第2章 異能【4】
レイシーに促されて向かったのは、神殿のサロンだった。清潔感のある室内で、落ち着いた藤色のドレスの女性がティーカップを傾けている。その向かいには揃いの赤茶色のドレスの少女がふたり、同じように紅茶を飲んでいた。
「マダム・グランド、イテルを連れて来ましたよ」
レイシーの声に振り向いた女性は、美しく紅を引いた唇に微笑みを浮かべてイテルを見遣る。色素の薄い金髪をひとつにまとめて小さな帽子を着けた姿が美麗で、淑やかな仕草で立ち上がった。
「あなたが新しい神官様ね。私のことは、マダム・グランドと呼んでちょうだい」
イテルは恐る恐る見上げつつ、曖昧に頷く。貴族の女性の姿に、なんとなく母親の影が重なる気がした。
「私は街でブティックを営んでいるの。手袋だけではなく、神殿で着る服も作っておきましょうね」
話はすでにレイシーから聞いているらしい。マダム・グランドのそばに立つふたりの少女の手には、それぞれ大きなカバンを手にしている。レイシーの言っていた「採寸」に必要な物が入っているのだろう。
「レイシー様のようにただ神官の服を着るだけでは、せっかくの綺麗な髪がもったいないわ」
イテルはレイシーを振り向いた。清潔感のある白い服で、装飾品はほとんど付いていない。長いローブの上に肩掛けを重ね、首から足元までをすっぽり覆っている。イテルも教本で見たことがある。こういった服には何かしらの耐性が付与されているのだ。
「公国には、青色や緑色の髪は滅多に……それこそ、異能の持ち主でないと生まれないわ。この子はきっと、特別な子なのね。紅玉のようで美しい瞳ね」
マダム・グランドは優しい笑みを浮かべる。イテルはなんだか恥ずかしくなって俯いた。実家では気色悪いと言われ続けた髪と瞳。こんなふうに褒められると、どうしたらいいかわからなくなってしまう。
そんなイテルの様子に、あら、とマダム・グランドは慌てた様子で言う。
「いきなりごめんなさいね。さっそく、採寸を始めましょう」
「はい、マダム・グランド」
少女たちが声を合わせ、テーブルの上にカバンを広げる。中にはイテルの知らない物がたくさん詰め込まれていた。
「この子たちは私の双子の娘なの。黒髪がアリッサ、茶髪がアレッタよ」
どうりでよく似ているはずだ、とイテルは心の中で納得する。少女たちは同時にイテルを振り向き、同じ仕草で辞儀をする。黒髪を右にまとめたのがアリッサで、茶髪を左にまとめたのがアレッタだ。
「では、みなさんは外でお待ちになっていて」
マダム・グランドに促され、デラとエイカーはイテルに声をかけてサロンをあとにする。イテルは途端に不安になった。扉のすぐそばで待っていてくれるだろうが、違う空間にいるということがイテルを竦ませる。レイシーはそんなイテルの胸中を読み取ったように、優しく微笑んでイテルの頭を撫でた。
「大丈夫。マダム・グランドのことは私も信用しているんだ。彼女に任せておけば大丈夫だよ。それに、ミィがそばにいる」
イテルは足元に視線を落とした。庭園からずっと、ミィがイテルのそばにいる。ミィだけはここに居てくれるようだ。
「ミィ、何かあったらすぐ呼ぶように。まあ、マダム・グランドが何か間違いを犯すことはないと思うけどね」
『同感だ。イテル、マダム・グランドを信用しろ』
マダム・グランドがくすくすと笑う。レイシーとミィがそう言うなら、とイテルは小さく頷いた。
レイシーもサロンを出て行くと、さあ、とマダム・グランドが手を叩く。
「アリッサ、アレッタ。寸分の狂いなく採寸するのよ」
「はい、マダム・グランド」
双子は声を合わせる。この場では、母と娘の関係ではなくなるようだ。
こちらへ、とアリッサに促されて、イテルは椅子に腰を下ろす。アレッタが用意した紙の上に手を置くと、アリッサがメジャーを手に合わせてサイズを測る。手の大きさ、指の長さ、指と指の間隔、と素早い手付きで計測し、アレッタはそれを記録用紙に記していく。
「私たちの扱う商品の中に、魔法織という特殊な絹地があるの」マダム・グランドが言う。「鑑定した能力値をもとに、イテルさんにぴったりの手袋と服を作るのよ」
アレッタとアリッサは慣れた様子で採寸しており、無駄な動きがない。そのあいだに、マダム・グランドは何枚かの生地を捲っている。イテルはただ、じっとしていることしかできなかった。




