第十一話 険悪な関係?
「……あれ?」
結局何も出来ないまま、私は轟々と燃える家の下敷きになったと思ったのに、痛くもないし、熱くもない。
もしかして、運よく下敷きにならないで済んだ? そんなラッキーなことが、起こるのかな?
「……えっ……?」
恐る恐る頭を上げると、確かに倒壊した家は、私に向かって倒れていた。
それでも無事だったのは……レオン様が私と家の間に割って入り、私を守ってくれていたからだった。
「れ、レオン……さま……?」
「ぐっ……あぁぁぁ!!」
レオン様は、雄たけびを上げながら、崩れ落ちた家を振り払うと、そのまま私を引っ張って、安全な場所にまで連れてきてくれた。
「レオンハルト様! ご無事ですか!?」
「俺はいい。それよりも、早く消火と住民の避難を!」
「し、しかし……!」
「急げ! これは命令だ!!」
「は……はっ!!」
レオン様を心配して駆け寄ってきた兵士達は、動揺を隠せないまま、レオン様の命令通りに動き始めた。
そんな彼らのことを、呆然としながら眺めていると、レオン様に両肩をがっしりと掴まれた。
「お前、なんて無茶をするんだ! 俺が間に合わなければ、死んでいてもおかしくなかった!」
「こ、子供を放ってはおけなくて……で、でも無事だったから! めでたしめでたしって感じで……あはは……」
「ふざけるな! お前が死んだら、この国はどうなる!? それに、お前が死んだら……俺は……」
「レオン様……ごめんなさい……軽率な行動でした」
あまりにもつらそうなレオン様を見ているのがいたたまれなくなった私は、強い罪悪感を感じながら、深く頭を下げた。
……咄嗟のことだったとはいえ、レオン様に心配をかけちゃった。次からは、もう少し慎重にならない、と……。
「あ、あれ……?」
突然強い疲労感と空腹に襲われて、その場で膝をついた。
これって……この前と同じ……また、ちょっぴり張り切りすぎちゃったのかなぁ……反省したばかりなのに、レオン様にまた心配をかけちゃうよ……。
****
「はぁ……」
翌朝、自室で目覚めた私は、ベッドの上で深く溜息を漏らしていた。
もっとたくさん頑張りたいし、レオン様やみんなに心配をかけないようにしたいのに……体がついていかないのが、凄くもどかしくて……悔しい。
「ほれ、診察が終わったぞ。足のケガは、見た目ほど酷くねえよ。あと、漏れなく聖女の力の反動が出てる。飯食ってゆっくりすりゃ、すぐに良くなる」
「あの、忙しいのに診てくれて、ありがとうございます」
「まったくだ。村の連中の薬作りで忙しいってのに、面倒事を引っさげやがって」
「うっ……ごめんなさい……」
「あー……悪かったな。別に嬢ちゃんを責めてるわけじゃね」
ユリウス様にそのつもりがなくても、責められておかしくない失態を、私はしでかしている。
こんなんじゃダメだよね。もっとしっかりしないと。そして、もっともっと成長して、頼れるすっごい聖女にならないと!
でも……どうすれば凄い聖女になれるんだろう? 聖女の大先輩であるユリアーナさんに聞けが、何かわかるかな?
「あの……今度、今日のお礼をさせてください」
「そりゃ殊勝な心掛けだな。なら、ワシの実験体として、臓器をいくつかもらえるか?」
「えぇっ!?」
確かにお礼をとは言ったけど、さすがにそれは……いや、医療に精通しているユリウス様なら、体に影響が出ない方法を知っているのかな?
「それなら……いや、でも……ちょっと……ううん、凄く怖いし……」
「冗談に決まってんだろ」
「冗談!? 変な冗談はやめてくださいよ、もうっ! お掃除とかお洗濯とか、そういうものかと思ってたから、ビックリしちゃったじゃないですか!」
「内容が可愛すぎんだろ。ほんと、嬢ちゃんみたいなピュアな人間は、汚れ切った貴族社会じゃ、まずお目にかかれねーな」
「あー……それは、なんていうか……」
自分がピュアかどうかはさておき、貴族社会がって話は否定できない。
一応家族の義娘として、色々な話が耳に入ってきていたけど、大体の話が、自分の利益のために動いて、不必要なら容赦なく斬り捨てるっていう、ドロドロした世界なんだよね……。
「って、話が逸れちゃってるじゃないですか! なにかお手伝いできることは、本当にないんですか?」
「わかったわかった。これ以上は、ワシの汚いノミの心臓が、蒸発しちまうっての。そんなに手伝いたいのなら、今のお前にも出来る、うってつけのものが――」
「セシリアちゃん、あたしだよ。いるかい?」
「あっ、ユリアーナさん! どうぞ~!」
部屋の中に入ってきたユリアーナさんは、今日も変わらず優しい笑みを浮かべていたのに、ユリウス様を見た途端、表情が険しくなった。
「あぁ? 老いぼれババアが、なんでここに来た?」
「レディの部屋に先に来ておいて、老いぼれとはご挨拶じゃないか」
「えっ? あ、あの……?」
なんか、急に雰囲気が険悪な感じに……ど、どうして??
「診察なんだから、しゃーねえだろ。あ? なんだ、そのティーセット。まさか、若い女と茶をしばいて、若返った気分になりにきたか? かーっ、無駄な努力ご苦労さん」
「勝手に決めるんじゃないよ! あんたみたいに、毎日ジメジメしたところに引きこもって、頭からキノコが生えるより、よっぽどマシさね!」
「け、喧嘩はダメですよ!!」
なんとか仲裁をしようと思ったけど、二人はにらみ合ったままだった。
「ワシはこれから、こいつに重要な仕事を任せるところなんだ。若返りはまた今度にしやがれ」
「ケガ人に仕事を任せるバカがどこにいるんだい!」
「ここにいんだろ」
「開き直るんじゃないよ! セシリアちゃん、こんなバカの言うことなんて、律義に聞く必要はないよ。アンタは、自分の体を第一に考えなくちゃ」
「ありがとうございます。でも、私からお手伝いしたいってお願いしたんです」
「ほれみろ、わかったか。こいつくらいにしか、この役は務まらないんだわ」
「…………」
ユリアーナさんは、数秒程ユリウス様とにらみ合うと、観念したかのように小さく息を漏らした。
「わかったよ。セシリアちゃんに免じて、今回は見なかったことにする。でも、セシリアちゃんを苦しめて泣かせるようなことがあったら、承知しないよ!」
「わーってるって。そんなことをしたら、レオンにぶっ殺されちまうからな」
「ふんっ。じゃあセシリアちゃん、あたしは失礼するよ。なにかあったら、すぐに呼ぶんだよ」
「ありがとうございます。では、また」
ユリアーナさんが出ていくまで、頭を下げていた私は、ユリウス様に声をかける。
「あの……ユリウス様は、ユリアーナさんと仲が悪いのですか?」
「……あの老いぼれとは、ワシがピッチピチの赤ん坊の頃からの知り合いでな。かれこれ、五十年は付き合いがある。血の繋がりなんてない……ただ年上ってだけで、姉貴面ばかりしやがる。それがムカついて、気づいたら喧嘩ばかりするようになった」
「…………」
「あー……まあ、あれだ。喧嘩仲間みたいなもんだ。別に、嫌っているわけじゃねーよ」
「えっと、つまり……仲良しってことでいいんですよね?」
「はぁ? あんなババアと仲良しだなんて!」
「……そう、ですか……」
「……まあ、口に出されると、少しくすぐったいが……そんなところだ」
そっか、それならよかった。せっかく今も一緒にいられているのに、仲が良くないなんて、そんなの悲しいもんね。
「それで、私がお手伝いできることって?」
「どんだけ手伝いたいんだ、おめぇは。手伝いをしないと死ぬ呪いでもかかっているのか?」
「そんな呪いがあるのですか!?」
「……なんでもねえ。嬢ちゃんにやってもらいたいことは、ここにある」
連れてこられた場所は、私の部屋のすぐ隣にある、レオン様の部屋だった。
ここで、私が出来ることって、一体なんだろう? 全然想像がつかない。
「入れ」
「……これって……!」
目の前の光景は、思わず目を背けたくなるものだった。
その正体は……体中が傷だらけ、包帯だらけで眠っている、レオン様だった――
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