第四十七話 祝福の日
あれからさらに時が流れ――早くも、半年が経った。
この間に、祖国でプリシアやギルベルト様を裁く裁判が行われ、二人は権力や財産をすべて奪われ、辺境の地へ追放された。
ルミナリア家も、私への様々な虐げを追究され、爵位を奪われたそうだ。
その話を聞いた時、私は……特に何も思わなかった。私からすれば、義家族と元婚約者という名の悪人が、裁かれただけでしかない。
そんなことよりも、私には人生で一番大事と言っても過言ではないようなことが控えていた。今日は、その当日だ。
「とっても綺麗よ、セシリアちゃん!」
「そ、そうですか? ありがとうございます!」
姿見に映っている私は、純白のドレスに包まれていた。
――そう。これから行われるのは、レオン様との結婚式だ。
「レオン様、綺麗って言ってくれるでしょうか?」
「当たり前じゃないか! もし言わなかったら、あたしに言いにおいで。みっちりお説教をしてくるから!」
「あはは……そうならないことを祈ってますね」
普通なら、冗談だと思えるようなことでも、ユリアーナさんなら、相手が国王様でも、本気でやっちゃうと思う。
「まだ、式まで時間はあるし……あの、レオン様とお会いすることって出来ますか?」
「はい。新郎様もご準備ができたと、先程連絡がございましたので」
「それじゃあ、案内してもらえますか?」
「かしこまりました。こちらにどうぞ」
着替えの手伝いをしてくれた女性に連れられて、レオン様が準備をしている別室に向かうと、そこにはタキシードを着た、レオン様の姿があった。
「……セシリア」
私のことに気が付いたレオン様の瞳が、ほんの僅かに揺れた。
「わぁ! レオン様、すごく似合ってる! 世界一かっこいい……!」
「そ、そうか……」
私のことを見て落ち着かないレオン様に、思ったことを正直に伝えたら、顔を背けられてしまった。
「……なあ、セシリア。気のせいかもしれないが、最近遠慮が無くなっていないか?」
「どうして遠慮する必要があるの? 今まで、ずっと好きだったのに言えなかった分を、たくさん伝えているだけだよ!」
レオン様と恋仲になってから、私は敬語をやめ、今まで以上にレオン様に愛情表現をするようになった。
そんなことをすれば、今までの私なら恥ずかしくなっていたけど……これが不思議なもので、恋仲になってからは、全然恥ずかしいって思わなくなったんだ。
むしろ、伝えても伝えても、もっと伝えたくなっちゃう。ラブラブだった両親も、こんな気持ちだったのかもしれないね。
「それにしたって、加減をだな……」
「加減……うーん……レオン様、愛してる」
「それのどこが加減しているんだ!? 式の前に、俺の心臓を限界にさせるつもりか!?」
「これでもダメなの!? 私的には、まだまだ喋れるよ?」
「くっ……くくっ……はっはっはっ! こりゃ傑作だ! 大人しいと思っていた嬢ちゃんが、実は肉食系だったとはな!」
先に来ていたユリウス様は、お腹を抱えてレオン様のことを笑っていた。
その表情は、いつものような気だるさはなく、この場をとても楽しんでいるように見えた。
「叔父上、笑っていないで助けてください!」
「あ? こんな面白いことを止めるとか、嫌に決まってんだろ。あと八十年は攻められ続けろや」
「えーっと、そうだ! 言葉でダメなら、行動で示せばいいんだ! レオン様、ギューってして良いですか?」
「セシリアちゃん。気持ちはよくわかるけど、ちょっとは落ち着きな。せっかくのドレスが乱れてしまうよ」
「あっ……そ、そうですね。ごめんなさい……」
私としたことが、これからレオン様と式を挙げるんだって思ったら、舞い上がりすぎちゃってたみたい。反省……。
でもでも、ずっとレオン様となりたかった関係になって、すっごく嬉しくて! だから、少しくらいは羽目を外したって……や、やっぱりダメかな?
「おいババア! せっかくのおもちゃを、ワシから取り上げるつもりか!」
「勝手に人をおもちゃにするんじゃないよ!」
「こほんっ。ご歓談中のところ恐縮ですが、そろそろ来賓の方々は、会場入りをしてください」
「おう。んじゃ、また後でな……の前に。結婚、おめでとさん」
「またね、レオン坊ちゃま、セシリアちゃん。結婚おめでとう!」
結婚式のスタッフは、ユリウス様とユリアーナさんを連れて、控室を後にした。
もう……二人ったら。そんなことを言われたら、嬉しくて涙が零れそうになっちゃうよ。
でも、我慢しなきゃ。せっかくしてもらったお化粧が、台無しになっちゃう。
「お二方は、もう少々お待ちくださいませ」
私とレオン様だけになったことで、さっきまで賑やかだった控室に、優しい沈黙が包み込んだ。
ヴァルハザードに来る時は、この沈黙が居心地悪く感じていたけど、今はレオン様とこの穏やかな時間を共有しているように感じられて、とても好きなの。
「準備で疲れただろう。少し休憩しておくと良い」
「うんっ。ほら、レオン様。こっちにきて」
私は、レオン様の手を優しく引っ張って、ソファに座らせると、その隣に私も座り、肩に頭を乗せた。
……ああ、温かい。心も体も、心地よい熱に包まれている。
「なあ、セシリア」
「なに?」
「その、さっき言いそびれたんだが……」
いつもしっかりしているレオン様にしては珍しく、どこか落ち着きがない。目が泳いでいるし、頬もほんのりと赤く染まっている。
「とても、綺麗だ」
「っ……! ありがとう、レオン様」
ああ、なるほど……これが、レオン様が普段私に好きとか言われた時に、感じているもの……嬉しくて仕方ないけど、ドキドキして、ちょっとくすぐったくて……体中が熱くなる。
一度言われてこれなんだから、毎日言われていたら身が持たない。レオン様が、普段あまりそういうことを言わない人で、良かったのかもしれない。
「お待たせしました。新郎様からご入場になりますので、こちらにお越しください」
「わかった。セシリア、俺は先に行く」
「うん。また後でね!」
笑顔でレオン様を見送ってから数秒もしないうちに、私は落ち着きを失って、辺りをウロウロと歩き出す。
「ああ、どうしようどうしよう……一人になったら、急に緊張してきちゃった……」
「お待たせしました。どうぞこちらに」
「は、はいっ!」
呼びにきてくれた女性についていくと、そこには大きな扉があった。
中からは、ゆったりとしたオルガンの曲が聞こえてきて、いかにもこれから式が始まるんだって思わせてくれた。
「では、どうぞ」
扉が開かれると、そこには心が洗われるような、神秘的な空間が広がっていた。
思わず見惚れそうになるが、今やるべきことをやらないと。
「…………」
ゆっくりと、バージンロードを歩いていく中、来賓として来てくれた人の中には、知っている人がいて、とても嬉しくなった。
中でも、ユリウス様は満足げに私を見つめ、ユリアーナさんはハンカチで目を押さえていた。
「セシリア」
「うん」
レオン様と合流をした私は、彼の腕に手を絡めて、静かに祭壇へと上がる。
「新郎レオンハルト。あなたは新婦セシリアを妻とし、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、生涯愛し続けることを誓いますか?」
「はい、誓います」
「新婦セシリア。あなたは新郎レオンハルトを夫とし、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、生涯愛し続けることを誓いますか?」
「はいっ、誓いますっ」
「よろしい。では指輪の交換を」
私達は、事前に準備していた指輪を、互いの薬指に嵌めてあげた。
これを選ぶ時も、デザインに凝っちゃって、大変だったなぁ……。
「では、これより神の御前で、夫婦になる証を示せ」
夫婦の証……そんなの、一つしかないよね。うう、嬉しすぎて落ち着かないよ!
「れ、レオン様……!」
「セシリア、落ち着け。ゆっくり、俺だけを見ろ」
「あっ……レオン様……」
レオン様は、落ち着かない私のベールをそっと上げながら、柔らかい声色で語り掛ける。
いつもの様に、感情が読みにくい表情。でも、それは私にとても大きな安心感と、強い愛情を与えてくれるもの。
それを見ていたら、自然と心は落ち着きを取り戻し、吸い込まれるようにレオン様へと一歩を踏み出した。
「あっ……」
レオン様の手が、私の頬に触れる。
前の私なら、愛されることさえ知らなかった。
それでも、この人だけは、ずっと私を見てくれていた。
「ねえ、レオン様……ううん、ハルくん。私、もう一つだけ……あの木刀に誓っても良いかな?」
「奇遇だな。俺も同じことを思っていた」
やっぱり私達って、似た者同士……そう思ったら、自然と互いが笑顔に変わった。
「いままでも、これからも、あなたと一緒に。愛しています」
「いままでも、これからも、お前と一緒に。愛している」
式の形式上のものではない――二人だけの誓いを交わす。それは、一生破られることが無い、永遠の誓い。
そして、私はレオン様を見つめながら、そっと目を閉じ――
――レオン様と、初めての口づけを交わした。
「……えへへ」
気恥ずかしさは最大限まで高まっているけど、嬉しさも凄くて……ただただニコニコしていた。
ああ、私……世界で一番幸せだよ……! ありがとう、レオン様! ありがとう、皆さん! 私……絶対に幸せになります!!
****
結婚式はつつがなく終了し、式場を後にした私達は、式場のホールへと連れてこられた。
……どうして、ここに連れてこられたんだろう? それに、ホールの中心に魔法陣が描かれている。これ、来た時には無かったよね?
「なんだ、この魔法陣は?」
「ワシが最近作った、転移魔法だ。そこから飛んだ場所に、サプライズがある」
「叔父上のサプライズ? あまり、良い予感はしないな……」
「そんなに信用ないのか、ワシは。はぁ、どっかのガキンチョのために、粉骨砕身で働いていたのに」
「レオン坊ちゃま、セシリアちゃん。危険は無いから、行っておいで」
「よくわからないですけど……わかりました。レオン様、行ってみよう!」
「ああ。俺から離れるなよ」
「ありがとう。でも、私だって聖女なんだから、魔物が出たら任せてね!」
「わかった。頼りにしている」
レオン様と頷き合ってから、ギュッと手を繋いで魔法陣の上に立つと、そのまま眩しい光に包まれた――
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