第四十六話 告白
あの大騒動があってから、早くも一ヶ月の月日が経った。
私は、あれから二つの国を行き来して、色々な場所に聖女の結界を張って回っていた。
その日々は、あまりにも激務すぎて……私からしたら、まだ三日くらいしか経っていないように感じるくらいだ。
でも、一度もつらいと感じたことはない。だって、聖女としてみんなを助けることは当然だし、何よりもみんなとても喜んでくれるのが、なによりも嬉しいの。
「今日も充実してたけど、ちょっと疲れたなぁ……」
バルバレイシアでの聖女のお務めを終え、ヴァルハザードに帰る頃には、もう辺りは暗くなっていた。
でも、まだやることは残っている。それは、毎日欠かさず行っている、聖女の間での儀式だ。
「って、私が疲れた顔をしていたら、みんなを不安にさせちゃうよね。笑顔笑顔!」
馬車を降りる前に、ガラス窓を使って笑顔の練習をしていたら、いつの間にかお城に到着していた。
「お帰りなさいませ、セシリア様。聖女の間でユリアーナ様がお待ちです」
「わかりました。すぐ行きますね!」
馬車から降りた私は、駆け足で聖女の間に向かうと、そこにはユリアーナさんの他にも、レオン様の姿があった。
それを見ただけで、あれだけ感じていた疲れは吹き飛び、笑顔の練習なんて必要なかったと突き付けられた。
「レオン様! どうしてここに?」
「仕事が終わって、たまたま通りかかった」
「……えっと、そんなことってありますか……?」
「まあ良いじゃないか。レオン坊ちゃまの精一杯の言い訳なのさ」
「……?」
よくわからないけど、ユリアーナさんはニコニコしているし……悪いことじゃなさそう。それなら良いかな!
それに……レオン様の顔を見られて、凄く嬉しいし……えへへ。
……なんて浮かれている間に、儀式はすでに終わりを迎えていた。
「さてと、仕事は済んだし、あたしはぼちぼち部屋に戻って休ませてもらおうかねぇ。レオン坊ちゃまは、セシリアちゃんをしっかり部屋まで送るんだよ」
「ああ」
「えっ? そんな、部屋はすぐそこなので……一人でも戻れますから」
「いいから、さっさとお行き!」
忙しいレオン様の時間を奪いたくなくて遠慮したつもりだったんだけど、なぜか不満げに眉間にシワを寄せるユリアーナさんに、部屋を追い出されてしまった。
「えっと……その、いいんですか?」
「問題無い」
「そ、そうですか……」
私の理性は、レオン様の時間を奪うなんてもってのほか。一人で部屋に戻れと言っている。
私の本能は、一秒でも長く一緒に過ごして、少しでも好きになってもらえと言っている。
二つの心で葛藤をした結果、本能に従うことを選んだ私は、差し出された手に、そっと自分の手を重ねた。
「バルバレイシアの様子はどうだ?」
「今は、殆ど魔物の被害は無くなっているみたいです。各地で結界を張るのも終わりそうなので、もうちょっとで落ち着くと思います」
「そうか。ヴァルハザードの方も、お前とユリアーナの結界のおかげで、とても安定している。だから、明日は休息を取っても問題無いだろう」
「えっ? でも……」
「休むことも仕事だ。自分の体調を蔑ろにするな」
「……それ、レオン様が言えるんですか?」
「俺は良いんだ」
「なんですか、それ……もうっ」
あれから、レオン様だって休みなく働いているのに……レオン様が言うなら、私だって少しは言わないと気が済まない。
――そんな、ちょっと意地悪なことを考えていた私を咎めるように、お腹が盛大に鳴った。
「あっ……えっと、その……」
「今日も聖女の力を使ったのだろう? ちゃんと食べているのか?」
「……えへっ」
「…………」
「うぅ~……ごめんなさい~! お務め優先で、ちゃんと食べてないです~!」
無言の圧に負けた私は、何度もペコペコと頭を下げる。
すると、レオン様は小さく溜め息を漏らしながら、少し強めに手を引いて、私の部屋まで送ってくれた。
「いいか、少し部屋で待っていろ」
「は、はい。あの、何かあるんですか?」
「すぐに食事を持ってこさせる」
「ごはん……!」
レオン様の口から食事のことを聞いた途端、私のお腹は更に騒ぎ始めた。全く、我がお腹ながら、現金すぎて呆れちゃう。
――そんなことを考えながら、部屋のソファで座って待っていると、レオン様はすぐに戻ってきた。
「間もなく準備は終わるそうだ。すぐに運び込まれるだろう」
「ありがとうございます。その、よければ一緒に……どうですか?」
「そのつもりだ」
「っ……!」
レオン様と一緒にごはん……それは私にとってはなによりも幸福なことだ。
おかげで、私の理性なんて、最初からなかったかのように消え、私のとある気持ちが、更に主張を始めた。
――それは、レオン様への愛情。
今までは、一方的に気持ちを押し付けたら迷惑に思われるかもと思っていたけど、これ以上この気持ちを抑えることは、出来そうもない。
そんな私は、手早く食事を済ませると、自分の机の引き出しに手を伸ばし、あの木刀をレオン様に見せた。
「それは……」
「私達の、誓いの証……覚えていますよね。レオン様……ううん、ハルくん」
私にとって、大切な名前を呼ぶと同時に、自然と当時のような口調に戻っていた。
「……そうか。覚えていてくれて、大切に持っていてくれたのか」
「うん。全部、覚えているよ。あなたと過ごした、キラキラ輝いていた日々のこと」
「だから、二人で出かけた時に、自然の中で遊んだのか。もしかしたらと思っていたが……合点がいった」
「あのデートは、あの日々を、また二人で過ごしたいと思ったんだよ。それで……もっともっと、あなたとこうした日々を送りたいって思ったの。だから……私……」
「待て」
いざ自分の気持ちを伝えようとしたタイミングで、レオン様は気まずそうに視線を逸らしながら、私の言葉を制止させた。
「お前が、あの日々のことを覚えていたことは、喜ばしいことだ。だが……俺は、お前を必ず迎えに行くという約束を果たせず、ずっと待たせてしまった男だ」
「……ねえ、一つだけ聞いていい?」
「なんだ?」
「ハルくんは、ずっと覚えていてくれたの?」
上目遣いでそっと顔を覗き込みながら問いかけると、レオン様は小さく頷いた。
「忘れたことなど、一度もない。あの日々は、俺にとってかけがえのないものだ」
「なら、あなたは約束を破っていないわ。あなたは、私がつらくて、苦しくて……心が折れちゃった時も、ずっと心の中で寄り添ってくれた。ボロボロの私を迎えにきてくれた。祖国に連れていかれた時も、必死に走って迎えに来てくれた。それだけじゃ、まだ満足できないのかな?」
「それとこれとは……」
「同じだよ。誰が何と言おうと、私にとっては同じ。とっても……とっても、嬉しかったんだよ」
レオン様は、わかっていない。
一度目の迎えの時、私の味方をしてくれる人がいるんだって、涙が零れそうなぐらい嬉しかったことを。
二度目の迎えの時、私のために颯爽と現れて、結婚しようって言われた時……言葉で言い表せないくらい嬉しかったことを。
「私に、こんなにたくさん温かい気持ちと、愛を教えてくれた……ハルくん……ううん、レオンハルト・ヴァルハザード様。私は、あなたのことを愛しているよ」
「セシリア……」
あれだけドキドキしていたのに、いざ本番になったら、気持ちが昂って、その勢いのままに言っちゃった!
「あなたは、私達の婚約は政略結婚……愛の無い結婚だと言っていたよね。でも、私はそんなの我慢できない。私と……愛のある結婚をしてください」
「…………」
レオン様は、私に背を向けると、そのままバルコニーへと出ていった。
「俺は、愚かな男だ。お前のことを考えて……俺の気持ちを一方的に押し付けるのは良くないと決めつけていた。それに、約束を守れなかった俺のことなんて、許してくれないとも。だから、せめて政略結婚にして、お前の生活と……笑顔を守ろうとしたんだ……」
「レオン様……」
「しかし、俺はまた間違えていたようだ」
私は、自嘲をするレオン様の背中にギュッと抱きつくと、そのまま背中に頭を擦り付けた。
「っ……!? せ、セシリア!?」
「実は、あなたもあの木刀を大切に持っているの、知ってたんです」
「そうだったのか?」
「でも……ただ持っているだけかもしれないし、覚えていても好きじゃないかもしれないとか……気持ちを押し付けたら迷惑かなとか、そもそも恋愛対象じゃないかもとか……色々考えちゃって」
「…………」
「その結果、なんとか好きになってもらおうと頑張ったんですけど、中々うまくいきませんでした。あはは……」
「あれは、そういうことだったのか。毎日、いつ心臓が持たなくなるか、ヒヤヒヤしたものだ」
「心臓? な、何かご病気なのですか!?」
「なんでそうなる。お前に色々されて、緊張していたんだ」
思わぬ発言が返ってきて、私の方がなんだか照れくさくなってきちゃった……。
「わ、私達って似た者同士なんですね。互いが互いを思いやっていたなんて……」
「まったくだな。これでは、叔父上にからかわれても文句は言えない」
この会話をユリウス様に聞かれていたら、非効率なことをしているな、間抜けかよ~みたいなことを言われていたと思う。
「ねえ、ハルくん……あれ、さっきレオンハルト様とか言っちゃったせいで、頭の中がごちゃごちゃになってきちゃった……」
「なら、いつもの様に呼ぶといい」
「じゃあ、レオン様。さっきあなたが言った言葉に対して、一つ言いたいことがあるの。あなたは、自分を卑下していたけど……私は、あなたのおかげで毎日が幸せなんだよ。だから……自分を許してあげて」
「セシリア……ありがとう。その言葉のおかげで、心が軽くなった」
「それはよかった! それで、良かったら返事……聞かせてほしいな?」
「……そんなの、決まっている」
レオン様は、静かに私の前に右手を差し出した。
「ぜひ、末永くよろしく頼む」
「っ……!! はいっ!!」
――今この時を以て、私達はついに、恋人という関係になった。
その嬉しさを噛みしめようとしていたけど、レオン様の手を握った瞬間、そのまま抱き寄せられ、強く抱きしめられた。
「レオン様!?」
「……迎えが遅くなって、本当にすまなかった。これからは、一生守り、幸せにすると誓おう」
「……そんなのダメ。私も、あなたを守って、一緒に幸せになる。それが、私が唯一知っている、世界一素敵な夫婦像なんだから」
私は、涙を流しながらも、笑みを浮かべてレオン様に伝えると、レオン様は初めて私に笑顔を見せながら、嬉しそうに頷いた――
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