第一話 ボロボロの聖女
「ぜぇ……ぜぇ……ごほっ、ごほっ……!」
苦しくて咳き込む私は、小さな部屋の床に描かれた、魔法陣の上で倒れこんだ。
なんだか、異様に寒く感じ、体のあちこちが痛い。それに……凄く、お腹がすいちゃった……。
「……よし、これでおーわりっと!」
私とは対照的に、元気いっぱいのこの子は、私の義理の妹の、プリシア。今日の聖女のお務めが終わるのが嬉しいのか、赤い髪を揺らして喜ぶ。
一方の私……セシリアは、さっきから咳が止まらず、まともに息が出来ない。
「お姉様が一緒だと、本当に楽でいいわ! 儀式の準備も、本番も、後片付けも、全部お姉様がやってくれるもの!」
「…………」
「明日も明後日も……これから先もず~っと、私のためによろしくしますわね、お姉様!」
「…………」
「さてと、早速ギルベルト様に報告に行かなくちゃ!」
プリシアは、ニコニコと笑いながら、儀式の間を出ていった。
行き先は……おそらく、いつもの場所。私の婚約者がいる場所だ。そこで、今日もプリシアだけが頑張ったと言いふらすのだろう。
正直、手柄を横取りされるのはあれだけど、それで民を守れれば、それで良いかなって思っている。だって……私は、魔物から民を守る役目を持つ、聖女だから。
――ただ、一つ問題がある。
「今日も、丸投げでしたのね……」
「これでは、聖女の面汚しじゃないか……」
お城で働いている使用人達のヒソヒソ声が、どこからか聞こえてくる。
プリシアは、聖女のお務めはすべて自分がこなし、私はほとんど何もしていないと、多くの人に言いふらしている。
そのせいで、私の評価は最悪。反対に、プリシアは“真の聖女”のように持て囃されている。
「とりあえず、帰ってごはんを食べよう……」
ご飯という単語に反応するように、お腹が大きく鳴った。
ここ数日……いや、一週間……一ヶ月? とにかく、ずっとまともに食事を食べてない。
あっ、もちろんゼロではないよ!ただ……私の適量には、足りないかなって……。
「あれ? あそこにいるのは……」
中庭でのんびりお茶をしていたのは。プリシアと、私の婚約者である、ギルベルト王太子様だった。
あの二人、本当にいつも一緒にいるよなぁ……私の婚約者のはずなんだけど。何も知らない人が見たら、プリシアが本当の婚約者に見えると思う。
――正直に言うと、私はあんな人と婚約は――なんて、聖女として悪態をつくのは良くないよね。反省反省。
「あら、お姉様!」
私に気づいたプリシアは、ギルベルト様の頬に、見せつけるようにキスをした。
……我が義妹と婚約者ながら、性格が悪くて嫌になっちゃうよ。
「ごほっごほっ。ごめんね、プリシア。私、部屋に戻るところだから」
「それはナイスタイミングだわ! お姉様って大食いでしょ? だから、ちゃんと適量で、体のことを考えた、栄養たっぷりの食事が用意されてるそうよ! たくさん食べて、明日も頑張ってくださいませ!」
「ああ、君は本当に優しい女性だね! セシリア、お前も彼女を見習ったらどうだ!」
「えっ? あっ……は、はい」
ギルベルト様に抱きしめられたプリシアは、私の方を見ながら、チロっと舌を出した。
明らかに、私を馬鹿にしているけど、これが私の日常だから、怒ってたら身が持たない。
それに、なによりも……空腹がひどくて見る余裕がない。早く部屋に戻って、少しでも食べないと。
「では、失礼します」
挨拶の返事なんて、当然のように返ってこないまま、自室に戻ってくると、確かに食事は用意されていた。
野菜を中心とした料理に、パンとミルク……確かに栄養はあるかもしれないけど、圧倒的に足りない。
「ううん、これで足りるようにしないと。聖女として、食べ過ぎなんてはしたないもんね。いただきますっ」
ぱくぱくと食べ始めること五分。用意されていたものは、すべて食べちゃった。
……そのはずなのに、私のお腹は、まだ鳴り続けている。
「こういう時は……寝よう」
幸か不幸か、私は基本的に、聖女のお仕事以外は、パーティーにたまに参加するくらいだから、時間に余裕はあるんだ。
「うぅ……お腹が空きすぎて、穴が空きそう……」
つらい時は、寝るのが一番。そう思っている私は、引き出しからおもちゃの木の剣を取り出し、枕元に置いて、体を丸めた。
何度も握って、何度も泣いて。いつも一緒にいてくれた――私の思い出。
これに触れるたび、私は……あの幸せな日々と、大切な約束を思い出して、また頑張ろうと思えるの。
「そう……頑張らなきゃ……聖女として民を……それに、約束を守るために……うん、頑張っていれば、きっと良いことがある……明日こそ、きっと良いことが……」
****
三日後、私は珍しくパーティーに参加をすることになった。
なにを祝うものなのかは……申し訳ないんだけど、知らないんだよね……参加者から、遠回しに聞いてみようかな?
そんなことを思っているうちに、いつの間にか会場に到着していた。
「セシリア様、お待ちしておりました。どうぞ中へ」
受付の人に通してもらった会場は、いつも以上に煌びやかで、目がちかちかしちゃいそうだ。
そんな中、プリシアとギルベルト様が、他の貴族の方々と、楽しそうにお喋りをしていた。
「あっ、お姉様! ちょうど、お姉様の分まで私が頑張ったって、みんなに伝えたのよ!」
「…………」
嘘だよ。騙されないで。結界を張るのは、いつもほぼ全部私がやっているから。
「プリシア様が頑張っているのに、この女はボーっとしてるだけだそうだな? 給料泥棒かね?」
「もう少しやることはやってくれないと、困りますわ」
「…………」
「ねえ、なにか言ったらどうなの? 給料泥棒聖女さん? きゃはっ」
多くの人の心無い言葉が、私の心を蝕んでいく。
……ずっと、頑張ってきた。ずっと、我慢してきた。
痛くても、苦しくても。誰にも認められなくても……いつかは認めてもらえる。そう思ってたけど。
「頑張っても、無駄なんだ……」
ダメ、ここでくじけちゃ……私は、聖女なんだから……どんなことを言われても、困っている人は助けないといけない。
――それはわかっている、けど……。
私がいくら頑張っても、誰にも伝わっていないんだって思ったら……心が、ぽきって折れちゃった……。
「…………」
もう、ここにいたくない。全てを捨てて遠くに行って、たくさんご飯を食べたい。
そして、元気になったら、誰の手も借りずに、困っている人を助けてあげたい。
こんな、自分から助けられる人を減らすような選択は、聖女として失格なのはわかっているけど……心の底から、そう思っちゃった……。
「そこまで言うなら……わかりました。私の聖女の権利を、プリシアに全部上げます。そして、ギルベルト様と仲良しそうなので……あなたのために、婚約を破棄させてください」
突然の発表に、会場中がざわめく中、人一倍驚いていたのは、プリシアだった。
「はぁ!? 私に、聖女の責任を、完全に丸投げするつもり!?」
「あなたなら大丈夫よ。私みたいな無能は必要ない。皆様もそう思うでしょう?」
野次馬の人達に聞くと、プリシア様頑張れとか、無能聖女に税金払う必要はないとか、プリシア様素敵ー! といった声が多かった。
「これだけ期待されてるのよ。あなたなら出来るわ」
「……ふふん、まあ当然ね! いいわ、お姉様なんていなくても、私一人で十分だもの!」
「僕としても、プリシアと結婚できるからありがたい。なら、さっさと出ていくといい」
「わかり、ました……うっ……ごほっげほっ!!」
一気に体中から力が抜けると同時に、意識も闇に引きずり込まれる。それとは対照的に、激しい咳は全然止まってくれそうもない。
「やだ、あんなに咳き込んで……汚いったらないわ」
「出来損ないとはいえ、聖女なら、体調管理くらいしっかりしてほしいものだな」
――誰かの声が、とても遠くから聞こえてくる。
咳はより一層激しくなり、意識が朦朧としてきた。
私、このまま死んじゃうのかな……約束、守らなくちゃいけないのに……。
「……あれ……?」
限界を迎えた私の体は、糸が切れた操り人形のように、倒れ込んだ……と思っていたのに、いつまで経っても、体が痛くない。
なにがあったんだろう……って、男の人が、受け止めてくれている?
「……あなたは、確か……」
大柄で鍛え抜かれた体。表情は乏しいのが特徴的な彼のことは……覚えている。
異国の地、ヴァルハザードの国王様であり、歴代最強と謳われている騎士、レオンハルト・ヴァルハザード陛下だ。
氷の騎士と呼ばれるほど、感情を表に出さず、口数も少ないのもあってか、少し不気味がられている人なんだけど……どうして、彼だけは私を助けてくれたの?
「セシリア・ルミナリア。今、婚約は解消されたな」
「は……はい……」
「なら、俺と結婚しろ」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
読んでいただいた方々に、お願いがございます。5秒もかからないので、ぜひ☆による評価、ブックマークをよろしくお願いします!!!!
ブックマークは下側の【ブックマークに追加】から、評価はこのページの下側にある【☆☆☆☆☆】をタッチすることで出来ます!




