦しそうに咳き込んでいる。
聖女のお務めは、想像以上にハードだ。こんなにボロボロになるくらいだから、凄く頑張ったんだと思う。
「おばあさん、あとは私にお任せください!」
「お任せって……あんたは聖女なのかい?」
「はい!」
「なら、わかっているだろう? その魔法陣は、あたしが作ったもの……あんたには扱えない!」
「わかってます。だから……私が、一から作ります! それも、すぐに!」
「一からだって!? そんな、無茶をするんじゃないよ! 若いのに、命を粗末にするようなものだ!」
自分でも、これはさすがにどうかしている作戦だと思う。おばあさんが、目を大きく見開いて驚くのも無理はない。
「一刻の猶予もありません! 私を信じて、任せてください!」
「ユリアーナ、心配な気持ちはわかる。だが、今は時間が無い。責任は全て俺が取るから、この一件は彼女に任せてほしい」
「……聖女のお嬢ちゃん、絶対に無理はしないで、ダメならすぐに止めるって約束できるかい? あたしみたいな老いぼれのせいで、若い子が苦しむ姿は、見たくないのさ」
「はい、わかりました」
私は、大きく頷いてから、魔法陣の中心に立つ。
偉そうに啖呵を切ったはいいけど、確かに私には、この魔法陣を使って結界を張ることは出来ない。
そうなると……採る方法は、一つしかない。
「ふぅ……聖女様が作った魔法陣を壊す無礼を、お許しください!」
両手に集まった光を、魔法陣にかざす。すると、ガラスが割れたような甲高い音と共に、魔法陣は粉々に砕け散った。
「さあ、私の聖女の力よ! この国と民を守る、希望の光となって!!」
両手を天に掲げると、私の足元から、まるで水に落ちた水滴が波紋を広げるように、一気に魔法陣が展開される。
すると、魔法陣から光がどんどんと溢れだし、目を開けていることすら困難なくらいの、眩い光に包み込まれた。
「うぅ……成功、した……?」
数秒の光に耐えきった私は、強烈な疲労感と空腹で、倒れそうになるが、レオン様がすぐに駆けつけて、私をそっと抱き留めてくれた。
「大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございます」
「気にするな。それで、結果は?」
「それは、私にも……」
「失礼します! たった今、伝令から連絡が! 聖女様の結界が張られ、魔物が全て消滅したと報告が!」
本当に!? よかった、これでひとまずは安心ってことで良いんだよね?
「信じられない……まさか、こんな立派な魔法陣を、準備も無しに、ものの数秒で……あたしがこれを作ろうと思ったら、五日はかかりそうだよ」
「だから言っただろう。彼女なら大丈夫と」
「やれやれ……まだ若いってのに、とんでもない子だねぇ」
これで、危機は去った。そう思った瞬間、突然体から力が抜ける。
そして――
――ぐぐぐぐぐぅぅぅぅぅ~~~~。
「あっ……」
レオン様だけじゃなくて、聖女のおばあさんにも聞かれちゃった。
うぅ、こんなの、もうお嫁に行けない……。
「あっはっはっはっはっ! 腹が減るのは、生きてる証拠さ! 思った以上に元気で良かった良かった! あたしの代わりに守ってくれて、本当にありがとう!」
「聖女として、当然のことですから」
ちょっぴりカッコよく言ってみたけど、実際は慣れないことをしたのと、大規模な結界を張ったせいで、お腹がペコペコで、何よりも眠い。とにかく眠い。
もう、目が開いていられない……でも、本当に安全かどうか、ちゃんと確認しないといけないのに……。
「セシリア、後は俺が何とかしておく。だから、今は休め」
「…………」
またしてもお姫様抱っこをされたが、もう抵抗する元気はない。
それよりも、ほんのりと伝わるレオン様の体温や心音が、すぐそばに人がいてくれるって思わせてくれて……安心しきっちゃって、そのまま眠っちゃった……。
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