第四十話 あの頃の俺はもういない
■レオンハルト視点■
「現在の状況について報告しろ」
「はっ! 現在、王都の魔物は全て殲滅、住民の避難も完了しております! 郊外の町や村も、被害は最小限に納まっております!」
「しかし、魔物の対応で兵力は削がれております。魔物も耐えず出現しており、対応に追われております」
セシリアの結界は完璧のはずが、この状況……事態は想像以上に、芳しくないようだ。
「わかった。各員、民と自分の命を最優先にしろ。最悪、町や村は放棄して、民を連れて王都に避難するように伝えろ。全責任は、俺が持つ」
「はっ!!」
兵士達に指示を出した後、俺は椅子にもたれかかりながら、大きく溜息を吐いた。
国と民の事はもちろん大切だが、さっきからセシリアのことが気になって、平常心を保つのが難しい。
現に、光に包まれたセシリアの光景が、何度もフラッシュバックをして、その度に自分の力のなさを痛感させられている。
「邪魔すんぞ。怪我人用の薬の調合が終わったから、医療班に渡しといたぞ」
「レオン坊ちゃま、聖女の間にある結界の確認が終わったよ。大きな問題は無く、正常に機能しているみたいだね」
「叔父上、ユリアーナ、ありがとう」
「別に、感謝されるようなことはしていねえ。自分の不始末は、自分で片付けているだけだ」
「なんだい、まだガイウスを逃したことを気にしてるのかい?」
「んなことはねえよ」
「はっ! 嘘が下手だねぇ!」
「……ちっ」
日頃から、憎まれ口をたたいているが、根は真面目な叔父上のことだ。口には出さなくても、自分のせいでセシリアを連れていかれたと、責任を感じているのだろう。
「情けないねぇ! 男なら、もっと背を伸ばしてシャキッとしな! ババアのあたしより腰が曲がってどうすんだい!」
「いってぇ!? この怪力ババア、ワシは元々猫背なんだよ!」
叔父上の丸待った背中に、ユリアーナの張り手がお見舞いされる。おかげで、少しだけ背筋が伸びたようだ。
「それだけ大きな声が出るのなら、大丈夫だろう」
「……当然だ。んで、どうすんだ? このまま泣き寝入りすっか?」
「泣き寝入り? 冗談じゃない。俺は、あの頃と違う」
そう……俺が弱くて、幼いセシリアの手を掴めなかった、あの頃とは違う。
「…………」
「レオン坊ちゃま?」
――本当に、違うのか?
俺の決意を揺らがすように、今度はガイウス叔父上から守れなかった光景が、勝手に脳裏に浮かぶ。
そこでも、俺は彼女の手を取れなかった。あの時と、何も変わっていない。
――そうだ。俺は何も変わっていない。
「…………」
俺の心でいまだにくすぶっている弱い心が、俺の決意を鈍らせようとしてくる。
ああ、そうだ。どれもこれも、俺が未熟だから招いたことだ。それは認めよう。
だが、あくまで認めるだけで、諦めるつもりはない。
「セシリアは……俺が守り、幸せにする」
「よく言った! それじゃあ、全戦力でセシリアちゃんを助けに行くよ!」
「それはダメだ。まだガイウスの魔物が全て片付いていないうえに、兵は疲弊している。それに、全戦力で助けに行くことは、バルバレイシアとの全面戦争を意味する」
「戦争? 仕掛けてきたのは、向こうだろう! 確かに争いは良くないけど……事情を知った他国が味方をしてくれるはず!」
「ちっとは落ち着け。味方をしてくれるなんて、ワシらにはわからない。それに、味方の振りをして、寝首をかいてくる可能性もある」
「叔父上の言う通りだ。全幅の信頼を置ける相手に、背中を預けるのは避けたい」
それならどうするんだい!? と、ユリアーナに問い詰められる前に、俺が考えていることを話しておこう。
「俺が単独でバルバレイシアに乗りこむ」
「一人って、そんなの無茶じゃないかい!? いくらレオン坊ちゃまが強いといっても、相手は大国の軍隊だよ! 失敗すれば、戻ってこれないかいかもしれない! それに、あのガイウスも裏で汚い手を打ってくる可能性もある!」
「失敗か……確かに失敗すれば、大軍勢を相手にしなければならなくなり、捕まって尋問をされ……両国の関係は劇的に悪化……」
俺の話を聞いて、ユリアーナの顔が、かわいそうなくらい青ざめてしまった。
……少し、悪いことをしてしまったな。
「だが、これは失敗した時だ。成功すれば、バルバレイシアと大きな争いを生まずに、セシリアを取り戻せる」
「なんだ? 敵さんに頭を下げて、セシリアを返してください~ってお願いすんのか?」
「それで済むのなら、いくらでも頭を下げよう。しかし、それで済む可能性は極めて低い。だから、俺が直接セシリアを取り返し、ヴァルハザードに連れ帰る」
「……ふっ……はっはっはっ! 目には目を、歯には歯を。誘拐には誘拐ってか! 実にわかりやすくて、お前らしいじゃねえか!」
よほど気にいったのか、叔父上はお腹を抱えながら、涙まで流している。
「笑いごとじゃないだろう!? 口でいうのは簡単だけど、それがいかに大変なことか……!」
「実際問題、誘拐をするのなら、軍を動かすよりも、俺一人の方が動きやすくて良い。無茶に聞こえるかもしれないが、ちゃんと考えている」
「レオン坊ちゃまが、考えなしに動く子じゃないってのは、わかっているけど……あぁ、もうっ! 絶対にセシリアちゃんと一緒に帰ってくること! それが約束できないんじゃ、あたしはあんたを踏ん縛ってでも止めるよ!」
「ああ、約束しよう。必ずセシリアと共に帰ってくると」
まっすぐユリアーナを見つめると、ユリアーナは目じりに涙をためながら、俺のことを力強く抱きしめた。
「絶対……絶対だからね。こんな老いぼれよりも先に逝ったら、承知しないよ!」
「ああ。ありがとう、ユリアーナ」
「お前がいない間は、ワシがなんとかしておいてやる。だから、思う存分やってこい」
「ありがとう、叔父上」
そうと決まれば、一秒でも早く準備をして、セシリアの奪還に行かなければ。
すぐに行くから、待ってていてくれ、セシリア!
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