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鬼の手の神官が総溺愛されるまで  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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第3章 価値【2】

 ダイニングに行くと、いつも通りにレイシーが先に席に着いていた。デラは毎日、同じ時間にイテルのもとへ来る。レイシーは自分で身支度をする分、朝の支度が早く済むのだろう。何せ、イテルには“デラが満足するまで髪を整える時間”があるのだ。

「おはよう、イテル。よく眠れたかい?」

 イテルは辞儀で挨拶を返し、頷いた。最初の数日は夜中に目が覚めることがあったが、いまでは朝まで快眠だ。

 朝食が始まると、レイシーが穏やかに口を開いた。

「きみに教育係を付けようと思うんだが、どうかな」

 イテルは首を傾げる。勉強をするのは当然だと思っていたため、意見を聞かれるとは思っていなかった。そんなイテルの表情に、くす、とレイシーは小さく笑う。

「とは言え、もうこれから顔合わせに来るんだ。きみが嫌だと言うなら報せを出そうと思っていたんだよ」

 イテルは近くに居たミィに、嫌ではないことを伝えた。ミィがそれをレイシーに伝達する。レイシーは安堵したように頷いた。

「私もミィも信用しているから、問題はないよ」

『変わり者だがな。悪い人間ではない』

 研究熱心な者は変わり者が多い。何かの教本でそんなことを知った。おそらく、イテルが勉強する内容について研究熱心な教育係なのだろう。

「それと、時間が空いたらデラに『報せ鳥』を教わるといい。伝達魔法で、誰にでも簡単にできる魔法だ。離れた場所にいるときに便利だから、使えるようになっておくといい」

 イテルは背後に控えるデラに視線を遣った。デラは肯定するように微笑む。

 レイシーの言う「報せ鳥」は、レイシーが使っているところを見たことがある。魔力を鳥のように固める魔法だ。レイシーはマダム・グランドを呼び寄せるときに使っていた。魔法の勉強をしていないイテルでも使えるなら、確かに簡単な魔法なのだろう。

「報せ鳥は魔力消費がほとんどないから魔法の練習にならない場合もあるけど、いずれ必要になるときが来るだろうから練習しておくといい」

 イテルは小さく頷いた。魔力を使うのに魔力消費がほとんどなく、それでも魔法。それがイテルには不思議なことだった。

「教育係と気が合うようなら、魔法の授業もしよう。神官は様々な場面で魔法を使うからね。イテルほどの異能があれば、魔法はいくらでも習得できるだろうね」

 イテルは誰かが魔法を使う場面を見たことがない。レイシーが報せ鳥を使ったときが初めてのようなものだ。いずれ自分も魔法を使うのだと考えてみたが、いまは想像力が足りないようだった。

「デラ、朝食が終わったら勉強部屋に案内してやってくれ」

「かしこまりました」

 イテルは、すでに自分用の勉強部屋があるということに驚いたが、神殿は広い。使っていない部屋がいくつもあったのだろう。イテルが来る前まで、レイシーはひとりでこの神殿に住んでいた。使う部屋は多くても三つ程度だろう。

「不満に思うことがあれば、遠慮なくミィに言うように。もし神官になりたくなければそれでも構わない」

 イテルは「嫌だ」と言ったことがない。家族がそれを許さなかったからだ。だから、この神殿で「嫌なら」と言われるたびに不思議な感覚になった。この神殿でイテルの嫌がることなど起こるはずがない。それほど彼らを信用していた。

「神官にならないのだとしても、好きなだけ神殿に居て構わない。私も、神官とは名ばかりの神殿専門の庭師のようなものだけれどね」

 肩をすくめるレイシーに、デラが小さくくすりと笑った。ミィも「この神殿に訪れる者はほとんどない」と言っていた。その自虐のような言葉も、間違っていないのかもしれない。

「勉強だってしたくなければしなくていい。実家に居た頃に充分やっただろうからね。イテルのやりたいようにやるといい。ここには自由があるんだ」

 自由というものがなんなのか、それがいまはまだわからない。それでも、イテルの世界は、実家に居た頃よりはるかに広がることだけは確かにわかった。きっと、それを人は「自由」と言うのだろう。




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