第二十話 今は迷えばいい
■レオンハルト視点■
「邪魔すんぞ」
私室で書類仕事をしていると、ノックも無しに叔父上が入ってきた。
これはいつものことだから、特に今更とやかく言うつもりはないが、ニヤニヤと笑っているのが、やたらと目につく。
……こういう時の叔父上は、大体ろくなことを考えていない。
「聞いたぞ。お前、嬢ちゃんの食べかけを食って、間接キスしたんだって? 甥っ子がそんなに進んでいただなんて、おっさんは感動で前が見えねぇぜ……」
「下手な芝居はやめてください。それに、なぜ叔父上がそれを?」
「ノリの悪い奴だな。同行した兵から聞いたんだよ。てか、ワシらしかいないときは、肩ひじは張らなくていいって、決めてんだろ」
「……それは、子供の時の話でしょう」
「ワシから見りゃ、お前は一生子供だ。まあいい、言うことを聞かないのなら、お前の黒歴史を、全部嬢ちゃんにばらすぞ」
「わかった、わかったから。余計なことはしないでくれ」
頭を抱えながら折れると、叔父上はご満悦そうに笑いながらソファに腰を下ろし、煙草に火をつけた。
「嬢ちゃんのおかげで、随分とヴァルハザードの治安が良くなってるみてーだな」
「……ああ。特に危険な地域は、彼女のおかげで魔物の被害が激減した」
とはいえ、まだ全てが解決したわけではない。
危険度が高い地域を回り終わったら、セシリアとユリアーナに本格的に儀式の準備をしてもら、国全土を覆う結界を張ってもらうつもりだ。
「うちに来て間もないってのに、まさに獅子奮迅のご活躍だな」
「ああ。あの才能には、目を見張るものがある。それに、人当たりもいいから、民からも良く慕われている」
「お前、嬢ちゃんの話をする時は、やたらと饒舌になるな」
「……気のせいだ。それよりも、今日は何の用だ? まさか、からかいに来ただけか?」
「あったりめーだろ。甥っ子をからかうのは、叔父の最高の娯楽であり、特権だからな」
「…………」
叔父上に無言の圧をかけると、叔父上はケラケラと笑いながら、肩をすくめてみせた。
「新薬の研究が、どうもうまくいかなくてな。仕方ないから、一杯やって気分転換ってやつよ。ついでに、お前を巻き込みに来た」
「一人で好きにやればいいじゃないか」
「かーっ、どうしてお前はそんなノリの悪いガキになっちまいやがったんだ! たまには、愛しい叔父さんの晩酌に付き合おうって思わねえのか、レオンハルトさんよぉ!」
「……叔父上、実は既に少し飲んでいるんじゃないか?」
「バレたか」
叔父上の軽い発言はいつも目立っているが、ここまでふざけることはないからな。簡単にわかる。
「はぁ……わかった。一杯だけだからな」
「そうこなくっちゃな。ほれ、準備しやがれ」
「……人のことを誘っておいて、用意をさせるのか」
「人生の大先輩に、酒の用意をさせるバカがどこにいる?」
「俺がその第一号になりたいところだ」
「けっ! 相変わらず、可愛くない口をききやがるぜ。誰に似たんだー? 兄貴か?」
俺の父は、とても寡黙な人間で、母はお淑やかな人間だった。軽口を叩くなど、叔父上しか思い当たらない。
「おっ、ビールに採れたて野菜か。悪くねーな」
「今日行った村から、たくさんもらったんだ。味の保証はしよう」
「ほう、それは興味深いじゃないか」
意気揚々と掴んだトマトを口にした叔父上は、なんだかとても渋い顔をしていた。
「どうした?」
「虫に食われていたみたいでな。少し痛んでいた」
「虫も食べに来るほど、熟したトマトだったのか。災難だったな……ふっ」
「おめー、今笑ったな! ワシの醜態を見て笑っただろ!」
「ああ、すまない。あんな偉そうにしておいて、この体たらくは……くくっ」
だめだ、耐えようとすればするほど、笑いがこみあげてくる。体を張ったギャグは、控えてもらいたいものだ。
「こういう時は、口直しだ! ごくっごくっごくっ……ぷっはー!! 生き返ったぜー!!」
自分の失敗を払拭するように、叔父上は一気にビールを飲みほした。
相変わらず、気持ちの良い飲みっぷりだが、体のことを少しは考えてもらいたい。
「んで、何を悩んでいやがる」
「……何の話だ?」
「ワシに隠し事が出来ると思ってるのか? ここ何日か、ずっと思いつめた顔してんだろ」
「…………」
「まあ、どうせ嬢ちゃんのことだろ」
「……セシリアが、ヴァルハザードと民のために、努力をしてくれるのはありがたい。だが……それが、本当に彼女の幸せなのだろうかと、頻繁に思うようになった」
「なぜだ?」
「あのパーティーで、セシリアの力が世間に広く知れ渡った。そして、あいつは多くの国や家から、来いと言われた。俺は当然それを拒み、あいつも俺を選んでくれた」
「なんだ、ワシはただ、のろけ話を聞かされているだけか?」
「そういうのじゃない。後で、冷静になって気づいたんだ。誰かの誘いに乗り、どこかに行った方が、幸せだったのかも知れないと。いや……そもそも、あの日のパーティーで、連れ出さない方が、幸せだったのではないか……?」
どんな疑問が出ても、正確な答えは出てこない。ただ悶々として、頭を悩ませるしか出来ない自分が、何とも不甲斐ない。
「まあ、いいんじゃねえか? 迷えるのは、若いもんの特権だ」
「…………」
「人間は迷って、考えて、決断して、失敗して……いつか成功して。そうやって多くの経験をして、成長をするもんだ」
「叔父上……」
「んで、成長をしたら、強欲になれ。嬢ちゃんは誰にもやらん! 誰よりも幸せにする! 国も民も俺が守る! それら全部――まとめて抱え込め」
「それは極端じゃないか……?」
「それくらいの方が、お前にはちょうどいいってこった。ったく、普段は自信たっぷりなのに、嬢ちゃんが絡むと迷い出すのが、まだまだガキなんだよなぁ。ほんと、今のうちに散々迷っておいて、いざって時には正しい選択が出来るようになっておけよ」
「肝に銘じよう」
俺は、ジョッキを持ち上げると、叔父上とジョッキを合わせる。そして、ビールを喉に流し込む。
「……苦い」
……どうも俺は、ビールの味は好きじゃない。だが、今はこの苦味が、俺の気持ちを引き締めてくれる。
「ごくっごくっ……このうまさがわからないようじゃ、まだまだガキだな。ああ、そういや……お前が前に言ってたけどよ。本当に、あの嬢ちゃんが、例の女で間違いなかったのか?」
「……ああ。あの目、あの声、あの笑顔……間違いない」
「これで間違えてたら、大爆笑なんだがな。あの世で兄貴に会ったら、良い土産話に出来そうだ」
「それはない」
「大層な自信だな。なら、他の奴にあげるなんて発想が浮かぶとは思えんのだがな」
「それは、そうかもしれないが……彼女には、幸せになってもらいたいから……」
「そんなに好きなら、もう少し言葉遣いをなんとかしやがれ。あれ、嬢ちゃんだから普通に受け入れているが、他の女だったら、圧があって怖いとか、偉そうって思われて、嫌われるぞ」
叔父上のアドバイスを聞いた俺は、まるで雷に打たれたかのようなショックを受けながら、小さく口を開いた。
「……俺は、セシリアに嫌われているのか……?」
「ガチへこみすんなよ。そんなことは言ってねーだろ。あいつ、お前が優しくしてくれたって、よく嬉しそうに話しているぞ」
「そうか。なら、良かった」
「浮き沈み多すぎて面白すぎんだろ。ワシの前で素直になるんじゃなくて、嬢ちゃんの前で素直になれ」
「そ、それは……善処する」
「はぁ……こりゃ、先は長そうだな」
呆れる叔父上の姿を肴に、更にビールを飲み進める。
――それからも、俺は叔父上と酒を飲み交わし、気づいたら夜が更けてきていた。
「叔父上。明日もあるのだから、そろそろ休んだ方が良い」
「あぁ? まだまだ夜はこれからだろうが」
「最近、主治医に酒と煙草を控えるように言われているのだろう」
「げっ……知ってたのか。へいへい、今日はもうお開きにしてやるよ」
叔父上は、汚れた机の上を、魔法で綺麗にすると、少しフラフラしながら部屋を出ていこうとする。
「叔父上」
「あ?」
「ありがとう」
「なんだ突然。照れんじゃねーか」
「叔父上に、人に感謝されて心を乱すような一面もあるとはな」
「けっ。こんなのに育っちまって、ワシは悲しいぜ、まったく」
口では悪態をつきながらも、どこか楽しげに笑って去る叔父上の姿に、俺も自然と僅かに口角が上がる。
……叔父上、ありがとう。今は迷うかもしれないが……それでも、俺は必ずセシリアが一番幸せになれるように行動をして、国も民も守ってみせる。
――今までも、そしてこれからもな。
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