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鬼の手の神官が総溺愛されるまで  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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第4章 神と鬼【3】

 イテルは庭園に出ると、自分が気に入っている花壇の前に腰を屈めた。女性にどういった花束を贈ればいいのかはわからないが、花壇の中で自分が好きだと思う花に手を伸ばす。イテルはどの花も美しいと思う。しかし、身分の高い公爵閣下と奥方様も綺麗だと思うか、その点において少しだけ不安は残った。

(ねえ、ミィ。ごかいにんってなに?)

『妊娠したということだ。奥方様のお腹に赤ちゃんがいるということだよ』

(わあ、すごい)

 イテルに弟や妹はいない。妊娠した女性がどういう状態のものかはよくわからないが、生命がひとつ誕生したということだけはわかる。

『ふたりとも子を望んでいたから、大喜びのお祭り騒ぎだ。お前の弟のような存在になるかもしれないな。きょうだいのように育つだろう』

(きょうだい……)

 イテルの頭の中に、兄と姉の姿が思い浮かんだ。それと同時に、背筋がゾクッと寒くなる。あの目。イテルをゴミ以下のものであるように見下ろす冷たい瞳。癒しの手を利用するために部屋を訪れたときの、心底から憎く思っていることがよくわかる表情。

 それが表情に出ていたのか、ぽふ、とミィの手がイテルの膝に置かれる。

『怖がる必要はない。お前はもう、あの一家とは無関係になったのだから』

 イテルは俯く。まだどうしてもそう思えない。それでも、ここにいる人たちがイテルの感情を無視することはないだろう。

『いまは私たちがお前の家族だ。新しい家族が生まれることを喜ぼう』

 イテルは小さく頷いた。その実感はまだ湧かないが、赤ちゃんが生まれるまでに時間がかかることは知っている。きっとそれまでには、弟か妹のような存在が生まれることを理解できるのかもしれない。

「奥方様は藤色が好きっス」エイカーが言う。「藤色の花を入れるとお喜びになると思いますよ」

「それは良い案ですね」と、デラ。「この花はあまり香りがしないから良いかもしれません」

 デラとエイカーの助言を受けながら花を摘んでいると、がさがさと音がした。振り向くと、スタイナーとセオ、フレデリクが通り抜けしようとしているところだった。三人はイテルたちに気が付くと、丁寧に辞儀をした。

「ごきげんよう、イテル殿」スタイナーが微笑む。「花を摘んでらっしゃるのですか?」

「奥方様へお祝いの花束を作っているところですよ」

 イテルの代わりにデラが言うと、ほう、とセオが顎に手を当てる。

「奥方様がご懐妊されたそうですね。おふたりともお子を望んでいらしたので、とても喜ばしいことですね」

 イテルはなんとなく、公爵閣下と奥方様の子どもはふたりが望んだ通りに生まれるわけではなかったのではないかと思った。奥方様の妊娠をたくさんの人が喜んでいる。きっと難しいことだったのだろう。

「イテル殿は初めて閣下と奥方様にお会いするのですか?」

 僅かな緊張を感じ取ったのか、スタイナーが穏やかに問いかける。イテルは小さく頷いた。

「大丈夫っすよ」フレデリクが明るく笑う。「怖い人たちではないっす。とても愛情深くて優しい人たちっすよ」

「私たちのような騎士にも分け隔てなく情をかけてくださるお方です」と、セオ。「きっとイテル様にお会いするのを楽しみになさっていますよ」

「きっと実の娘(・・・)のように可愛がってくれますよ」

 朗らかに言うフレデリクに、デラとエイカーが揃って呆れたように目を細めた。先に口を開くのはデラだ。

「イテル様は男の子ですよ」

「えっ⁉」

 三人の声が重なる。どうやら全員、イテルのことを女の子だと思っていたようだ。無理もない、とイテルは考える。イテルは髪が長いし、華奢だ。女の子と間違われても仕方がないという気がした。

「こ、こんな可憐な少年がいたら……」と、セオ。「ご学友方が狂ってしまう……!」

 戦慄く三人に、イテルは首を傾げた。

(どういう意味?)

『気にしなくていい』

 ミィはきっぱりと言い切る。そのあいだに三人は気を取り戻したようで、まだ穏やかな笑みに戻っていた。

「神官見習いの方が神殿にいらしたことは、本館の者も知っています」スタイナーが言う。「きっとイテル殿にお会いするのを楽しみにしていますよ」

 本館というのは、おそらくあの巨大な宮廷のことだ。イテルはまだ神殿から出たことがない。これから行くのだと考えると、また緊張で体が強張る思いだった。

「物珍しい目で見られるかもしれませんが」と、セオ。「気にする必要はありませんよ。どうせ本館の者と顔を合わせることはそう多くないでしょうから」

「レイシー様に隠し子がいたという噂は立ってますけどね」

 のほほんとして言うフレデリクの頭に、スタイナーの拳骨が落ちた。では失礼、と爽やかな笑顔で言い、スタイナーはフレデリクを引き摺って去って行く。セオも軽く辞儀をして、庭園をあとにした。イテルに残されたのは「隠し子」という印象的な言葉だけだった。

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