第三十一話 帰りたくない……
レオン様と一緒に釣った魚を食べた後、私達は童心に帰って、色々なことをして遊び続けた。
そんな楽しい時間は、あっという間に過ぎていき――気が付けば、森の中は暗くなっていた。
「セシリア、そろそろ迎えの馬車が来る頃だ」
「そうですね……」
いつの間にか、今の呼び方に戻してしまったレオン様の言葉に、私は顔を俯ける。
楽しい時間が、間もなく終わってしまう。この時に感じる、言葉ではうまく言えない寂しさは、いまだに慣れる気配がない。
でも、あの時と違うことはある。私は、これからもレオン様と一緒に過ごせるし、時間が合えば、こうして遊びに来られる。だから……寂しくない。
「……はぁ」
わかっている……はずなのに。そう簡単には自分を納得させることは出来なかった。
「もうちょっとだけ……帰りたくないな……」
「セシリア?」
「あっ、いえいえ! なんでもないです!」
レオン様の呼びかけに、咄嗟に私は誤魔化した。
仕事が減ったとはいえ、それでも激務なレオン様の時間を一日もらって、まだ足りないなんて……高望みしすぎだよね。
とても素敵な時間を過ごせて、昔のことも知れたんだから、これ以上は……我慢しなきゃ。
「レオンハルト様、お迎えに上がりました」
「ああ、ご苦労だった」
「すぐに出発したいのですが、これを預かっておりまして」
御者は差し出したのは、小さな紙切れだった。
「ん? これは?」
「ユリウス様から、お預かりしたものでして。帰る前に、これを見せてやれとのことです」
「俺に伝言か? もう少し、なんとかできたと思うのだが……叔父上らしい」
あはは……確かに、伝言を伝えるのに、どう見ても適当に破った、小さな紙切れを使うのは、ユリウス様らしい。
「えっと……聖女と王は、高いところが好き? こ、これだけ?」
「そのようだな」
何か紙に仕込んであるのかと思ったけど、どう見てもただの紙だ。
あのユリウス様が、こんな意味の分からないことを……うん、ちょっぴりやりそうだなぁって思っちゃった。
「帰る前に渡すように言ってきたってことは……なるほど、そういうことか」
「なにかわかったんですか」
「ああ。叔父上のお節介の意図がな。すまないが、ここで待機してもらっても構わないか?」
「もちろんです。ごゆっくりどうぞ」
「感謝する。セシリア、じっとしていろ」
なにがなんだかわからないうちに、レオン様は私をお姫様抱っこすると、この森で一番の大木に、太い枝から枝に飛び移り、上に昇っていく。
「きゃあ!?」
「喋るな。舌を噛んだら大事だ」
ギュッと口を押さえる私は、真剣な顔で登っているレオン様の顔を、間近でじっと見つめていた。
カッコいいなぁって思うところもあるけど、所々に子供の頃の面影があって、なんだか懐かしい気持ちになる。
「ついたぞ」
「わぁ……すごい、満天の星空……!」
「聖女と王は、高いところが好き……つまり、俺達に一番高いところに行けということだったんだ」
「ユリウス様が、私達のために?」
「さあな。少なくとも、叔父上がこんな場所に行くようにと言うほど、ロマンチストとは思えない。もしかしたら、ユリアーナの差し金かもしれない」
もう、二人共……どこまでも優しいんだから。
「せっかくだ。少し眺めてから帰るとしよう」
「そうですね」
満天の星空を眺めながら、私はふと昔のことを思い出した。
レオン様と一緒に遊んだ時にも、こうして星を眺めたことがあった。
あの時は、木の間から見える、僅かな範囲だったが、森の外に出たことがなかった私は、森の外にはキラキラ輝く世界が広がっているんだと感じた。
そんな世界にいるレオン様が、羨ましく思ったっけ……。
「綺麗ですね……」
「ああ」
「レオン様がいなければ、こんな素敵な景色を見ることは、出来なかったと思います」
「そんなことはないだろう。お前が大きくなれば、おのずと森を出る機会はあったはずだ」
「それは、そうなんですけど……そうなった時の空と、今の空は……きっと違うと思うんです……あっ! 流れ星!!」
私が声を上げてから間もなく、流れ星はどこかへと行ってしまった。
せっかくお願いをするチャンスだったのに……もったいないなぁ。
「気落ちするには早いようだ」
「えっ? え、えぇぇぇぇぇ!?」
さっきのが一つだけだと思ったら、どんどんと流れ星が流れていく。
「流星群か。これは良いものが見れたな」
「これが流星群……! なんて神秘的で美しい……そうだ、お願い事をしなきゃ!」
私は、少しでもたくさんお願いをするために、たっぷりと息を吸い込んだ。
「えっと、レオン様と幸せになれますように! レオン様が幸せになれますように! ユリウス様とユリアーナさんが健康で元気に過ごせますように! 国の繁栄と、民の平和が守られますように! それから、それから……」
強欲にたくさんのお願いをしている間に、流星群は全てどこかに行ってしまっていた。
あと一個だけ、お願いがあったから……もう見えないけど、お願いするくらい良いよね?
「…………」
――レオン様と愛し合って結婚して、二人で笑いが絶えない家庭にして、子供も作って、世界一幸せな家族になれますように。
「これでよしっと」
「二人は、これを見せたかったのかもしれないな」
「ですね。あとでお礼しなくちゃ」
「さて、名残惜しいが、これ以上待たせる訳にはいかない。飛び降りるぞ」
「えっ、飛ぶって、本気……きゃあああああ!!」
見上げるくらいの高い巨木から飛び降りるだなんて、初めての体験だよぉぉぉぉ!! こんなの、落ちたら死んじゃうよぉぉぉぉぉぉ!!
「……っと。ついたぞ」
「天国に? 地獄に?」
「よくみろ」
レオン様に促されて周りを見ると、無事に大木の根元に帰ってきていた。
あぁ……よかったぁ……レオン様がいたとはいえ、さすがにあれは心臓に悪いよぉ……。
「おかえりなさませ。お疲れのようなので、すぐに出発しましょう」
私は、リードされながら馬車に乗ると、隣にレオン様が腰を下ろした。
「そうだ、帰る前に聞きたかったんですけど……子供のあなたと別れる時に、何かを言いかけてましたよね? 再会のときに話すって言ってましたけど……あれってなんなんですか?」
「……忘れた」
「え~!? 絶対嘘ですよ! あれだけ覚えておいて、そこだけ忘れるのは変です!」
「忘れたものは、忘れたとしか言えない」
「そうやって、昔から変なところで頑固ですよね! とぼけ続けるなら、この手は放しませんから!」
「勝手にするといい」
「ふんっ、勝手にしますよーだっ……ふふっ」
少しだけほっぺを膨らませながら、ブイッとそっぽを向いた私は、大好きな人とこんなやり取りができることが嬉しくて、自然と顔がほころんだ。
やっぱり、レオン様と笑って、一緒に過ごせるのは、本当に幸せだ。
これからも、こんな時間が続いて、一緒に笑っていたいなぁ――
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