第二十五話 おかあさんのまほう
『あ、あぁ……!』
突然襲いかかってきた魔物――オークを前にして、私は足がすくんでしまい、動けなくなった。
当時の私なら、倒せはしなくても、逃げだすことは出来たと思う。
でも、その時の私には、恐怖でそれが出来なかった。
『魔物め、不意打ちとは卑怯な! この剣の錆にしてやる!』
ハルくんは、私を守るために、勇ましく剣を抜いてくれたけど、ハルくんだってまだ子供……勇ましさとは裏腹に、体はかすかにふるえていた。
『だ、だめ……あなたも、しんじゃう……やだ……!』
目の前で、大切な友達が死んでしまうかもしれない。
そう思った瞬間、両親が亡くなったことを、思い出しちゃったの。
私とお母さんを、魔物から庇い、血まみれになりながらも、逃がしてくれたお父さんは、私が逃げだしてから間もなく、断末魔が聞こえて……静かになった。
お母さんは、私を必死に逃がそうとしてくれたけど、追っ手の魔物に旨を貫かれ、飛び散った血が、幼い私の顔に飛んできた。
きっと痛いはずなのに……お母さんは、ニッコリと笑いながら、私の頬に手を当ててくれた。
『セシリア……私達の、可愛いセシリア……あなたは生きて、幸せになって……』
『やだ……やだよぉ……おかあさん、ひとりぼっちにしないで……』
『ごめん……ごめんね……お母さんとお父さんは、お空の上から見守っているから……だから、寂しくないからね……』
その言葉を最後に、お母さんは貫いた魔物の爪を握りしめ、聖女の力を無理に使うことで、魔物と共にその生涯を終えた。
それらのトラウマが蘇り、私の体を震わせ続けたの。
『貴様、何をしている! 早く逃げろ!』
『あ、あぁ……』
『ちっ、聞いてないか。おい、でかいの! こっちに来い!』
ハルくんは、オークをおびき寄せて、剣で攻撃をするが、屈強な体に簡単に弾かれた。魔法も試していたけど、歯が立たなかった。
『このままじゃ……ハルくん、しんじゃう……やだ……そんなの……!』
なんとかしたいのに、何も出来ない。その絶望に圧し潰されそうになっていた当時の私は、とある事を思い出したの。
『後悔は絶対にするな。お前は、お前の信じた生き方をしろ』
『聖女の力は、大切な人を守るための、優しい力なの。あなたも、いつかその力を……大切な人に使ってあげてね』
そう、これは……両親が、良く私に言ってくれたことだ。
この言葉は、私に勇気をくれた。前に進み、この力を使って助けるという勇気を。
『くそっ……ここまでなのか……!』
ハル君に目掛けて、オークが持つ棍棒が振り上げられる。
まさに絶体絶命……そんな状況の中、私は無我夢中で飛び込み、ハルくんを抱きしめると、一緒にゴロゴロと転がって、攻撃を避けた。
『貴様、何をしている! 戦えもしないのに、敵の前に出るな!』
『あなたをおいてなんて、いけないもん!』
『馬鹿か貴様は! 他人のことよりも、自分の心配をしろ!』
『やだ! やだやだ!! いっしょじゃないと、やだー!!』
『子供じゃないんだから……!!』
言い争いをしている間に、再びオークの攻撃が飛んできた。
『もう、ハルくんをいじめないでー!!』
私の心からの叫びに呼応するように、私の前に魔法陣が描かれ、聖女の結界が張られた。
それに触れたオークは、跡形もなく消えてしまった。
『いまのって……おかあさんの、まほう!?』
『聖女の結界……!? こんなところに住んでいるなんて、変だとは思っていたが……まさかこんな力を持っていたとは。いや、それよりも……怪我は?』
急いで私の体を調べている中で、私の怪我を見つけたハルくんの体から、血の気が引いていった。
『怪我、しているじゃないか!』
『これくらい、ほうっておけばなおるよ!』
『貴様、どうしてこんな……飛び出さなければ、怪我なんてしなくて済んだだろう?』
『どうして? あなた、しんじゃうところだったんだよ!! しんじゃったら、おわりなんだよ! きっと、すごくいたくて、かなしいんだよ! それに……あなたのかぞくも、わたしも……すっごくかなしいよ!』
『…………』
『おとうさんとおかあさんも、まものにやられちゃったの。それからずっとひとりぼっちで……さみしいの。だから、あなたまで、ひとりぼっちは……だめなの。だから、だからね……もう、こんなことしないで!』
「……てっきり、怪我をさせてしまったことを怒るのかと思ったが……」
『わたしなんていいの! あなたがしんぱいなんだよ!』
そう、私がどうなってもいい。私の聖女の力は、みんなを守るためだって、お母さんが言っていた。そこに、私は含まれていないもの。
『……その慈悲深さ、大切な者を守る騎士道……貴様は、僕など足元にも及ばないぐらい、強い心を持っているのだな』
『わたしのこころ? そんなことは、ないとおもうよ?』
『いや、人を守る騎士道、身を挺して守る深い慈悲……どれも、今の僕には無くて、絶対に必要なものだった。そうか、これが僕が勉強と稽古をする理由なのか。ようやく理解できた』
『そうなの? おめでとう、ハルくん! よかったね!』
『ああ。そして、もう一つ……僕も、目の前で友が死ぬのは見たくない。だから、もっと強くなりたいんだ。それを気づかせてくれた……ありがとう、リア』
私の前で片膝をついたハルくんは、私の手を取った。
『ハルくん?』
私の疑問に答えないまま、ハルくんは、そのまま手を上げて……私の手の甲に、そっと唇を押し付けた。
「っ……?」
どうしてこんなことをされたのか、よくわからなかった。
でも、真っ直ぐ前を見据える彼の姿が、とても眩しくて、カッコよく見えた。
そのせいで、胸が苦しいくらいに鳴って、目が離せなくなって。
ああ、私――ハルくんのことが、好きなんだって思った。
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