第4章 神と鬼【6】
庭園に戻ると、イテルは途端に心が落ち着くのを感じた。公爵閣下も奥方様も怖い人ではなかったが、本館は居心地が悪いところだった。
残りの時間は好きに過ごしていいよ、と言い残してレイシーは神殿に戻って行く。この庭園がイテルの落ち着く場所だということは、すでにレイシーもわかっているのだろう。
いつものように花壇の中にしゃがみ込むと、ミィがイテルのもとに寄って来た。
『本館に行ってどう感じた?』
(怖かった……。みんな、僕のことを見てた。きっとこの髪と目のせいだ)
家族に汚いと罵られた浅葱色の髪と、誰とも合わせることのなかった赤い瞳。俯くことがもう癖になっていた。
『私は美しいと思うがね。みんな、お前のことが気になっているんだ』
神殿にいる人たちは、イテルの髪と瞳を美しい、綺麗だと言ってくれる。だがいまだ、イテルはそう思うことができなかった。
『公爵閣下と奥方様は怖い人たちではなかっただろう?』
(優しそうな人たちだと思った。公爵閣下は顔が怖いけど……)
『閣下はあれで子ども好きな男だ。公爵夫妻と神官は深い繋がりがある。何かあれば頼りにするといい』
(うん……)
イテルは、誰かに頼るということをしたことがない。することができなかったのだ。家族を頼ることは許されなかった。だから、頼るということがどういうものなのかわからない。それも、これから接していく上でわかるようになっていくのだろうか。
* * *
夕食の時間。イテルとレイシーが食事を取っているあいだ、デラとエイカーは壁際に控えている。イテルも身振りで意思表示することが増えてきて、レイシーが話しかけると首を振ったり頷いたりして応えることができるようになっていた。
「……ねえ、エイカー」
イテルとレイシーの会話を邪魔しないよう、声を潜めてデラは隣にいる騎士に話しかけた。イテルとレイシーは声に気付いていないようだった。
「なんだか、イテル様の元気がないと思わない?」
「そっスね。本館から戻ってから元気がないみたいっスね」
「本館で注目を集めてしまったことを気にしているのかしら」
イテルが初めて公爵閣下と奥方様と対面したときのことはレイシーから聞いている。イテルが、本館で使用人たちの注目を浴びてしまったことも。気疲れしているだろうから気に掛けてくれ、とレイシーから言い付けられている。
「イテル様は、いまだ自分たちにも心を開いてくれていないっスからね。本心を伝えてくれるまで、まだ時間はかかるでしょうね」
エイカーの言葉に同意して頷いたあと、デラは深い溜め息を落とした。
「ああ……本当に可愛らしいお方だわ」
「俺の話、聞いてたっスか?」
エイカーが呆れて目を細める。デラはそれを無視しながら頬に手を当てた。
「きっと笑顔を見たら卒倒してしまうわ」
「デラの場合、本当に卒倒しそうで怖いっスね」
「エイカーも平気そうな顔してるけど、きっと心を射抜かれてしまうわよ」
イテルはいまだ、自分たちに笑顔を見せてくれない。デラやエイカーを拒絶しているわけではないが、心を開くまで、ともすれば開いても、笑顔を見せてくれるまでまだ時間がかかるだろう。実家に居た頃は、笑うことなどなかったのかもしれない。もしかしたら、それを禁じられていたのだろう。
「早く笑顔が見られるといいんスけどね」
「時間がかかってもしょうがないわ。生まれた環境が悪かったと言わざるを得ないわね」
イテルが生まれたのがサンドライト家ではなかったら、そう思わざるを得ない。もしイテルを愛してくれる家族であれば、イテルが異能を持っていたことを申告し、イテルは神殿に来ることはなかっただろう。それはイテルにとって幸せなことだっただろうし、デラとエイカーもあのまま公爵夫妻に仕えていたはずだ。そう考えると少し寂しいような気もするが、最も大事なのは、イテルが幸せであることである。




