第5章 呼び声【2】
昼食を終えると、イテルはいつものように庭園に出た。特に花を愛でる気持ちはないのだが、神官以外の立ち入りが禁止されているこの庭園は、イテルにとって心を落ち着かせるための良い場所となっていた。
(ねえ、ミィ)
声は出ないのに、ミィに語りかけるときだけは言葉が上手く出てくる。これをいつか、レイシーやデラ、エイカーにも届けたいと思っている。
(ミィも僕の家族?)
『もちろんだとも。この神殿に居る者、公爵閣下、奥方様……全員、家族だ』
誰もがそう言ってくれるが、イテルにはまだその実感がなかった。家族という言葉で思い出されるのは、あの自分を見下ろす冷たい目。あの光景が頭の中に浮かぶだけでゾッとした。けれど……。
(僕は……家族が嫌いなわけじゃないんだ)
嫌おうにも嫌いきれない。きっと家族は自分を嫌っているのだろう。そう思うのだが。
『それならそれで構わない。いなかったことにしろとは言わない。だが、イテルを愛しているのは私たちだ』
ミィは朗々と語る。イテルは小さく頷きつつ、その気持ちに真正面から応えることのできない自分が歯痒かった。この神殿に居る人々が心からそう思ってくれているのはわかる。だからこそ、胸が締め付けられるのだ。
不意に、お、と呟いてミィが立ち上がった。そのまま何も言わず、神殿へと戻って行く。それと入れ替わりでデラが庭園に出て来た。
「お茶が入りましたよ~」
デラはテラスのテーブルに持って来たお茶をセットする。イテルがバルコニーへ行くと、あら、とデラは首を傾げた。
「ミィはいないのですか?」
「ど、どっか……いった……」
デラは特に気にした様子もなく、そうですか、と頷いた。
テラスでのお茶には、いつもデラとエイカーが同席した。本来なら神官と同じ席にお付きの者が着くのは許されないが、デラとエイカーは特別なのだ。
「やっと暖かい季節になりましたね」デラが微笑む。「今年の冬は特に厳しかったような気がします」
イテルは頷いて同意した。確かに、今季の冬は寒かった。もし神殿で保護されていなければ、またあの暗い部屋でぶるぶると震えていたことだろう。神殿内はとても暖かく、居心地が良い。実家の居心地が悪すぎたせいもあるだろうが。
「冬はこうして外でお茶をすることもできないっスからね」と、エイカー。「良い季節になりましたよ」
イテルは外に出るのが好きだ。実家にいた頃は、部屋の外にすら出られなかった。こうしてテラスでのんびりとお茶を飲む時間が好きなのである。寒い時期にはそれができなくなると考えると、少しだけ寂しい気持ちになった。神殿内でのお茶だとしても、デラとエイカーは同席してくれるだろうが。
「でも、冬が厳しくなると、野菜が良く育つんです」
明るい笑みで言うデラにイテルは首を傾げた。すると、デラはあっけらかんと笑う。
「どうしてかは知らないですけどね」
適当、とエイカーが苦笑いを浮かべる。イテルとしては、変に構えるようにこれくらい間の抜けた態度のほうが気が楽だ。気が休むというのはこういうことを言うのだろう、とイテルは実感していた。
そのとき、神殿の塔の上で鐘が鳴った。初めて聞く大きな音にイテルが大きく肩を震わせると、ミィがテーブルの上にぴょんと飛び乗った。
(これはなんの音?)
『これから祈祷が始まるのだよ』
(祈祷?)
「祈祷が始まるみたいですね。行きましょう」
そう言ってデラが腰を持ち上げる。エイカーもそれに続くので、イテルも立ち上がった。
『街の者が神に祈りを捧げに来たのだ。これからレイシーが祈祷するのだよ』
(そうなんだ……)
『祈祷は神官の役目だ。いずれお前もやることになる。よく見ておくといい』
(わかった)
祈祷というものがどんなものかはわからないが、きっと神聖なことが行われるのだろう。イテルがよく見ておかないといけないものであることはよくわかった。




