第二十六話 二度の恋
魔物に襲われた日から、数日後。また遊びに来てくれたハルくんは、とても暗い表情をしていた。
『ハルくん、どうしたの? おなか、いたいの?』
『……明日から、ここに来られなくなる』
ハルくんのその言葉が、遊びに来てくれてウキウキしていた私の心を、一気に抉りに来た。
『ど、どうして? もしかして、わたしのこと……きらいに……? あやまるから、おねがい! ひとりぼっちは……やだよぉ……!』
『そうじゃない。もう、僕は国に帰らないといけないんだ』
『わかんないよ! なんで、またあそびにきてよ!』
『……まあ、これまでの時間は悪くなかったから、また近くに来た時に、来てやってもいいんだが……僕は、これから真剣に勉強と鍛錬に打ち込むと決めたんだ』
それなら、仕方がない。ハルくんの邪魔をしないように、私が我慢をすればいい……なんて、幼い頃の私には、思いつきもしなかった。
『どうして? おべんきょうなんて、したくないって……』
『そうだな。だが、以前も言っただろう? 僕は貴様のような、強い人間になりたい。大切な者を、守れるくらい。そのためには、僕はもっと自分を磨かなければいけない』
『うぅ……でもぉ……ぐすっ』
『大丈夫だ。もっともっと強くなって、リアに相応しい男になって、必ず迎えに来る。そして、僕と――』
『ぼくと?』
『……こ、これは再会した時のお楽しみだ! とにかく、必ず迎えに来るから! だから、リアは一人じゃない! 迎えに来たら、僕と一緒にいてくれ!』
ハルくんは、少しだけ頬を赤く染め、目を潤ませながら、私に手を伸ばした。
……正直、ハルくんに会えなくなるなんて、嫌だったよ。
でも、ハル君の真剣な顔と、迎えに来てくれることを信じて、その手を握ったの。
『なら、わたしもね、やくそくする! わたし、すごいせいじょになって……ハルくんといっしょに、みんなをまもる!』
『ああ、リアなら出来るだろう。さあ、話は終わりだ。しばらく会えなくなるから、その前に貴様に負けた数々の遊びで、僕が勝利を収めてやる!』
『えっ? あそんで、くれるの?』
『ああ。日が暮れるまでだがな』
『……えへへ、うれしい。きょうは、なにしてあそぶ?』
『当然、全てだ! まずは、魚釣りで勝負だ!』
ハルくんの言葉は、本当だった。まるで、私が寂しくならないように、今までやった遊びを、すべてやってくれた。
そんなの、当然楽しくて……時間はあっという間に過ぎ、気づいた時には、青空が夕焼け色に染まる時間になっていた。
『ハルくん……もうちょっとだけあそぼ?』
『…………』
『あとちょっとだけでいいから……ねえ、おねがい……』
『どうやら、それは出来ないようだ』
ハルくんの視線の先から、大きな馬車がやって来て、中から綺麗な服を着た、お爺さんが出てきた。
『お迎えに上がりました』
『ああ、ご苦労』
『ハルくん……』
『そんな顔をするな。これは永遠の別れじゃない』
そんなことは、わかっていた。でも、悲しいものは悲しくて……涙が止まらなかった。
そんな私に、ハルくんはとある物を差し出してくれた。
『これは……?』
『俺が作った木刀だ。こっちは、貴様が持っていろ』
ハルくんがくれた木刀は、お世辞にも綺麗なものではなかったけど、ハルくんの思いが、確かに伝わってきた。
『騎士というのは、剣に誓いを立てる』
『ちかい……?』
『絶対に守る、約束のようなものだ。これに、僕達の誓いを立てよう』
『やくそく……わかった。わたしは、すごいせいじょになって、みんなをまもる! あと、あとね……また、ハルくんにあう!』
『我が剣に誓う。もっと強くなり、愛する祖国と民を守り、そして彼女を迎え……世界で一番幸せにすると』
『これでいいの?』
『ああ。その剣は、貴様が持っていろ』
『うん、わかった。これがハルくんだとおもって、ずっとずっと、たいせつにするね』
ハルくんがくれた、初めてのプレゼントを大切に抱きしめると、ハルくんは満足そうに頷き、そのまま馬車に乗りこんでいった。
『ハルくん、またねー!! ぜったい、ぜったいにまたあおうねー!!』
私は、どんどんと離れていく馬車を、必死に追いかけながら、ハルくんへの別れの言葉を投げかけたけど、途中でつまずいて転んでしまった。
『うっ……ぐすっ……ひっぐ……』
悲しかった。寂しかった。今にも、胸が押しつぶされそうだった。
でも、ハルくんはこれから頑張るのに、自分だけがずっと泣いているのは、良くないと思って……最後は、無理に笑顔を作って。
『ハルくーん!! またねー!! だいすきだよー!!』
もう、豆粒くらいの大きさになってしまった馬車に向かって、最後の言葉を届けた。
必ず、また会えると信じて――
****
「…………」
大切な思い出に浸り終わった私は、ゆっくりと呼吸をしながら、目を開けた。
「約束……覚えていてくれたんだ。本当に、迎えにきてくれたんだね……ハルくん……ううん、レオン様」
あれから、私はずっとずっと待ち続けたけど、ハルくんは来てくれなかった。
……ううん、違う。正確に言うと、私が彼を待つことが出来なかった。
なぜなら、あれからしばらく経ってから、どこからか私の存在を知ったルミナリア家が、私の聖女の力を求めてやってきた。
当然、私は必死に抵抗したけど……所詮はただの子供。圧倒的な大人の力の前に、なすすべはなく……家を潰されて、そのまま連れ出されてしまった。
あの時は、本当につらかった。両親と一緒に過ごした家も、ハルくんと一緒に遊んだ場所も無くなって、まるで両親やハルくんとの思い出が、すべて否定されたかのようだった。
そうして連れ出された私は、後のお義母様になる人に言われたの。
『あなたのことは、よく知っている。聖女として、みんなを守りたいのでしょう?』
その言葉に、幼い私は小さく頷くと、後のお義父様が、口を開いた。
『なら、ここで娘のプリシアと一緒に、バルバレイシアのために力を使うんだ。それが、聖女として正しい生き方だ。きっと、お前の本当の両親やお友達も喜ぶさ』
大人になった今、改めて考えると……義両親の言っていることは、ただ私を乗り気にさせて、抵抗させる気を削ぐためのものだったんだと思う。
でも、幼い私はその言葉を納得し、受け入れてしまったの。
――そこから先に待つ、地獄の日々のことなんて、つゆ知らずに。
「ハルくん……ううん、レオン様。ずっと私を支えてくれて、ありがとう。あなたがいなければ、きっと私は、私のままでいられなかったよ」
感謝の言葉を呟きながら、木刀を抱きしめた瞬間、あの頃の気持ちが、胸の奥から溢れてきた。
ハルくんが来てくれるだけで嬉しくて、一緒にいるだけで楽しくて、笑ってくれるだけで、胸がぽかぽかした。
一緒にいない時は、寂しくて、もっと一緒にいたいって、いつも思っていた。
あの時は、まだ子供だったから……ハルくんが好きって思う感情の、本当の名前なんて、わからなかった。でも、今の私にはわかる。
私は、ハルくんに恋をしていた。そしてレオン様にも、同じ気持ちを抱いている。
そう……私は、同じ人に、二度恋をしていたんだ――
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