第三十二話 地獄と化した祖国
■プリシア視点■
「ああ、プリシア様! やっとお目覚めになられたのですね!」
目を開けると、そこには嬉しそうに目を輝かせる、使用人の姿があった。
まったく、朝から騒がしいわね。別に、私がいつ起きようが、私の勝手――
「いたっ……!?」
「ああ、まだ無理に動かれない方がいいですわ」
「なんで、こんなに体が痛いの?」
「覚えていらっしゃらないのですか? プリシア様は、魔物に襲われて……」
魔物……あっ、そうだった! 国中に魔物が現れて、大変なことになっていたんだっけ!
「魔物はどうなったの? 当然、ギルベルト様がなんとかしたのよね?」
「ええ、その場はとりあえず……しかし、今は……とにかく、ギルベルト様をお呼びしてまいりますので、お待ちください」
使用人は、何か引っかかるようなことを言い残して、部屋を去っていった。
「一体何なのよ……えっ、これって……」
何気なく窓から外を眺めると、あちこちから煙が上がっているのが見えた。
それに、ここから見える王都や、城の中庭まで、かなり荒らされていた。
「こんなことって……私の結界があるはずなのに、どうして……!?」
「プリシア! 目を覚ましたのか!」
バンっと勢いよく開いた扉の向こうには、苛立ったギルベルト様の姿があった。
てっきり、私が起きたことを喜び、愛の言葉を言うと思っていたけど、私の顔を見た途端、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「貴様が呑気に眠っている間に、この国は大変なことになったんだぞ! 責任を取れ!」
「な、何よいきなり! 普通、目が覚めて良かったとか、体は大丈夫かとか、聞くものじゃないの!? 私、あなたの婚約者なのよ!?」
「そんなことなど、今はどうでもいい!」
「ちょっ、怪我してるのに引っ張らないでよ! ていうか、ちゃんと説明しなさいよ!」
「聖女の結界が完全に消え、魔物の被害が甚大になっている! 地域によっては、ただの瓦礫の山になり、住民は全滅している!」
窓から見えた景色からして、酷い状況なのは薄々勘づいていたけど、そこまで酷いの!?
「なんでそんな大惨事になっているのよ! 魔物なら、兵士でも使って何とかしなさいよ!」
「聖女の結界があったから、兵士はろくに訓練を積んでいない! くそっ、どうして父上の意識が無い時に、こんな大事件が……これでは、僕が責任を取らされる可能性がある! お前だって、このままでは誰からもチヤホヤされなくなるんだぞ!」
「それは嫌だけど、だからって……」
「いいから、早く来い!」
「い、痛い! 痛いっ!!」
体中に走る激痛に悶えながら、半ば無理やり聖女の間へと連れていかれる途中、城の外から大きな声……いや、怒号が聞こえてきた。
「魔物をなんとかしろー!!」
「死んだ父さんと母さんを返せー!!」
「聖女は何をしているんだ!!」
「聖女も王家も、この国を亡ぼす気か!!」
今まで、散々私の恩恵を受けていた連中が、掌を返したかのように、罵詈雑言を飛ばしている。
誰のおかげで、今までずっと平和に暮らせていたと思っているの? 私がいなければ、こんな連中なんて、一瞬で魔物の餌になっているのに! ああ、イライラする!
「ちっ……うるさい愚民共が。誰か! 奴らを黙らせてこい!」
「しかし、彼らの声ももっともですので……これ以上刺激をすれば、内乱が起こる可能性も……」
「そんなの、貴様らが何とかしろ! 僕は忙しいんだ!」
使用人に怒鳴り声をあげていると、傷だらけの兵士がやってきた。
「ギルベルト様! ただいま、第三部隊が全滅したとの報告が……! 第六、第七部隊も、ほぼ壊滅状態と……!」
「くそっ、被害がどんどんと広がる……各国への支援要請はどうなっている!」
「現在、三つの国から物資、および人員の支援が送られております! しかし、このまま長引けば、いずれは……」
「貴様に言われなくても、わかっている! これから、プリシアに結界を張らせる! さあ、いくぞ!」
「きゃあっ!」
私の腕を乱暴に掴んで、再び歩かされると、次々と負傷者が医務室に運び込まれる光景を目にした。
通り道だったから、こっそり医務室をのぞいてみると、そこには、多くの兵士が血まみれで倒れていて、回復魔法が使える魔法使いの治療を受けていた。
そこら中からうめき声が聞こえ、血生臭い異臭が鼻を突く……まるで、この世の地獄みたいな光景だった。
「見ろ、プリシア。これが、貴様の怠慢が招いた結果だ! これよりも多くの人間が、わが国で被害に遭っていることを、肝に銘じろ!」
「私一人のせいにしないでくれない!? あなただって、王子として国を守る責任があるんでしょ!?」
「僕のせいだと言いたいのか!? それが、愛を誓い合った人間に言う言葉か!?」
「その言葉、そっくりお返ししてやるわ!」
「ちっ、生意気な女め……少し顔がよくて、聖女の力と愛嬌があると思っていたが、完全に騙されたな……」
ああ、もうっ! 私だって、もっと優しい人だと思っていたのに! こんなに醜い人間だったなんて! 愛なんて、すっかり冷めちゃったわよ!
……でも、こいつと別れたら、妃になってチヤホヤされるチャンスを逃してしまうし……我慢しなくちゃ。
「今に見てなさい……いつか、必ずギャフンと言わせてやる……」
「なにをブツブツ言っている?」
「なんでもないわよ!」
ギルベルト様にイライラしながら、聖女の間にやってきた私は、聖女の結界を張るが、どうにもおかしい。
なんていうか、手ごたえを感じないというか……結界に力を感じない。
「どうして……私は、今まで通りにちゃんとやってるのに!」
「貴様の自己評価なんて、どうでもいい! 貴様がやるべきことは、一刻も早く魔物をどうにかして、僕の国を守ることだ!」
「なんでそんなことを言うの!? 前のギルベルト様なら、もっと慰めてくれたのに!」
「慰められたいのなら、相応の成果を出せ!」
「上等よ! そこで私の活躍を見ていると良いわ!」
売り言葉に買い言葉の応酬をしてから、再び聖女の力を使うが、やっぱり結果は変わらなかった。
「なんで……なんでよ! ちゃんと発動しなさいよっ!!」
極限まで集中して、体中から脂汗が流れるほど力を込めても、今までのような結界が張れない。
一体、どうしてこんなことになってしまったのか。
こうなったのは、お姉様がいなくなってからすぐ……なら、お姉様がいなくなったことが関係している?
「お姉様……そうか、わかったわ! 私は、今までずっとお姉様と儀式をしていた。だから、知らないうちに、この魔法陣は私達二人が揃っていないと、正常に起動しないんだ!」
聖女の力を使うための魔法陣は、とても精密なものだ。いくら儀式の主である私がいたって、少しでも変化すれば、いつも通りというわけにはいかない。
あんな無能がいなくなるだけで、こんなに早くにほころびが出るだなんて、思いもしなかった。
でも、早いうちに気づけたのは、さすが私ってところね! それに、これで私の力が悪いってわけじゃないのがわかったわ!
「なら、早くセシリアを連れ戻さないといけないのか。すぐにヴァルハザードに向かい、セシリアを連れ戻すぞ!」
「言われなくてもわかっているわよ! 待ってなさい……すぐに連れ戻して、一生私の元で働いてもらうんだから!」
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