第二話 私には勿体無いごちそう
――結婚。
その言葉に、会場がざわめきに包まれていた。
それも、無理はない。だって、私とは何の接点もない外国の王様が出てきて、とんでもない発言をしたんだから。
かくいう私も、混乱しすぎて、体がカチカチに固まったまま、レオンハルト様を見つめることしか出来なかった。
「おや、これは中々面白いことになったものだな」
「ギルベルト殿、ご無沙汰している。突然の申し出に驚かれたことだろうが、俺は本気だ」
「取り付く島もないとは、このことか。しかし、氷の騎士と呼ばれ、多くの人間に恐れられている孤高の騎士が、一体どのような風の吹き回しで?」
「貴殿には、関係のないことだ。俺が求めているのは、彼女のことへの返答だけだ」
「……相変わらず、愛想が無い男だ。ああ、構わないよ。僕としても、プリシアと結婚できるからね。ぜひ連れていくと良い」
ギルベルト様の許可が下りた瞬間、ずっと関与してこなかった義両親が、満面の笑みでレオンハルト様のもとへとやってきた。
「レオンハルト様! この度は私達の自慢の娘を貰っていただき、ありがとうございます!」
「我が一族が、あなた様に認めてもらえるなんて!」
……普段から、私がどれだけつらくても、苦しくても、一切心配してくれず、娘のプリシアだけを溺愛して、私を虐げていた義両親が、今日は随分と積極的だ。
大方、私を外国の王族に嫁がせて、後のための繋がりを作っておきたいってところかな?
こういうのもなんだけど、やってることがちょっと汚い。私が苦しんでるのだって、元々は彼らのせいなのに。
「皆様! 色々とお見せしてしまいましたが……ここからは、嬉しい知らせです! 我が愛しの聖女、プリシアは今年で十六歳になり、結婚が出来る歳になりました。よって、私は彼女と婚姻を結ぼうと思います!」
二人を祝福する声が、会場中に響き渡る。
……さすがに、その早さは予想外だったかも。仲良しなのは知ってたけど、私の婚約破棄から、まさにトントン拍子だね……。
「許可は貰った。これ以上の長居は無用だ。行くぞ」
「あっ……!」
レオンハルト様に手を優しく引っ張られた私は、そのまま外に出て、馬車に乗りこんだ。
「えっと、どこに……?」
「このまま、我が祖国、ヴァルハザードへと案内する」
「ええっ!? あ、あの……」
「衣食住は全て完備している」
「ありがとうございます。でも、そうじゃなくて……大切なものを取りに行きたいので、一度お城にお願いできませんか?」
「ああ、問題無い。城なら通り道だ」
「ありがとうございます!」
通り道……というには、少し時間がかかった気がするけど、無事にお城の自室に戻ってきた私は、お気に入りの服とぬいぐるみ、そして……思い出の木刀を持った。
「お待たせしました。行きましょう!」
「ああ」
レオンハルト様の、あまりにも自然なリードで、なんなく馬車に乗りこむと、カタカタと音を立て始めた。
このまま、知らない国に行くのね……祖国を出たことがないから、どんな場所なのか、想像つかない。冒険みたいで、ちょっぴりワクワクしちゃうかも?
こんなことを思えるのは、祖国の聖女という肩書が無くなって、肩の荷が下りたからかもしれないね。
――そんなことを思いながら、馬車に揺られていたのだけど……。
「…………」
「…………」
ぜ、全然会話をする流れにならない! 噂には聞いていたけど、本当に口数が少ない人なんだね!
でも……不思議と、彼と一緒にいると安心する。なんでだろう?
「…………」
安心するとはいえ、ずっと黙っているのは、ちょっぴり気まずい。レオンハルト様が会話が苦手だとしたら、私の方から、話を振ったほうがいいよね?
「あ、あの……レオンハルト様」
「レオンでいい」
「えっ?」
いやいや、一国の王様を相手に、まるで友達みたいな愛称は、さすがにどうかと思うんだけど……。
「聞こえなかったか?」
「いえっ! レオン様……!」
やや急かされる形ではあったけど、言われた通りに名前を呼ぶと、彼は満足そうに、小さく頷いた。
「なんだ」
「あの、どうして助けてくれたんですか?」
「……助けたわけではない」
一瞬だけ視線を逸らしたレオンハルト様……じゃなくて、レオン様の口から出た言葉は衝撃的なものだった。
「まずは結論から話そう。俺達は政略結婚だ。愛のある結婚ではない」
まあ、そうだろうとは思っていた。いきなり会って、好きだから結婚してくれ! なんてありえない。
でも……なぜか、胸の奥が、ちくりと痛んでいた。
「我が国は年々結界が弱まり、魔物による被害が増えている。そんな中、聖女のお前が婚約破棄をするところを目にし、チャンスと思って話を持ちかけた」
あれ? 確か、ヴァルハザードにも聖女っていた気がする。
「働いた分の見返り……衣食住は当然として、欲しいものがあれば、可能な限り叶えよう。もしも、他に好きな人間と出会えたら、離婚をしても構わない」
聞いている限りだと、むしろ私にかなり有利な気がする。
それに、話し方に悪意を全く感じないし……信じてもいいかもしれない。
「信じられないか? なら、誠意を見せよう。今、欲しいものはあるか?」
「欲しいもの……」
ぐぅぅぅぅぅぅ~~~~~……
「うひゃあ……!」
私の盛大なお腹の音が、レオン様に聞かれてしまった。
は、恥ずかしいよぉ……! 顔から火が出ちゃいそう……!
「ここで待っていろ」
レオン様は馬車を降りて、どこかへと行ってしまった。
ここ、まだ森の中だし、結界が弱い地域だから、魔物に襲われるかもしれないのに……。
そんなことを思っているうちに、レオン様はたくさんの果物を持って戻ってきた。
「うわぁ、おいしそう……これ、大好きなんです!」
「そうか。運がよかったな」
目の前にある果物の山に、ごくりと喉を鳴らしていると、レオン様は剣を軽く振る。
すると、果実が食べやすいサイズに切り分けられた。
今のって……魔法? 剣技? わからないけど、とにかく凄いのはわかるよ!
「好きなだけ食べろ」
「い、良いんですか?」
「ああ。余らせる方がもったいない」
「で、では……」
聖女なんだから、はしたない真似はしないように。
そう思って、一口でやめようとしたのだけど……大好きな果肉の甘みが広がって……手が止まらなくなり、自然と涙が流れた。
「おいしい……ぐすっ、こんなおいしいの、食べたことがないよぉ……聖女として、はしたないのに……食べちゃ、ダメなのに……止まらない……」
「いつも、お前は我慢していただろう」
「えっ……?」
「社交界で見ていた。お前は、いつも無理して笑い、迷惑にならないように振舞い、我慢していた。ここで、そんなものは不要だ。いいから食え」
「っ……! う、うぅ~~~!! おいひぃ……私、ずっとずっとお腹がすいてて……もぐもぐ……ぐすっ」
食べても食べても、お腹は満たされず、お腹の虫はもっと寄こせと鳴き続ける。
でも、心はちょっぴり満たされた気がするの。
「……こっちを向け」
レオン様は、綺麗なハンカチを取り出すと、私の涙でべちょべちょの顔を拭いてくれた。
「泣くな。食うことに集中しろ」
「ぐすっ……ふぁい……ひっぐ……もぐもぐ……うえぇぇぇえん……」
「だから泣くなと……まったく、器用だな」
私もそう思う。でも、自分でもどうしようもできないくらい、感情がグチャグチャで。それくらい沢山おいしいものを食べられたのが嬉しかった。
「少しは満足したようだな。顔色も、幾分かよくなった」
「はい、おかげ様で! ありがとうございます、レオン様!」
「……ああ」
深々と頭を下げてから、笑顔でお礼を伝えたんだけど、レオン様は視線を逸らしてしまった。
ん~……悪い人じゃないんだけど、人付き合いが苦手なのかな?
政略結婚とはいえ、これからは一緒にいるんだから、もっと仲良くなりたいなぁ。
――なんて思っていると、突然馬車が大きく揺れた。
「きゃあ!!」
大きな揺れで、馬車の外に投げ飛ばされそうなところを、レオン様が抱き寄せてくれて、難を逃れた。
「どうした。なにがあった?」
「ま、魔物の襲撃ですっ!! 完全に囲まれてしまっております!」
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