第三十七話 突然の騒動
私の気持ちを綴った手紙をバルバレイシア王家に送ってから二日後、私は少し緊張した面持ちで、とある人物が来るのを待っていた。
「この国の結界を見たいだなんて、どういう風の吹き回しなんだろう……」
実は、再び来たバルバレイシア王家からの手紙に、私の聖女の結界を見たいというお願いが書かれていたの。
どうやら、定期的に私が行くのはいいけど、もしいない時に問題が発生すると困るから、対処できるようになるために、事前に私の結果を見て勉強をしたいとのことだ。
それ自体は、とても良いことだと思うんだけど……。
「あの勉強嫌いなプリシアが、そんなことをお願いするのかな?」
正直に言わせてもらえるなら、なんだか裏があるような気がしてならない。
でも、何か悪さをしようとしているっていう確証が無い以上、断ることは出来なかった。
「心配は不要だ。彼女が少しでも不穏な動きをすれば、俺がすぐに斬る」
「あ、ありがとうございます。でも、出来れば物騒な方法は……」
「……そうか」
私はプリシアのことが嫌いだし、レオン様が私のことを助けてくれるのは嬉しいけど……さすがに、目の間で斬られるところは、見たくないかな……。
「レオンハルト様。プリシア様が、お見えになられました」
「ああ、わかった。行こう」
「はい」
さすがに二度目となると、以前よりかは緊張していない……と思う。
そもそも、今日は聖女の結界を見せるだけなのだから、緊張なんて必要ないよね。
「ごきげんよう。あなた達の素早い対応に、感謝いたします」
「気にすることはない。ただ、我々は忙しい身だから、長時間の拘束がご遠慮願う」
「心得ておりますわ。さあ、参りましょう」
猫をかぶっているプリシアが、城門を通り際に、レオン様は見張りの兵士に視線を向けると、兵士は小さく首を横に振った。
今の合図は、プリシアが何か危険物を仕込んでいたり、魔法を使っていないかを、チェックしたものらしい。
この前の面会で、レオン様はプリシア達のことが信用できなくなっちゃったみたいだから、今回は、ちゃんと準備をしたんだって。
「先に言っておくが、怪しい行動を取れば、然るべき対処を取らせてもらおう」
「あら、私がそのようなことをする人間に見えますか?」
「ああ」
間髪入れずに答えたせいで、プリシアの顔が少し引きつったのを、私は見逃さなかった。
「まあ、いいわ。事前にお話した通り、今日は聖女の結界を見たいだけですから」
「本来なら、外部の人間を聖女の間に入れることは無い。今回は特例ということを、忘れないでいただきたい」
「ええ、もちろん。おかげで、しっかり勉強ができます」
「ねえプリシア。勉強って、本当なの?」
「当たり前よ。お姉様がいないせいで、私は散々なの。これ以上怒られるのは嫌だから、したくもない勉強をすることにしたのよ。保身ってやつよ」
……理解できるような、らしくないような……どっちとも考えられるのが、少しいやらしい。
でも、プリシアがそんなことを思いつくのかな? ギルベルト様でも、そんなことは、思いつくとは思えないんだよね……。
「ここが儀式の間だ。くれぐれも、変な真似はしないように」
「そんなに念を押さなくても、わかっておりますわ」
プリシアは肩をすくめながら、強気な態度を取っていた。
「へえ、この魔法陣……バルバレイシアにいた時と、少し違うのね」
「元々いた聖女の人と一緒にやっているからだよ」
「へぇ……ふぅん……」
随分と、真剣に魔法陣を見ている。本当に、勉強をするつもりで来たのかな。もしそうなら、関心……なんて思っていると、突然部屋の扉が勢いよく開かれた。
「報告します! 大量の魔物がヴァルハザード全域に出現しました!」
「なんだと? だが、魔物は聖女の結界で……」
「それが、聖女様の結界に触れても、消滅しないという報告が!」
ええっ!? それって、少し前にパーティー会場を襲った、特殊な魔物と同じ!? どうして、また……!?
「ちっ……セシリア、俺は兵に指示を出さなければならないから、ここを離れる。お前は、ここで聖女の結界の維持を任せる。間もなくユリアーナも来るだろうから、力を合わせてくれ」
「はい、お任せください!」
「それと、プリシア殿はいち早くこの部屋から出ていき、安全な場所へ」
「わかっております。私だって、自分の身は可愛いですし、大人しくしていますよ。だから、そんな怖い顔をしないでください」
「……ふん」
緊急事態だというのに、やけに落ち着いているプリシアの態度が気にいらなかったのか、レオン様は不満を前面に出しながら、その場を後にした。
「あのパーティーでもそうだったけど、どうして結界を魔物が耐えられるんだろう……?」
「お姉様の結界が、弱いんじゃないの?」
「そんなことは……絶対にないとは言えないけど、毎日真面目に儀式はしていたんだよ」
「口では何とでも言えるわよ」
「プリシア様、お話もほどほどにして、こちらにお越しください」
「うるさいわね、汚い手で触るんじゃないわよ!」
プリシアは、眉間にシワを刻みながら、兵士の手を勢いよく叩いた。
あなたのことを心配して言ったのに、なんて態度なの!? やっぱり、プリシアはプリシアなのね!
「プリシア嬢。淑女がそのような態度を取ってはいけませんよ」
「っ……!?」
な、なに今の声……頭の中に、直接響いてきた!? それに、なんて冷たいの……もしも、この世に悪魔がいたら、きっとこんな声なんじゃないかと、思ってしまいそうだ。
「話しかけるということは、もういいの?」
「ええ。そろそろ私達も動きましょう」
状況を飲み込めずに困惑していると、プリシアはおもむろに右手を上げ、指を鳴らした。
すると、プリシアの体から紫色の煙のようなものが出てきて、それがマントで全身を隠した、変な人間の姿になった。
な、なんなのあの人……見ているだけで、背筋が冷たくなる。
「私の体で、一々格好つけないでいただける?」
「失礼。これは私の美学による、癖のようなものでして。何事も、華麗で優雅であるべきでしょう?」
「私には、理解が出来ないわね」
「怪しい奴め! 成敗してくれる!!」
私の護衛をしてくれていた兵士が、果敢に斬りかかるが、マントの男に触れる前に、謎の力に阻まれ、弾き飛ばされてしまった。
「城を守る兵士が、この程度とは。だからこの国は、聖女などに頼らないと生きていけないままなのです」
「きゅ、救援を……がはっ!?」
一人、また一人と兵士がやられていく中、私は何も出来なかった。
私にも、聖女以外に力があれば、少しは抵抗できたはずなのに……って、悔やんでいても仕方がない。
とにかく、このことを早くレオン様に伝えないと。人任せになっちゃうけど……きっとあの人なら!
「あら、お姉様。どちらにいかれるのかしら?」
「っ……!?」
気づかないうちに私のすぐ近くに来ていたプリシアは、舌なめずりをしながら、私の頬にそっと触れた。
その間に、マントの男が指を鳴らすと、儀式の間が紫色の結界に覆われた。
「これは……!?」
「この部屋は、私の魔法によって、誰も立ち入ることが出来なくなりました。もちろん逃げることも」
「そんな……!」
「お姉様。もう散々良い思いをしたでしょう? さあ、家に帰る時間よ」
プリシアがニコリと笑うと同時に、私の足元に、小さな魔法陣が描かれた。
「きゃっ!? なにこれ……!」
「拘束魔法よ。これでお姉様は動けないわ」
動けないなんて、そんなわけ……えっ!? 本当に動けない……! これじゃあ、逃げることも、反撃することもできない!
「大丈夫。また、あの素敵な日々に、戻るだけだから。ああ、考えるだけでもワクワクするわ」
「プリシア嬢。お気持ちは大変理解出来ますが、もう一つの仕事を忘れては困りますよ」
「あなた、何をするつもりなの!?」
「この結界を壊すのよ。これがあると、彼が困るみたいだからね」
壊す!? そんなことをされたら、この国は魔物に……!
「そんなこと、絶対にさせないわ!」
「もう、ワガママばかり言って。お姉様はそこで大人しくしていなさい。さあカゲ様、やるわよ!」
「ええ。ここからが本番……崩壊へのレクイエム、その第一楽章といきましょう」
このままじゃ、結界が……結界が無くなれば、レオン様は……ユリウス様は……ユリアーナさんは……みんなは……。
「っ……!!」
ヴァルハザードに来て出会った人達の笑顔が、頭に次々と浮かぶ。
みんな、優しくて良い人ばかりだ。こんな私のことを受け入れて、まるで家族のように接してくれた。
そんな人達が、痛みにもがき苦しみ、大切な人を失い、涙を流す……それが、両親を失ったあの日の自分と重なり、血の気が一気に引いた。
「……い、いやだ……私が何も出来ないせいで、また誰かが傷つくなんて……そんなの、いやだっ! 今度こそ……守るんだっ!」
「守る? あはははっ! 笑わせないでよ、お姉様! あなたに出来るはずないでしょう!? お姉様が出来るのは、私のために死ぬまで働くことだけ! 結果的に、多くの人間を助けられるのだから、良いでしょう?」
「はっ。自分勝手な解釈に捻じ曲げるってのは、ワシの趣味じゃねえな」
絶体絶命のピンチに、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
それから間もなく、ガラスが割れるような甲高い音と共に、儀式の間を覆っていた結界が、粉々に砕け散った。
「ほう……私の結界を、こうも容易く破壊するとは……やはり、あなたは侮れませんね」
自分の結界が破られてもなお、余裕を崩さない彼の視線の先にいたのは……つまらなさそうな雰囲気で煙草に火をつける、ユリウス様だった――
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