子爵家 ドレスのお直し~晩餐
王都への旅は順調に進んでいます。
騎士隊長が地元の冒険者を使い、事前に次の町や村に先触れの手紙を送ってくれていますので町に着けば、祝福を行う畑や井戸、開拓地がすぐに解りますし、怪我人や病人もなるべく町長の家などの一か所に集めてくれています。
住民の方たちの歓迎がちょっと激しくて気圧されることもあります。
そんな跪いて拝まないでください。
と、とりあえず王都まで通常の馬車旅で2週間程度のところ、3週間位で着きそうな予定で進めており、修道院に行くときの一月半に比べたら早い行程になりそうです。
7年間で私に体力が付いたのと荷馬車に揺られ揺れに慣れたおかげでしょう。
馬車の中ではジェシカがここ7年の家族の様子や王都でのドレスや宝飾品、観劇などの流行りなどの話をしてくれます。小さい甥と姪の話は特に念入りに話して貰いました。早く会って抱きしめたい気持ちが溢れます。でも、初めて会う私を叔母として受け入れてくれるでしょうか。心配です。
私からは修道院で自分たちが畑で野菜を育ててそれを料理して食べたことや育てたブドウからワインを作ったこと、羊の世話をしていて蹴られて痣が一週間消えなかったことなど細々とした生活の事を語ります。
修道院では静かに過ごすことが尊ばれ、おしゃべりすることは咎められますので、こんなにおしゃべりしたのは久しぶりで盛り上がってしまいました。
ジェシカは私が家族の話題を欲すれば細かく丁寧に教えてくれますが、ある程度で切り上げ王都の流行や社交界の話に戻してゆきます。社交をしていなかった私の7年間の空白を埋めて、社交界に戻れる知識を付けさせようとしているのでしょう。
気持ちは嬉しいので大人しく聞いていますが私はもう‥‥。
町々に着くと四名の騎士が私の護衛をそれはもう厳重にしてくれます。町長や神官様、怪我人や病人以外は私に近付けようとしませんし、ジェシカも私のすぐ後で何か目を光らせています。本当、過保護も過ぎます。
そして修道院を出て一週間ほどした頃、ある子爵領の街に到着しました。手前の町まで子爵家の騎士が二人、迎えに来てくれていて先導してくれましたのでスムーズに子爵様の館に入ることが出来ました。
この街はここら辺では街と呼べる大きさを持った唯一の都市でそれなりの石垣に囲まれた城塞都市になり、騎士隊長とジェシカと相談し一日ほどゆっくりこの街に逗留する予定になっています。
住民の数もそれなりにおり、街中の商店などの数や種類も多くドレス工房もあるという事で私のドレスの調達と人間と馬の休養、無理をさせた馬車の点検整備をすることになっています。
子爵家に到着し歓待を受ける時には既にドレス工房の職人が数人待機していました。ジェシカが男爵家を出る段階で早々に手紙を送って事前に準備を頼んであったようで、最優先という事でドレスの試着が始まります。
この子爵領で一番のドレス工房の責任者は30代後半の女性で少しふくよかな身体に人懐っこい笑顔を浮かべドレスを薦めてくれます。
「ミーガン様のドレスをお作りする栄誉に預かり、心より御礼申し上げます」
私のお胸を見ても僅かに目を見張って何度か頷いただけで極端には驚いていません。
部屋には何故か私のサイズに合いそうなドレスが既にいくつかトルソーに掛けられ並んでいます。どれもシンプルなデザインで余計な装飾が無い物で色合いはジェシカが王都から持って来てくれたものと似ています。
その後ろではジェシカがトランクケースから何着もの王都から持ってきたドレスを広げています。
「そちらのセージグリーンのドレスにはこちらのドレスの裾と袖のレースを付け替えたいと思っています」
「まぁ、素敵なレースでございますね。ではこちらのオータムラベンダーのドレスにはあちらのパフスリーブとルーシュをお付けしましょう」
ジェシカと責任者の方とで盛り上がりつつ速やかに話が進んでいくので私は黙って着せ替え人形と化します。
そういえばお母様とドレスを作るときもお母様とデザイナーの方で盛り上がって、こんな感じでしたね‥‥。
二人の会話から解ったことは三日ほど前にジェシカからこちらの工房に連絡が入っていて、私の腰周りやお胸のサイズに合ったドレスのベースだけを大急ぎで作って、ジェシカが王都から持ってきたドレスから取り外して使える部分を移植して私のサイズに合ったドレスを急造しようという事のようです。
数人のお針子さんが試着したドレスに待ち針を留め、慎重に脱がしてまた次のものを着せてと顔色の悪い顔で手を動かしています。多分ですがここ三日満足に休めてないのではないでしょうか?
「ジェシカ、疲れてしまったわ。ちょっと休憩させて」
と声を掛ければ柔らかいクッションが置いてある長椅子に案内され横になります。
ジェシカがお茶の用意をするために配膳室に姿を消しても、お針子さんたちは忙しそうに手を動かしています。
「ねぇ、ちょっと手を休めて貰える?」
私が声を掛けると責任者の方が手を上げ、お針子さんたちが手を止め首を垂れます。
「私の為に無理をして貰っているようなので、これから皆さんに『治癒:ヒーリング』の呪文を掛けます」
「え、そんな‥‥」
責任者が何やら答える前に呪文を掛けてしまいます。
天井から降る白い光がお針子さんと責任者の上に降りかかりその体に吸い込まれてゆきます。お針子さんの目の下の隈は取れ、肌に潤いが戻ったようです。
責任者の方は「まぁ膝が痛くない‥‥」と呟いています。
配膳室からはジェシカが顔を出し何やら頷いています。
「あまり無理はしないで‥‥」
と声を掛けたところで。
「まぁ、ここ数日の疲れが吹き飛びましたわ。これで今晩も徹夜で明日中にはドレスを仕上げられます」
いえ、無理をしないで頂きたいのですが‥‥。
お針子さんたちも何かいい笑顔で頷かないで。
「さぁ、今晩は忙しくなるわよ。ちゃっちゃと手を動かして」
「「「はい」」」
まぁ、元気になったようで何よりです。
さて、晩餐になる前にジェシカには給仕は子爵家の方に頼むので、ゆっくりする様に言ったのですが聞き入れてくれませんでした。
ここ一週間ほど一人で私の世話を焼いていますので、子爵家にいる間は彼女に付けて貰った使用人に彼女自身の世話をして貰ってゆっくりして貰いたいところだったのですが。
私のお風呂とかも子爵家の使用人に任せてと言ったのですが、頑として首を振ってくれませんでした。
とりあえず子爵様のご家族と晩餐を楽しんでおります。
こちらの子爵様は余り王都の社交界がお好きではないようで、必要最低限の付き合い以外は領地で過ごしていらっしゃるという事です。話題も新しい小麦の品種や畑の輪作の組み合わせ、街道や橋の整備など領地の改革や整備に関することが主で奥様も静かに頷いて同意を現しており、夫婦仲の良さが伺えます。
明日の祝福の場所やスケジュールの確認も行い、酔いも回ってきた子爵様が気持ちよさそうに話されています。
「これから王都へ向かわれるという事ですが、よろしければ少し寄り道してうちの街道整備の現場を見ていかれてはどうでしょう。驚かれますよ。『共明石』という魔法の道具を使って真っすぐに街道を作ることが出来るのです」
「それは素晴らしいですね」
今一つ何がすごいのか解らないがとりあえず相打ちを打っておく。夫人の方を見ても「言わせておいてください」というような顔をなさっている。
「ええ、何せ100m先まで1㎝のブレもない直線が引けるのです。これは革命ですよ。王都の魔法塔のカーツマン師の発明なのですが、新興のホーキンス商会というところが売り出しており、うちの領地が最初に導入したのです」
「街道が良くなるのは良い事ですね」
「そうでしょう。我が領は王都の食糧庫とも呼ばれておりますが、今まで碌な街道が無く物流にずっと難がございました。ですがこの度、篤志家の方から多額の寄付があり街道整備に取り掛かることが出来ました。『共明石』の実用化という期も重なり工事は順調に進んでおります。まぁ、もう一つ工事が順調な理由があるのですがこれは実際に見られた方が‥‥」
「あなた、今晩はその辺になさった方がよろしいのでは」
良い感じにお酒の回ってきた子爵様に夫人が声を掛ければ「あ、ああ」と子爵様は頷かれ、「ではまた、明日にでも」と言って晩餐はお開きになった。
その晩は早々にベッドに入ったのでジェシカもゆっくり出来たのでないだろうか。
翌朝、夜明け前に騒がしくなるまでは。




