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第二十四話 幼い頃の記憶

「どうして、レオン様がこの木刀を持っているの……?」


 私の思い出が詰まった大切な木刀は、私の部屋の引き出しに、大切にしまわれているはずだ。


 なのに、現に私の前には、あの木刀が……って、あれ?


「よく見ると、私のものとは少し違う」


 細かい傷の場所とか、汚れている場所が違う。そして何よりも一番違うのは、柄の部分だ。

 実は、私の木刀には、柄の部分に自分の名前が彫られているの。

 でも、これには私の名前ではなく、別の文字が彫られていた。


「……ハル……そんな、まさか……」


 彫られていた文字に衝撃を受けた私は、思わずその場にペタンっと座り込んだ。


 これは……間違いない。幼い頃、私がずっと支えにしていた約束を交わした、男の子の物だ。



 ****



 ――あれは、まだ私が五歳だった頃の話だ。


 当時の私は、人気のない森の中に、一人ぼっちで過ごしていた。


 私の家系は、古くから聖女の家系なのだけど、遠いご先祖様が、当時仕えていた王家の圧政に嫌気がさし、国を捨てて森に隠れ住むようになったらしい。


 それから時が経っても、その子孫は森に隠れ住んでいた。私も、その一人だ。


 そんな私が、五歳になる誕生日の日――私の両親は、突然襲ってきた魔物によって、殺されてしまったの。


 強かったお父さんは、私達を魔物から逃がすために犠牲になり、お母さんは私を魔物の攻撃から身を挺して守って大怪我を負った後、無理に聖女の力を使った影響で、目の前で亡くなった。


『うぅ……ぐすっ……おとうさん……おかあさん……』


 ――死んじゃった人は、ここの土の中で、一緒に眠るんだよ。

 そうお母さんに聞かされていた私は、変わり果てた両親を、何日もかけてご先祖様が眠るお墓に埋葬した。


 どうやったのかは、正直覚えていない。ただ、毎日お墓の前で泣いていたことだけは、頭にこびりついている。


 そんな幼い私は、ある日運命的な出会いをすることになる。


 その日の食べ物を探すために、森の中を歩いていたら、一人の男の子に出会ったの。


『なんだ、貴様は。僕に何の用だ!』


 初めて見る、歳の近い男の子。彼の身なりは、森育ちの私でもわかるくらい綺麗で、酷く警戒しているように見えた。


『あの……あなたは、だぁれ?』


『貴様に名乗る名などない! それ以上近づいてみろ! この剣で、斬り捨ててやる!』


 剣を構えた男の子の様は、幼いながらも圧があった。

 しかし、その圧は……彼の大きなお腹の音で、一瞬にして無くなってしまった。


『ふふっ、おなかすいたの?』


『わ、笑うな! 不敬者め!』


『ふけーもの? よくわからないけど……おなかすいたなら、いっしょにたべよっ!』


 幼い私は、小屋の中から大好きなリンゴを持ってきて、彼に手渡すと、彼は渋々それを受け取った。


『……ふん、食べ物を僕によこしたことは、褒めてやる』


『ほめてくれるの? えへへ、うれしいなぁ』


『ちっ……なんなんだ、貴様は。どうも、調子が狂う……』


『ちょーし? あなた、ごびょうきなの? たいへん、どうしよう……!』


『違う! どこから見ても、健康そのものだろう!』


『そうなの? よかったぁ』


『はぁ……僕は、ハルだ』


『はる? いまは、あきだよ?』


『季節の話はしていない! 食べ物の礼に、僕の名を教えてやったんだ!』


『ハルくん……! わたしは、セシリア! よろしくね、ハルくん!』


『ハルくんって……不敬な! 僕は――』


『えへへ、ハルくん! ハールくんっ!』


『話を聞けー!』


 あの時の彼が、何を言おうとしたのか、当時の私にはどうでもよかった。

 ただ、目の前に人がいる。一人ぼっちじゃない。それが、何よりも嬉しくて、舞い上がっていたんだ。


『ハルくんは、どこからきたの?』


『ヴァルハザード』


『ヴァルハザード……?』


『この国、バルバレイシアの近くにある国だ。そんなことも知らないのか?』


『うん、しらない!』


『……はぁ、そうか。僕は、家の用事でバルバレイシアにしばらく滞在しているんだ』


『へぇ、そんなんだ』


 二人で仲良く並んでリンゴを食べていた時に聞いた国名は、幼くて知識が浅い私には、よくわからないものだった。


『じゃあ、なんでここにきたの?』


『僕は、望んでもいないのに、毎日勉強や、剣の稽古をさせられる。それに、社交界という、人間の薄汚い欲望が行きかう場所に、嫌でも参加させられる。それが嫌で、逃げてきたんだ』


『……? よくわからないけど、たいへんそう』


『ああ、大変さ! あんなの、地獄だ! 勉強ばかりで、遊ぶことも許されない……こんなことなら、普通の家に生まれたかった!』


『ハルくん、かわいそう……そうだ! なら、いっしょにあそぼう!』


『僕が、貴様と遊ぶだと?』


『そうだよ! もりのなかはね、とーってもたのしいの! ほら、おいで!』


 私は、戸惑う彼の手を引いて、近くにある穏やかな小川へとやってきた。


 大人になった今なら、何とも小さな川だったけど、子供の時の私には大きい、秘密の遊び場だったんだ。


『えいっ! えいっ!!』


『わぷっ!? き、貴様! 急に水をかけるなど、不敬だぞ!』


『ハルくんも、やってみなよ! たのしーよ!』


『ふん、上等だ! 僕に挑んだことを、後悔させてやる!』


 何の変哲もない、ただ水をかけ合うだけの遊びだったけど、それはまるで、キラキラと輝く小川みたいに、輝かしい時間だった。


『うひゃあ!? やったな~!』


『このっ! 避けるな、卑怯だぞ!』


『あはははっ! たのしーね!』


 一通り水をかけ合った後、私はハルくんと一緒に、今晩のおかずを確保するために、お魚釣りをしたんだ。


『魚など、市場で買えばいいだろう』


『いちば?? よくわからないけど……おさかなは、こうやってつるんだよ』


『うわぁ!? む、虫ぃ!?』


 お父さんに教えてもらった通りに、私は木の棒と糸と針で作った簡単な釣り竿に、餌である虫をくっつけたんだけど、その時に彼は、異常に怯えていた。


 ……改めて思い出すと、都会の人……それも偉い人が虫を触るなんて、よほど好きじゃないとしないよね。怖がるのも、当然だと思う。


『わたしがつけてあげるね! これでよしっと……ほら、こうやってなげて……えいっ!』


『おお、こんなに簡単に釣れるのか! よし、貴様の十倍は多く釣り上げて見せよう!』


 私は、日頃からやっているから簡単に取れたけど、不慣れなハルくんはうまくいかず……結局彼の釣果はゼロだった。


『くっ……貴様が出来て、僕に出来ないことがあるなんて……』


『きさまじゃなくて、セシリアだよ。リアって呼んで!』


『今は、そういう話をしているんじゃない! はぁ……それにしても、服がびしょびしょになってしまったじゃないか』


『そういうときはね、はしればいいんだよ! ほら、ここまでおいで~!』


『ふん、上等だ。ウサギを狩る獅子のように、一瞬で捕まえてやろう!』


 こうして始まったおにごっこだったが、いくら鍛えているとはいえ、森で育った私に追いつくことは出来なかった。


『はぁ、はぁ……森で走るのが、こんなに難しいものだったとはな……』


『おにごっこ、たのしかった! つぎは、なにしてあそぶ?』


『いや……僕はそろそろ、帰らせてもらう』


『えっ……?』


 帰る――その言葉を聞いただけで、久しぶりに明るくなっていた私の心が、一瞬にして静まり返った。


『や、やだ……もっといっしょにあそぼ? わたし……ひとりぼっちだから……ひとりは、やだ……』


『そう言われても、これ以上は家の人間に気づかれてしまう』


『……ぐすっ……』


『はぁ……わかった。また来てやるから、今日のところは我慢しろ』


『ほんと!? わたし、まってるから! ここで、ずっと!』


 また、ハルくんに会えるとわかった私は、すぐに機嫌を直して、笑顔で彼を見送った。


『えへへ……またきてくれるんだ……そうだ! おとうさんとおかあさんに、おともだちができたって、おしえなきゃ!』


 その日、私は両親を亡くしてから、初めて笑顔でお墓の前に立てた。

 そして、ずっと夜はベッドの中で泣いていたけど、久しぶりに笑顔で眠り――翌朝、私の元に、彼は本当にやってきた。


『ハルくん! またきてくれたんだね!』


『勉強よりも、ここでの時間の方が、幾分かマシだからな。仕方なく――』


『わーい! うれしいー!』


『話を聞け! あと、くっつくな!』


『きょうは、なにしてあそぶ? おにごっこ? きのぼり? あ、おはなのかんむりつくる?』


『ふん、今日も釣りだ! 昨晩、しっかり勉強をしてきたからな! 今日こそ、貴様に勝って見せる!』


『いいよ! でも、むしのこと、さわれる?』


『うぐっ……そ、そんなものに二度も恐れる、僕ではない!』


 ――ふふっ、偉そうに言っていたけど、結局虫が怖くて、私が毎回餌をつけてあげたんだ。

 でもね、勉強をしてきたのは本当みたいでね。その日、彼は初めてお魚を釣り上げたの! 釣った時の自慢げな顔は、今でも覚えている。


『ハルくん、いっぴきつれて、よかったね!』


『なんだ、嫌味か? 貴様は、五匹も釣っているじゃないか』


『いやみ?』


『……いや、なんでもない』


 当時の私は、当然嫌みのつもりなんて、全く無かった。ただ、初めて釣れたことを、祝福したかっただけだ。


『貴様は、僕のことを特別扱いしないのだな』


『とくべつ?』


『僕の家や親は偉い。だから、息子である僕のことを、誰もが特別視する。それが、息苦しいことがあるんだ』


『あなたは、とくべつだよ! だって、わたしのはじめての、おともだちだから!』


『友達……まあ……悪くはないな』


『あっ! わらった! ハルくん、はじめてわらった!』


『そんなに、騒ぐことでもないだろう』


 友達が見せてくれた笑顔は、私に大きな幸せを分けてくれた。

 しかし……その幸せは長くは続かなかった。


『……あれ? なにか、きこえる』


『何がだ?』


『あのしげみ……なにかいる!』


 私が叫んだ瞬間、茂みの中から飛び出してきた謎の生き物に、私達は襲われてしまったの――

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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