第四十八話 初めての夜
「うっ……えっ、これって……!?」
光が収まったと同時に、私達の耳に、大歓声が聞こえてきた。
それに驚きながら、ゆっくりと目を開けると……私達は、お城の最上階のバルコニーに立っていて、下には多くの民が集まっていた。
「レオンハルト様ー! セシリア様ー! ご結婚、おめでとうございますー!!」
「お幸せになってくださーい!!」
あちこちから、私達を祝福する声が聞こえてくる。
それは、とても嬉しいことなんだけど……それ以上に驚きの方が大きくて、ただその場で呆然としてしまった。
「驚いているようだな。実は、お前らの結婚のことを聞いて、祝いたいって奴が殺到してな」
「でも、式場には全員は呼べないからね。だから、こうして別の場を設けさせてもらったのさ」
「……レオン様は、知っていたの?」
「いや……知らなかった」
レオン様も、目を丸くさせて驚いている様子からして、本当に知らなかったみたい……。
「…………」
集まった人たちから届けられる、祝いの言葉と温かい気持ち――それらに触れた私の目から、自然と涙が零れ落ちた。
「セシリア、良かったな」
「うんっ……うんっ……! 私、諦めなくてよかった……!」
嗚咽を漏らす私の肩を、レオン様が優しく抱いてくれた。
……両親と別れ、故郷から連れ出され、ずっとつらい目に遭って……何度も心が折れかけても、聖女として、そして約束を守るために頑張り続けた。
一度、心が折れてしまったけど、それからも頑張り続けた結果が……私の前に広がっているんだ。
「……俺達は、つくづく恵まれているようだ。セシリア、皆の言葉に応えよう」
「はいっ! みなさーん! お忙しい中来てくださって、ありがとうございまーす!!」
精一杯の心には、私も精一杯のお返しをしたくて、彼らに負けないくらいの大きな声でお礼を伝えると、民から歓声が湧き上がった。
「応え方が、これから王族になろうって奴のやり方じゃねーだろ」
「……いいではないですか、叔父上。この方が、彼女らしい」
「レオン様も、一緒にお礼を言おうよ! こんなにお祝いしてくれているんだよ!」
「俺は、そういうのが不得意なんだが……」
「王都の方でも、多くの連中が集まってるからな。そこで礼でもなんでもすればいい。ほれ、また転送してやっから、さっさと行ってこいや」
有無を言わさずに、私達はその場から王都の中央広場へと魔法で転送されると、そこにも多くの人が集まっていた。
――その後、私達は彼らが開いてくれた、結婚を祝す宴によって、夜が更けるまでお祝いしてもらった。
****
同日の深夜。宴を満喫した私は、自室のベッドに寝転んだ。
「はふぅ……疲れたぁ……」
疲れと言っても、故郷にいた頃に感じていた疲れとは、全く異なる。
あの時は、ただつらくて、苦しいものだった。でも、今感じているのは、温かい心地よさと、充実感だった。
「私、本当に幸せだな……これなら、きっと天国のお父さんとお母さんも、安心して見守ってくれるかな……」
ぼんやりと、天井を見つめながら呟くと、コンコンッと控えめなノックの音が聞こえた。
「セシリア、俺だ」
「レオン様! 今あけるね」
鏡を見ながら、サッと髪を整えてから扉を開けると、そこには寝間着姿のレオン様が立っていた。
いつも、もっとしっかりした服か鎧を着ているから、ラフな格好はとても新鮮だ。なんていうか……可愛い。
「入っていいか?」
「もちろん。どうぞどうぞ!」
笑顔で部屋の中に招き入れると、レオン様は少し落ち着かない様子で、ソファに座った。
「レオン様、どうしたの? なにかあったの?」
「……俺達は、晴れて……その、夫婦になったわけだろう?」
「うん、そうだね」
「だから……夜を同じ部屋で過ごすのは、当然だろう?」
「っ……!!」
――そうだ。宴に浮かれていて、すっかり頭から抜け落ちていた。
今日は、レオン様と結婚してから、初めての夜……夫婦の初夜にすることなんて……!
「はうぅ……」
「お、俺はただ……お前と結婚をしたのだから、幼い頃に共に過ごせなかった時間を、共に過ごしたいと思っただけだ」
「な、なるほど! やだ、私ったら……えへっ」
顔を赤くして縮こまっていた姿を見て察したレオン様の言葉に、私は別の意味で顔を赤くさせた。
これじゃあ、私が……その、そういうことがしたいって思われちゃうよ。
まあ、なんていうか……いつかは、そういうことも……な、なーんて……ああ、もうっ! 恥ずかしい……!
「わかったら、こっちに来い」
「うんっ」
私は、レオン様の隣に腰を下ろすと、レオン様の肩に寄りかかり、大きくて温かい手に、自分の手を絡めた。
「…………」
「…………」
結婚したというのに、今日も私達の間に、これと言って特別な会話は無く、ただ時間が流れていく。
――ああ、幸せだなぁ。こんなに幸せだと、実は全部私の妄想によって作られた、夢なのかもしれない。
「セシリア? なぜそんなに見つめる?」
「ちょっと、考え事をしてたの。あまりにも幸せ過ぎるから、もしかしたらこれが夢なんじゃないかって思って……」
「セシリア……」
「あはは、そんなことないのにね。でも、あなたと再会するまで、ずっと酷い生活をしてたから……ちょっと不安で」
「そうか」
「……レオン様? きゃっ!」
繋いでいた手を離したと思ったら、なぜかレオン様は、その手で私の目をそっと遮った。
「あっ……」
……突然の暗闇で驚いている中、唇に柔らかくて温かい感触が、一瞬だけ触れたことに気が付くのに、さほど時間はいらなかった。
「れ、レオン様……今……」
「驚いたか? それとも緊張したか? なんでもいい。何か感じたのなら、これが夢じゃない証だ」
「か、感じ過ぎちゃったよ。おかげで、胸がこんなにドキドキしてる……ほら、触って確かめてみて」
「……いや、それは……」
キスしてもいつもとあまり変わらないレオン様だったが、一瞬にして頬をほんのりと赤く染め、目を泳がせた。
「ふふっ、冗談だよ。レオン様、可愛い」
「からかうんじゃない。自分からするのは心の準備ができるが、お前からだとそれが出来ない」
「それは良いこと聞いちゃったかも? 可愛いレオン様を見たい時は、こうやってドキドキさせればいいんだ」
今度、いきなり抱きついたりしてみようかな。それとも、両親がしていたような、イチャイチャをマネするとか?
そんなことを思っていると、レオン様はそっぽを向いてしまった。
「叔父上みたいな意地悪は、勘弁してくれ」
「ごめんごめん。謝るから、そんなに拗ねた顔をしないで! クールな顔も、拗ねた顔も素敵だけど、笑った顔が一番素敵だよ」
「だから、そういうのをだな……」
「ほら、一緒に笑おう! こうやって……えへっ!」
「…………」
レオン様の前で笑顔を浮かべて見せると、何故かレオン様に、頭をワシャワシャと撫でられた。
「急にどうしたの?」
「いや、無性に撫でたくなった」
「あっ! わかった! そうやって、誤魔化すつもりでしょ! 王様なんだから、人前に出るのに笑顔は必要だよ! そうじゃないと、これからも変なあだ名で呼ばれちゃうんだから!」
「俺としては、そんなことはどうでもいいんだけどな」
「私が嫌なの! 彼らは、あなたの素敵なところを何一つ知りもしないで、見た目と雰囲気だけで、好き勝手に呼ぶんだよ!? そんなこと、許さないようにしないと!」
「まあ……お前がそこまで言うのなら……」
レオン様は、ややぎこちない笑顔を浮かべて見せた。
やり慣れていない感がひしひしと伝わってくるけど、私にとっては、世界一愛おしい笑顔だった。
「うんうん、とっても素敵だよ!」
「そうか。意識して笑うというのは、難しいものだな」
「あなたなら、きっと出来るようになるよ。私が保証する!」
笑顔で胸を張ってみせると、レオン様はくすりと笑みを浮かべた。
その笑みは、ぎこちないけど素敵な笑みよりも自然で、とても愛おしいものだった。
――そんな顔を見たら、我慢できなくなっちゃって。
私は顔を近づけて、レオン様の唇に、自分の唇をちょんっと当てた。
「えへへ、初めて私からキスしちゃった」
「…………」
「レオン様? 大丈夫? もしかして、嫌だった?」
「違う……色々な感情が混ざり合って、卒倒しそうになった」
「~~っ!!」
耳まで真っ赤にするレオン様のことが愛おしすぎて、私は声にならない声を漏らしながら、レオン様に抱きついた。
――ああ、私……本当に、幸せだなぁ……この幸せを、レオン様とずっと一緒に守っていかなくちゃ。
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