第三話 今度こそ頑張れる
「ま、魔物!?」
くっ……やっぱりこの辺りは、聖女の力が弱くて、魔物の活動が活発な地域なんだね。
今すぐに、私の力で魔物をどうにかしなければいけないけど……結界を張る力は、いつも準備をしてから行う。それを省いて力を使っても、成功する保証がない。
「けど、やるしかないよね!」
私は、急いで馬車から降りる。すると、そこにいたのは、狼のような魔物である、デビルウルフの群れだった。
――こうして魔物を前にすると、昔のことを思い出して、体が震える。
でも、私は聖女として、民を守る責務がある。逃げるわけには……いかないの!
「デビルウルフか。問題ない。セシリア、ここで大人しくしていろ」
レオン様は、私の前に立つと、腰につけた鞘から、剣を抜いた。
剣を抜いたレオン様の背中は、とても大きくて頼もしく思う反面、背筋が冷たくなるような、威圧感を感じた。
「えっ……?」
――それは、文字通りの一瞬の出来事だった。
レオン様が剣を一振りした瞬間、馬車を囲んでいたデビルウルフ達が、まるでハサミで紙を切ったかのように、簡単に切り裂かれ、その命を終えた。
「す、凄い……!」
社交界で噂は聞いていたけど、まさかこんなに強いなんて。さすが、歴代最強の騎士って言われるだけは――
「……あれ?」
なにかガサガサと音が聞こえたと思った瞬間、茂みの中からデビルウルフが飛び出してきて、御者に襲い掛かった。
「危ない!」
私は、咄嗟に御者を突き飛ばして、デビルウルフの前に転がり込むと、そのまま聖女の力を使って、私の前に純白の結界を張る。
その結界に触れたデビルウルフは、悲鳴を上げる間もなく、煙のように蒸発していった。
「ふぅ、よかったぁ……これくらいの規模の結界なら、準備が無くても、なんとかなるみたい」
「いたた……はっ! レオン様、お怪我は!?」
「問題無い。それよりも、二人こそ怪我は?」
「ワタクシは、彼女のおかげで怪我一つしておりません」
「私も大丈夫……ごほっ、ごほっ!」
「どうした。大丈夫か?」
「い、いつものことですから……ごほっごほっ……」
聖女の力を使った影響で、再び強い空腹に襲われると同時に、胸が苦しくなって、咳き込んでしまった。
しかし、幸いにも、今回はそれほど酷いものではなかったのか、すぐ収まってくれた。
もしかしたら、収まるまでレオン様が背中をさすってくれたおかげかもしれないね。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「本当か?」
「本当ですよ! ほら、見てくだ――いたっ」
立ち上がって、元気な姿をアピールしようと思ったら、膝に鈍い痛みが走った。確認をしてみると、膝がすりむけていた。
多分、御者を助けた時に、すりむいちゃったのかな。
「…………」
「あっ、えっと! これくらい、全然平気ですから! 放っておけば、勝手に治りますし!」
何も言わずに、ただじっと私を見つめるレオン様に、心配をかけないように明るく振舞っていると、レオン様は、急に馬車の中に戻っていった。
それから間もなく、レオン様は水筒とハンカチを持って戻ってきた。
「染みるが、我慢しろ」
「えっ? きゃっ……」
レオン様は、私の膝に水をかけて綺麗にしてから、慣れた手つきでハンカチを膝に巻いてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「礼には及ばない。彼を助けてくれた借りを返しただけだ」
「そうだとしても、私は嬉しいんです。だから、ありがとうございます」
今までずっと、何をしてもありがとうの一つすら返ってこなかった。
だから、どんな考えがあったとしても、こうして良くしてもらえるのが、とっても嬉しいんだ。
「……そうか。しかし、どういうことだ? 本来、聖女の力を使うには、綿密な準備と、儀式が必要なのだろう?」
「私もそう思っていたんですけど……これくらいなら、なんか出来るみたいです。えへへ……」
「お前、まさか……何の確証もなく、飛び込んだのか?」
「あ、えっと……あ、あはは」
なんとか笑って誤魔化そうと思ったけど、レオン様には全く通じていなかった。
「うっ……心配をかけて、ごめんなさい……」
「…………心配、ではない。お前には、これから祖国の聖女として働いてもらうのに、その前に怪我をされるのは困る」
「あっ……言われてみれば、その通りですね!? 次から気をつけますっ!」
「わかればいい。絶対に無理はするな」
はぁ、そうだよね……これから、レオン様の国の聖女として働くのに、こんなところで怪我なんてしたら、迷惑をかけちゃうよ。
「馬車に乗れ。出発するぞ」
レオン様の手を借りて馬車に乗ると、再び目的地へ向かって動き出す。
「…………」
「…………」
どうしよう、あれから全然視線を向けてくれなくなっちゃったよ……絶対に怒ってるよね、これ。
「あの、レオン様……ごめんなさい」
「……?」
「なんだか、怒っているように見えたので」
「怒ってなどいない。反省をしていただけだ」
「反省……ですか? レオン様の剣は、凄かったですし……反省をすることなんて、無いと思いますよ?」
「……そうか」
その言葉を最後に、レオン様はまたしても黙ってしまった。
うーん、やっぱりまだ、レオン様との間には、壁を感じる。
これじゃいけないよね。仲良くなりたいのはもちろん、助けてくれたレオン様に、ちゃんと恩返しがしたい。
――それに。
「……今度こそ、頑張れるかもしれない」
私は、一度心が折れてしまい、祖国で聖女の務めを続けることが出来なくなった。
でも、彼と一緒なら……聖女として、もっともっと頑張れる気がするの。
そう思う根拠は、どこにもないけど……なぜか、大丈夫だと思える確信があった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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