第三十六話 陰謀と策略
■プリシア視点■
お姉様と面会をした翌日、さっそくヴァルハザードの王家から返事が来たのだけど、そこに書いてあった内容に、私は苛立ちを抑えきれずにいた。
「こっちと向こうを行き来するって……どういうことよ!」
向こうが提示してきたもの。それは、生活は向こうでするけど、定期的にお姉様がこっちに来て結界を張りにくるというものだった。
確かにそれなら、問題は解決するかもしれないけど……私が望んでいるのは、昔のような生活だ。
なのに、この方法では……結局、お姉様があの根暗な王のものというのは変わらないから、都合よく利用できないわよ!
「こんな中途半端な提案、納得できるわけないわ!」
「ワガママを言うな! これで騒動が治まるのなら、安いものだ!」
「ふざけないでよ! 嫌なものは、嫌なの! 私はこんなに頑張っているのに、どうして私のお願いを聞いてくれないの!?」
「元はと言えば、プリシアの結界が役に立たなくて起こった騒動なのだぞ! それなのに、くだらないワガママで僕の国を潰す気か!?」
「はぁ!? なんで私のせいなのよ! 全部お姉様のせいだから! ていうか、何かあったら、あなたが王子として、責任をもって事態を収束させるものだって、何回言わせんの! それが出来ないってことは、あなたのせいでもあるってことじゃない!」
「おやおや……これは随分とタイミングが悪かったようですね」
聞きなじみのない声が聞こえた私達は、声のした方に視線を向けると、そこにはあの発言をした、兵士が立っていた。
……ちょっと待って。いつからここにいたの? ついさっきまで、私とギルベルト様しかいなかったのに。
「想い人同士のお話中に割って入ってしまったこと、心よりお詫び申し上げます」
「何者だ!? 兵士の分際で、口出しをするな!」
「お怒りはごもっとも。ですが、私もその話し合いに参加させていただきたいのです。なに、悪いようにはさせません」
兵士は、不敵な笑みを浮かべながら、パチンっと指を鳴らす。
すると、兵士の体から紫色の煙みたいのが出てきて……それが、マントで全身を隠した、人間の形になった。
「な、なにこれ……魔法!?」
「ふふっ……ええ。人体を乗っ取り、自在に操る魔法でしてね。あなた方には、是非セシリア嬢を取り戻していただきたく、馳せ参じた次第です」
なんなの、こいつ……怪しさしかないんだけど!?
「こいつ、絶対危ない奴に決まってるわ! 誰か、こいつをボッコボコに……」
「まあまあ、せめて私の話を聞いてからでも、遅くはないでしょう」
「貴様の話だと? ふん、我が城の兵士に憑依する時点で、貴様はただの不審者だ! ただでさえ、僕はこの国のことで手一杯なのに、これ以上厄介ごとを持ち込むな!」
「ふむ。では、まずはしっかり自己紹介をして、信頼を勝ち取った方がいいでしょうね」
そう言うと、マントの男は静かにフードを取る。
そこにあった顔を見て、ギルベルト様は目を丸くさせた。
「バカな!? 貴様は……いや、貴殿は、とうの昔に死んだはずじゃ……!?」
「ふふっ、色々ありましてね。これで、私のことを信用していただけますか?」
「あ、ああ……わかった。いや、わかりました」
「えっと……誰?」
話についていけていないでいると、ギルベルト様はこっそり耳打ちして教えてくれた。
その正体を聞いて、さすがの私も驚きを隠せなかった。
「いやいや……はぁ!? なら、こいつはオバケってこと!?」
「当たらずとも遠からずですね。まあ、私のことなど些細なことです……ああ、私のことは、カゲとでもお呼びください。実名を知られると、少々面倒ですので」
「……わかりました。僕達に正体を明かしてまで近づいてきた、貴殿の目的はなんなのですか?」
「ヴァルハザード王家の滅亡」
「王家の滅亡って……」
「そのために、つい最近も活動したのですけどね。残念ながら失敗し、駒をいくつか失ってしまいました。人間など、いくらでも補充は出来ますが、魔物を失ったのは痛かった」
「そういえば、詳しい情報は仕入れていないが……少し前に、ヴァルハザードで行われたパーティーに、魔物が侵入したそうだ。もしかして?」
ギルベルト様の問いに、カゲは小さく頷いた。
私が対応に追われている間に、そんなことがあったなんて、全然知らなかった。
ふんっ、そのまま魔物に襲われて、私みたいにケガをすればよかったのに!
「それで、あなたの野望と、我々に一体何の関係が? 今この瞬間も、この国は魔物の脅威に晒されている! 放っておけば、僕の国は滅びてしまうのですよ!」
「関係はあります。あの聖女が、ヴァルハザードにいては困るので、是非あなた方に引き取ってもらいたいのですよ。そうすれば、あなた方の問題も解決できるでしょう?」
「そうしたいのは山々よ。でも、どうやってお姉様を私のものに戻すか……」
「簡単ですよ。奪えばいい」
はぁ? そりゃ、口でいうのは簡単だけど……今のお姉様は、ヴァルハザード王家に守られている。
そこから奪うだなんて、疲弊したバルバレイシアの兵では、無理な話よ!
「おや、どうしてそんな間抜けな顔を? 欲しいものがあれば、殺してでも奪い取る……それは、自然の摂理でしょう? ああ、もちろん方法は考えていますよ。これをご覧ください」
再び指を鳴らすと、私とギルベルト様の前に、小さな魔法陣が描かれた。
「それに触れてみてください。なに、危険は……ありませんから」
少し怪しいけど、とりあえず言われた通りに魔法陣に触れると、私の頭の中に、カゲが考えた作戦が一気に流れ込んできた。
「なるほど、この方法なら可能性はあるかもしれない……」
「一つ、質問いい?」
「ええ。なんでしょう?」
「こんなことをするなら、別に私達と手を組む必要なんて、ないんじゃないの?」
「それはごもっとも。その理由につきましてですが……私の体は既に滅んでしまっており、魔力だけが動いている状態です」
魔力体……? 確かにそれなら、ある意味オバケみたいなもの……なのかしら?
「この状態で国に潜入すれば、魔法に精通している人間に、簡単に気づかれてしまう。しかし、この作戦を決行するには、私が現場に居合わせなければなりません」
「なるほど……そこで、自然とヴァルハザードに向かう理由があり、怪しまれにくい我々に目をつけ、交渉を持ちかけたということですね」
「話が早くて結構。さあ、私のことも、作戦も話しました。そのうえ、私は一度あなた方を助けている……これなら、信用できるでしょう?」
「一つお聞かせください。僕達に、そこまで情報を提供する必要があるのですか? 僕達が裏切り、情報を漏らす可能性もあるでしょう?」
「お友達に、隠し事となんて出来ませんよ。それに、どれだけの情報を出しても、貴殿らが達成できるものなど、たかが知れておりますので。ふふふふっ」
なによ、オバケもどきのくせに、バカにしちゃって! イライラするわ!
「貴殿の話を聞く限りでは、我々の利害は一致していると見える。まさに、渡りに船と言えるだろう。ぜひ手を組ませていただきたい。プリシアも、それでいいな?」
「……ええ、お姉様を取り戻せるのなら、なんだって構わないわ!」
提示されたやり方は、かなり強引なやり方なのは否めない。多かれ少なかれ、犠牲者は出るでしょうね。
でも、誰が傷つこうとも、私には関係ない。だって、おかしいじゃない。私は、こんなに傷だらけになって、たくさん非難されても頑張ったのよ? なら、他の奴らも同じ様に傷つけばいいのよ。
「ただ、お願いごとが。作戦を決行する際に、私はプリシア嬢の中に入らせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「……それって、大丈夫なのかしら? それに、どうして私なの?」
「あくまで、気づかれないようにあなたの中に隠れるだけですよ。聖女の魔力は特別で、私の魔力を覆い隠し、気づかれないようにしてくれます。ああ、体の主導権は、常にあなたのものですので、ご安心を」
「……気持ち悪いですけど、仕方がないわね。それでお姉様を取り戻せるなら、安いものだわ」
「ありがとうございます。ああ、もう一つ協力していただきたいことがありました」
「まだあるの? 次から次へと……」
「実は、今回の作戦をするにあたって、あなたの魔力を少し分けていただきたい」
「魔力? どういうことかしら?」
「今の私の魔力では、この作戦を決行したら、全て使い果たしてしまい、消滅してしまう可能性があります。道半ばで倒れてしまっては、元も子もないでしょう?」
なによそれ、情けないわね。そこは、レディの手を煩わせることは、男として出来ないくらい言いなさいよね。
「それに、私の作戦は、聖女の結界に細工をする必要があります。それを行うには、聖女の魔力が無いとできません」
「どういうことかしら?」
「聖女の結界は、外からの干渉を受けず、聖女に強く反応します。強くするのも、破壊するのも、聖女次第。しかし、それはあくまで聖女の魔力だけが関係している。つまり、聖女本人ではなくても、聖女の魔力があれば、破壊は可能なのです」
へぇ……破壊なんて、考えたこともなかったから、知らなかったわ。
てっきり、聖女の結界って、放っておいて勝手に消えるのを待つしか、消す方法は無いと思っていたわ。
「それは、どれくらいの量なの?」
「具体的な量の提示は出来かねます。聖女の魔力は特殊なので、一般人よりも必要数は少ないでしょうが……規模が規模なので、数日は動くのが困難にはなるかと」
「なによそれ、本当に大丈夫なの!?」
「ご心配なく。あなたの命を奪うほどのものではありません。万が一約束を破った際には、私を殺していただいて構いません」
「オバケもどきをどうやって殺すのよ!」
「プリシア。まさか、断るつもりじゃないだろうな? 僕の婚約者として、この国を守る責務があるということを、忘れるな!」
なにが責務よ、バカバカしい! 他人事だと思って押し付けるところが、本当にムカつく!
そもそも、私は、この国がどうなろうとも、知ったことじゃないわ!
ただ……この国が滅んだら、誰も私のことを褒めてくれなくなっちゃうのも事実……それは、私の望む未来じゃない。
「わかったわよ、やってやろうじゃない! これも全て、お姉様を取り戻すためよ!」
「あなたのご決断に、深い感謝を。では、私は準備がありますので、失礼します。また明日、お伺いいたします」
カゲが指を鳴らすと、まるで煙のようにその場から消えていった。
……少し不安だけど、これもあの素敵な日々を取り戻すため。首を洗って待っていなさい、お姉様!
「……ここまで都合よく、掌のひらの上で転がってくれるとは……用済みになった暁には、バルバレイシアもこの手に……まあ、私が何をしなくても、こんな国に未来はないでしょうがね……ふふふふっ……」
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