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鬼の手の神官が総溺愛されるまで  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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第2章 異能【5】

 あとはレイシーと話し合っておく、とマダム・グランドはにこやかに去って行く。サロンをあとにすると、デラがイテルを庭園に促した。庭園のバルコニーにはお茶が用意されており、いつも通り、デラとエイカーとのささやかなお茶会が始まった。もちろんミィもテーブルの上で丸くなっている。

「それにしても……」

 スコーンを千切りながら、デラが険しい顔で言った。

「まさか、レイシー様が通り抜けをお許しになっていたなんて……」

 イテルの頭の中に、あの三人の騎士が思い浮かぶ。本来、この庭園は神官のみが出入りを許されている。デラとエイカーが特例なのだ。だが、レイシーが許していたのだから、悪い人たちではないのだろう。イテルはぼんやりとそんなことを考えていた。

『ちょうどいいではないか。イテルはこれから、いろんな人と接するようになるからな』

 ミィがあくびをすると、デラは小さく息をついた。ミィがレイシーに肯定的なことを言っていると理解したのだろう。

「まあ、あの三人なら問題ないっスよ」と、エイカー。「実直を人型にしたような騎士たちっスから」

「イテル様の健やかな暮らしのほうが大切よ。一気にいろんな人に会っては疲れてしまうでしょ」

「でも神官には必要なスキルっスよ」

「神官になるのだって、そうと決まったわけではないわ。神官の素質がある、というだけであって……」

 そのとき、デラはイテルのほうを見てハッとしたあと、小さく咳払いをした。イテルが少しだけ怯えているのに気付いたのだろう。それを見たエイカーは、薄い笑みを浮かべ、ティーカップを傾ける。

「ま、それはレイシー様にお任せするしかないっスよ。イテル様が嫌だとお思いなら、ミィがレイシー様に伝えてくれるはずっスから」

「あたしたちにもミィの声が聞こえたらいいのに……」

 デラは悔しそうに言う。デラやエイカーにもミィの声が聞こえれば、ふたりがイテルに関して悩むことも減るだろう。自分が声を発することができれば何も問題は起こらないのに、とイテルは俯く。まるで励ますように、ミィが小さく鳴いた。

『イテル、お前はどうしたい?』

(僕は……勉強がしたい)

『ふむ。実家でお前に与えられたのは勉強道具だけだったな。レイシーに伝えておく。どちらにせよ、神官はたくさん勉強する必要があるからな』

 イテルは小さく頷いた。デラが気遣わしげに紅茶のおかわりを注ぐ。きっと自分が暗い表情をしていたのだと、イテルは薄く微笑んで見せた。きっと上手な笑顔ではなかっただろう。何せ、笑顔など浮かべたことがないのだ。

『神官になるのが嫌ならそれでいい。神官の他にも、生きる道はたくさんあるのだからな』

(神官というのがどういうものかよくわからないけど……僕にできることなら……やりたいって思う……)

『ふむ。どちらにせよ、その両手では生きていくのが大変だからな。神殿に籠っているくらいがちょうどいいだろう』

 人の生命力を奪う鬼の手。人の生命を助ける癒しの手。実家がそうだったように、利用しようとする者は他にもいるだろう。普通の人間として生きていくのは大変なことなのかもしれない。ミィの言う通り、神殿に居るのが最も安全なのだろう。

(レイシー様の言ってた“閣下”って、どんな人?)

『この国の君主だ。体がでかく強面だから怖く見えるだろうが、朗らかな男だ。奥方様は君主の妻らしく、慎ましやかでお淑やかで、心優しいレディだ』

(いつか会うことがあるのかな)

『神殿にいれば会うこともあるだろう。だが、緊張する必要はない。ふたりは子どもを欲しがっている。きっと我が子のように可愛がってくれるだろう』

 君主と君主の妻。あのまま実家で暮らしていれば、終生、出会うことはなかっただろう。あの実家にいれば、外に出ることも叶わなかったのだから。

(……僕の、家族は……どうなったの?)

『今回は閣下が温情をかけた。生活としては、何も変わっていないだろう』

 イテルは小さく息をつく。家族に対してどういった感情を持てばいいかわからないが、もし路頭に迷うようなことになっていれば、少なくとも心が痛んだだろう。それも、いまとなってはどんな感情を懐けばいいのかわからないが。

『お前が会うことは二度とないだろう。彼らのことは忘れ、私たちを家族と思うといい。お前はこれからここで何十年と暮らす。私たちはお前を歓迎する』

 イテルには、まだ実感が湧かなかった。いままで家族には部屋の中から一歩も出してもらえなかった。それが、こんなに美しい庭園に居ることができる。その乖離が、イテルをほんの少しだけ混乱させる。



   *  *  *



 イテルがベッドに潜り込むと、布団を肩まで引き上げ、デラが優しく微笑んだ。

「明日はまた庭園にいきましょう。ここでは好きなように過ごしていいんです」

 ぽんぽん、と胸元を優しい手がたたく。これまで、こうしてイテルに笑いかけてくれる者はいなかった。

「庭園でなくてもいいですよ。ただ自由に、イテル様の好きなことをしましょう」

 自由とはなんだろう。ゆったりとした微睡の中、イテルはそんなことを考えていた。

 声も出ない自分が、誰かの役に立てるときがあるのだろうか。

 果たしてなんの役に立てるのだろう。

 せめて、迷惑をかけないようにしないと。

 また、見捨てられないように。



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