第四十四話 断ち切れない過去
レオン様にお姫様抱っこをされながら、無事帰ってきた頃には、既に夜になっていた。
「お疲れ様でした。体、大丈夫ですか……?」
「問題ない。この程度、鍛錬にもならない」
「そうやって、心配をかけないようにしているの、丸わかりですよ!」
「むぅ……」
レオン様とお喋りをしていると、勢いよく城の扉が開かれ、中から兵士やら使用人やらが流れてきて、私達の帰還を心から喜んでくれた。
そんな彼らに遅れて来たユリアーナさんは、顔をくしゃくしゃにしながら、私のことを強く抱きしめた。
「よく無事に勝ってきてくれたねぇ……! 本当に心配したんだよ……!」
「ごめんなさい、心配をかけて……」
「いいんだよ! セシリアちゃんも、レオン坊ちゃまも無事なら、あたしは……あたしは……!」
たった数日しか離れていなかったけど、ああ……ここが私の帰る場所なんだと、強く感じられた。
「ところで、叔父上はいるか?」
「それが、ユリウス様は研究室に籠りっぱなしで……」
えぇ!? ユリウス様のことだから、危険はない……と思うけど、やっぱり心配だよ。
「はっ! あいつは相変わらず自分勝手だね。放っておけばいいのさ」
「そうですか……?」
なんだろう……もう決着はついたはずなのに、胸の奥が変にざわついて気持ちが悪い……。
****
■ユリウス視点■
ヴァルハザードから遥か数百キロ東に行った場所は、人間なんて済むことが出来ない、火山地帯となっていた。
こんなところに長居したら、バーベキューにでもなっちまいそうな場所なんだが、どうやらここに、ワシの探しているものがある。
「道は合っているな……まったく、面倒なところを根城にしていやがる……むっ?」
ガラスに描かれた魔法陣を使い、この辺りの地図を見ていると、突然マグマがヘビのようになり、襲い掛かってきた。
「はい、ごくろーさんっと」
ワシは、持ってきた薬を一滴ヘビにかけるだけで、ヘビは蒸発していった。
ったく、絡んでくるのはユリアーナだけでいいっての。さーって、入口入口っと……これか。
「あんな化け物もいるなんて、聞いてないんだけどねぇ」
「今から帰っても構わんぞ」
「どうやってここから帰るんだい!?」
ババアの対応を適当にしながら、辺りを調べる。
一見すると、何の変哲もない岩の壁。しかし、ここに魔法薬でちょちょいのちょいっとやると……この通り、道が出来る。
「なんだか陰湿な洞窟だな。客なんだから、もっともてなしやがれってんだ」
もてなしの言葉に反応したのか、突然壁から魔法銃が現れ、一斉射撃をしてくる。しかし、ワシの障壁に阻まれ、当たることは無かった。
「悪いな。お前らを弄って、弾がぶれるようにした。そんな三下レベルじゃ、ワシは止められん」
――そこから先も、侵入者を殺すトラップが何度も作動したが、大したもんじゃなかったな。暇すぎて、一本吸いたくなったぜ。
「ここで終わりか。おう、ワシだ。いるか?」
「ええ、どうぞ」
最深部にあった扉を開けると、そこには本を読むガイウスの姿があった。
「長旅ご苦労様でした。私の用意した歓迎は、お気に召しましたか?」
「ああ、大層気に入った。おかげで、体の凝りが解れたぜ」
「それは結構なことで」
「それよりも、先に聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「事情は大体聞いた。お前……なぜバルバレイシアの国王を起こした?」
「ああ、お気づきでしたか。もうプリシア嬢達には利用価値はない。しかし、普通に離れるのは、少々リスクがある。なので、彼女達には退場してもらいました」
「いらなくなったら、即斬り捨てる……ふん、気に入らんやり方だ」
「そんな顔をなさらないでください。久しぶりに家族二人で……と思ったら、邪魔者がいましたか」
ワシに無理を言ってついてきた老いぼれを見ながら、ガイウスは小さく肩をすくめた。
「あたしだって、ある意味家族のようだろ? 入る資格はあると思うがねぇ」
「やれやれ……もう義姉様なんて呼ぶ日は無いと思っていたのですが」
そう言いながらも、きっちりと三人分の紅茶を用意し、それぞれの前に差し出した。
「あんた、ここで研究をしているのかい?」
「聖女の力に対抗できる力、および魔物の研究ですよ。これらで、世界を支配する」
「どうしてそんな酷いことをするんだい!?」
「どうして? そんなの、ヴァルハザード王家の滅亡。そして……復讐以外にありませんよ」
……やはり、こんな状態になっても、まだあの時のことを覚えているんだな。
「ユリアーナ義姉様も、思うところがありますよね。まだ幼かったあの日、奴らがいなければ、彼女は死ななかったと」
……彼女というのは、ガイウスの幼馴染で、ユリアーナの妹のことだ。
二人は、よく一緒に本を読んだり、遊んだりして成長し、お互いを愛し合うようになったんだが……王家に恨みを持つチンピラに彼女が誘拐され、殺されてしまった。
それから、ガイウスはおかしくなった。兄貴やワシの考えるような、平和な国作りではなく、力で全てを押さえつけ、強固な国を作ることに邁進するようになった。
どんどんと過激化し、民の命や生活を厭わなくなったから、死の谷と呼ばれる断崖絶壁につき落とすという処刑を行った……のだがな。
「お前が小娘を失ったのは、同情するし、思想も全くわからないわけじゃない。だが、それでお前は、ヴァルハザードの民を傷つけた。それはどう責任を取る?」
「取りませんよ。弱い者は――いずれ淘汰される。それが運命です」
「それじゃあ、あんたが憎んでいる連中と、やってることは同じじゃないか!」
「そうかもしれませんね。しかし、私はこの体となり、各地を放浪し……目の当たりにしました。権力を持っていても、力が無ければ意味がない。全ての人間を牛耳ることは出来ない。それなら、圧倒的な力や権力で悪をねじ伏せなければ、私の理想郷を作ることは出来ないと」
「あの子が、そんなことを望んでいると思うかい!?」
「それは、彼女のみがわかることです。我々にそれを判断する術はありません」
まあ、ごもっともだな。死んだ人間がどうこうなんて、所詮は生き残った連中が勝手に決めつけ、言い訳にするための道具のようなもんだ。
「ユリアーナ義姉様、世界は絵本のように優しくないのです。この世界を一つにし、真の意味で平和にするには、圧倒的な力が必要なのです」
「はっ……元々過激な思考だったが、人間を辞めたせいで、随分と変な方向に凝り固まったようだな」
「それは、褒め言葉として受け取っておきましょう」
「ふん……ああ、そうだ。一つ、疑問がある」
「なんでしょう?」
「お前ほどの魔法使いなら、どうしてプリシアと一緒に、ヴァルハザードに来た? 一度目の時のように、気づかれない方法もあっただろう」
ワシの質問を誤魔化すように、ガイウスは微笑みながら、カップを口につけた。
「兄貴に似て、とぼけ方が下手だな」
「ユリウス兄上にだけは、言われたくありませんがね。質問の答えですが……行く理由はありましたが、隠れることに関しては……実のところ、私もよくわからないのです」
「…………」
ほんのわずかに、声が揺れていたのを、ワシは見逃さなかった。
「なので、ご想像にお任せいたしましょう」
ガイウスは、それ以上答えるつもりは無いのか、再びカップを口につけようとするが、その前にユリアーナが奴の元に近付き、胸ぐらを掴んだ。
「さっきから、大人しく聞いていれば……! あんたがどう考えようと、あんたのやっていることは間違っている! 人間っていうのは、ぶつかってでもわかり合うもんだよ!」
「あなたは、相変わらずのようですね。あなたがどう思おうとも、あなたの思想を尊重しましょう。同時に、私がどう思うのかも、私の自由です」
「自由? はっ! 小僧が偉そうに! そういうのは、人様に迷惑をかけないようになってから言うもんだよ! あの子も生きていれば、そう言っていたさ!」
「……あなたになにがわかるのです?」
酷く冷たく、しかし怒りを感じさせるような声を漏らしながら指を鳴らすと、ワシ達の周りに、何百個もの魔法陣が展開された。
「彼女の遺体は、酷く乱暴された跡があり、顔も苦痛に歪んでいました。きっと、彼女は痛みに苦しみ、絶望し、この世を恨んで死んでいったに違いない! あんな素直で素敵な子が苦しんで死ぬ世界など、間違っている!」
「ガイウス……」
「だから! どんな犠牲を払っても! こんな間違った世界を正し、誰も傷つかない平和な世界にすると、誓ったのです!!」
「…………」
「私の気持ちがわからない、とでも言いたげな顔ですね。構いませんよ……理解されようとも思っておりませんから。さて、楽しい茶会でしたが、ここまでにしましょう。ユリウス兄上、ユリアーナ義姉様、あなた方にはここで死んでもらいます!」
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