第四十五話 決着
■ユリウス視点■
「ちょ、ちょっと!? いくらなんでも、これはさすがに不味いんじゃないかい!?」
「んー? ああ、そうかもなぁ。待ったいなー、こりゃ死んじまうなー」
目の前に迫る死に対して、ワシは適当な返事をしながら、新しい煙草に火をつけた。
「ふふっ、そうやってどんな時でも飄々としているの、本当に尊敬しておりますよ。ぜひあの世でも、同じ様にしてくださると、嬉しい限りです」
「……そいつは、できねぇ相談だな」
ワシは、煙草の煙をフーッと吹くと、大量の魔法陣に一斉にひびが入り、そのまま粉々に砕け散った。
「なっ……ならばっ!」
一瞬たじろいだガイウスは、再び魔法陣を展開する。
今度は割れずに、ワシに向かって魔力球を飛ばしてきたが、それがぶつかる前に、ワシが魔法薬を足元にたらしたことで作られた壁に阻まれた。
唯一、一発だけワシの頬をかすめ、血が頬を伝ったが、それ以上のことは起こらなかった。
「おー、一発防ぎ損ねたか。お前、随分と努力したんだな。けどよ……努力をしていたのは、何もお前だけじゃねーんだわ」
ワシは、咥えていた煙草をガイウスに向けて放り投げると、それは小規模な爆発を起こした。
「随分とぬるい攻撃ですね。かつて神童と呼ばれた男が得意なのは、強がりを言うことだけですか」
「強がりの一つも出来ない大人なんて、格好悪いだろう」
「ええ、そうですね。では、格好悪くしてあげましょう」
ガイウスは、腕を天高く掲げて指を鳴らすと、新しい魔法陣をいくつも描き出す。
すると、そこから多くの魔物が、唸り声を上げながら現れた。
「ふん、その癖は死んでも相変わらずか。あいつがお気に入りだった、絵本の主人公の決めポーズだったか?」
「ほう、私と同じ美学を持つキャラクターがいるとは。その作家とは、良い酒が飲めそうです」
呑気に話しているが、どうしたもんかね。こんなことなら、嬢ちゃんとかレオンを連れてくるべきだったか? しかし、外はあのマグマだしな……。
「この魔物達は、聖女の結界への耐性と身体能力を向上させた試作品でしてね。ぜひ、そのテストにどうかと」
「いいじゃないか。昔みたいに、あたしがテストを見てあげるよ!」
ユリアーナは、聖女の結界をこの部屋の中に展開して、少しでも魔物の動きを鈍らせると、お得意の拳骨をお見舞いした。
「無駄ですよ、ユリアーナ義姉様。衰えてしまったあなたでは、彼らをどうにかすることは出来ない……そうデータが出ています」
「ふん、頭でっかちなのは変わらないね! そんなの、やってみなければわからないだろう!? はぁぁぁぁ!! 結界だけでダメなら、殴って倒すまで!」
ユリアーナは、諦めずに聖女の力を展開させながら、試作品達をガンガン殴りまくっている。まるで、あいつを守れなかった過去を、振り払うかのように。
「あたしだって、まだまだ若い連中には負けるつもりは無いよ!」
「やれやれ、相変わらず頭は筋肉で出来ているようですね。」
「良い仕事だ。あとはワシに任せろ」
「させませんよ」
動く出したワシに対して、色々な魔法で攻撃を仕掛けてくるが……。
どんな属性の魔法でも、ワシはまるでガイウスの行動を呼んでいるかのように、飛んでくる魔法を、魔法薬で軽々と捌いていく。
「なぜだ、なぜ私の全てが読まれる!?」
「離れていた時間は長くてもよ――弟のことがわからないバカが、どこにいんだよ」
「っ……!!」
「そうやって、わかりやすく動揺しながら、眼鏡をクイっと上げるの、昔から変わらんな」
ワシは、特製の魔法瓶を、ガイウスの足元に投げる。すると、少しいびつな魔法陣が描かれ、ガイウスが逃げられないように、筒状の結界を張った。
「この結界魔法は……彼女が作った魔法……」
「ああ」
大切な人間を守るために作った、絶対防御の結界。展開してしまえば、解除するまで出ることも入ることもできない。
昔、死んだ彼女が唯一作り上げて、毎日の様に自慢していたものだ。
「このまま、ワシの魔法薬でお前の魔力を完全に枯渇させる。魔力が無くなりゃ、魔力体のお前は完全なる死を迎えるって寸法よ」
「……ふっ。彼女が作った魔法で、私が追い詰められるとは……何とも皮肉な話です」
「嫌なら、どっかの知らない誰かさんに頼むか?」
「魅力的な提案ですが、今回は遠慮しておきましょう」
これから自分は消滅してしまうというのに、ガイウスはいつもの様に、酷く落ち着いた様子だった。
まるで、今から起こることは、全て自分の思い描いていたもののように。
「私を二度も殺したこと、後悔しますよ。私は永遠にあなたを恨む……そうですね、まず手始めに、再び二人の弟として生まれ、毎日迷惑をかけることから始めましょうか」
「はっ……復讐が地味すぎるだろ。いいから、さっさと眠りやがれ。その歳にもなって、子守歌が必要か?」
「ふふっ……それも、悪くはありませんね……」
封印の魔法陣が激しく光り、ガイウスの姿はその光に飲まれていく。
もう体のほとんどが消えかけた瞬間、ガイウスは静かに呟いた。
「ああ……兄上達と、ユリアーナ義姉様と……彼女と……また……いっしょ、に……」
その言葉を最後に、ガイウスは完全にこの世から消滅した。
――消える間際の顔は、とても安らかな笑顔だった。
「……よく頑張ったね、ユリウス」
「ふん。兄貴としての務めを果たしただけだ。付き合わせて悪かったな、ユリアーナ」
「礼を言われるようなことでもないさ」
「……ん? あれは……」
ワシはその場から立ち上がり、机に置いてあった小さな絵を手に取る。
そこには、歳の差が感じられる、五人の子供が笑顔で描かれていた。
「この絵……ガイウス、あんたって子は……」
「…………」
「もしも、あの子が死んでいなければ……こんなことには、ならなかったのかもしれないね」
「可能性の話なんてしたって、仕方ねえだろ。これは全てワシらとあいつが選んだ道だ」
目を閉じると、まだ無垢だったあの頃が鮮明に思い出せる。
毎日が輝いていて、未来への希望もあって。
……もう、あんな毎日は……はぁ、年寄りになると、ワシでも感傷的になるもんだな。
「……それにしても、ガイウスにしては、随分とあっさりだったような……」
「その大層な野望のための行動に、粗が目立っていたの、気づかなかったか? まるで、こうなることを望んでいたかのように」
「…………」
主を失った研究室に、ワシらの呼吸音だけが響く。
つい先程まで騒がしかったのが、まるで嘘だったかのようだ。
「まっ、それこそ真相は本人しかわからねえ。ワシらが考えるだけ、無駄ってもんだ」
ワシは、その絵を荷物の中に入れると、加えていた煙草を、乱雑に置かれていた本の上に落とした。
「……いいのかい? ここには、あの子が残したものがあるというのに」
「あんな悪党の遺物なんて、後世に残したって良いことなんかありやしない。ほれ、さっさと帰るぞ。あー、酒が恋しいわ」
「……ふん、今日くらいは付き合ってあげるよ」
「あ? ババア、言葉選びはちゃんとしやがれ。ノスタルジーな気持ちになったから、気晴らしのために付き合ってください、だろ」
「なんであたしがあんたに頭を下げなきゃならないんだい!?」
結局、いつもの様にギャーギャーと口喧嘩をしながら、どんどんと燃えていく隠し研究所を後にした。
「……また、弟に……か。気が向いたら――今度は道を踏み外さないようにしてやるよ」
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